第24話 幕間~レイラ・イヌイ・アッカーソンの独白~


   *


 レイラ・イヌイ・アッカーソン。


 ミドルネームのイヌイは、界渡り(眉唾だが、私たちが住む世界とは別の世界が存在し、まれにそちらから流れ着くものがあるという。それを界渡りと呼ぶ)であり、魔物狩りを生涯続けた先祖の名前だ。


 言葉は名付けたものを定義する。私はそうあることを望まれた。ならば、そうあろう。


 勇者というのは魔物を狩る者として、最高峰の称号だ。

 魔物を束ねる者が魔王。

 ならばそれを打ち倒す者は、魔物狩りの王だ。


 私は勇者に会ってみたかった。

 勇者が私のあるべき姿なのか、確かめたかったのだ。


 結果は、複雑なものだった。


 今代の勇者であるジェリー・フッカーは精神魔導士であり、戦士として私が参考にできる部分はほとんどなかった。


 多くの精神魔導士がそうであるように、ジェリー・フッカーも相当のひねくれものだった。

 私はひねくれものが嫌いだ。付き合っていられない。


 私はこういう性格だ。誰からも好かれるような性質たちではない。

 そのことについては諦めている。今更だ。


 けれど、ジェリーはそんな私の態度をむしろ面白がっているようだった。


 ジェリーに連れられて私は料理店に来ていた。


 料理は美味い。

 家が没落する前にも食べたことがないような味で、ひどく驚いた。


 ふと正面を見ると、私が料理を食べる様子をジェリーがうかがっていて、何だか妙に恥ずかしくなってしまった。

 私の心が頑なになるのがわかった。ジェリーにはきっとお見通しなのだろう。


 触れなくても自分の顔が赤面しているのがわかった。

 兜は、脱げない。


 兜の下には、アッカーソン家の秘奥がある。

 みだりに見せるものではない。


 けれど、それ以上に、私はジェリーに嫌われたくないと感じている。

 顔を見られて、何と思われるかが怖い。


 彼は心が読める。

 私には彼の心が少しもわからない。

 その非対称が私の心をざわめかせる。


「……あのさあ、兜外さないの? 気になって話が頭に入ってこないんだけど」


 不思議な麺を食べていると、ジェリーが言った。


「絶対に外さん!」


「一応聞くけど、何で?」


「惚れられては困るのでな。仕事に男女の情を持ち込まれたくないのだ。貴様とは職務以外でなれ合う気はない」


 そうだ。誰とも無理になれ合わなくていい。

 私は職務を遂行する、ただその機能さえあればいい。

 人付き合いは私には難しいし、わずらわしい。誰もが図々しく私の領分を侵そうとする。

 まるで陣取り遊びだ。


 ジェリーは頑なな態度を取る私にうんざりしたようだった。

 多くの人間はここでコミュニケーションを最低限に切り替える。私もそれでいいと思っていた。

 しかし、ジェリーは何故か諦めなかった。


 執拗にとりとめのない会話を続けようとする。


 どうしてだろう。

 わからない。

 わからないが、私にとって何か意味があるような気がする。

 無視してはいけない何か。


 ジェリーは私が食事する手元を注意深く観察していた。

 幼い頃、父がそうしていたのを思い出した。


 私が密告した父。

 父は、自分を告発したのが実の娘だとは知らない。


 私は父が憎いわけではない。

 狩人としての訓練や秘奥を顔に刻まれた時も死ぬほどの苦痛をともなったが、恨むことはなかった。

 むしろ逆だ。

 家族として愛している。

 それは今も昔も変わらない。


 変わらないが、密告はした。

 私が密告したことを知っても、父は私を愛してくれるだろうか。

 それが怖い。


 ただ、私にはそうするしかなかった。

 他の選択肢はなかった。

 私には正しく在ることしかできない。


 ジェリーを見ていると、そんな父が思い起こされた。

 後悔と懐かしさが入り混じった気持ち。

 治りきってないかさぶたのかゆみのような気持ちだった。


 食事は美味かった。

 珍しい調味料をふんだんにつかっており、結構な値段がするだろうが、奢ってくれるというジェリーに気にした風はなかった。

 下手な貴族よりも、彼の方が金回りが良いのだろう。

 世界をたったひとりで救ったのだ。

 金で報いられるのならそれくらいは当然だ。


 勇者――勇ましい者のいだ。

 さっきの赤い女相手の剣さばきは、魔剣によるサポートがあったとはいえ、とんでもないものだった。

 私があの領域にたどり着くことは可能なのか。

 あまりの隔たりに、眩暈を感じる。


 私と親交を深めようと会話を続けるジェリーを見ていると、ふと思いついたことがあった。

 思いつくともう、止められそうにない。

 勇者へのあこがれが私の中で大きくなった。


「その……言いにくいことだが……」


「何だよ」


「魔剣を触らせてもらえないだろうか……? だめか……?」


「いや、俺はだめじゃないんだけど……。前も言ったけど、こいつ生きてる上にメチャクチャわがままなんだよな」


 殺すなよ、絶対殺すなよ、と物騒なことを言い聞かせながらジェリーは魔剣を渡してくれた。


「これが……伝説の魔剣。触れている手が震えてしまうな……」


 いや、違うぞ、これは……物理的に剣が振動している!?


「我慢してるみたいだけど、やっぱり俺以外に触れられるの嫌みたいだな」


「ここここここれは、どどどどどどうすればいいいいいいんだ?」


 全身に振動が伝わって声が震えてしまう。

 暴れる釣り上げたばかりの魚のようだ。


「ははは、マッサージ器みたい。何か卑猥だな」


「わわわわわわわ笑いごとじゃない!」


 やはりこいつは嫌いだ!


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