第12話 Jewelry 宝石(3)


 冒険者の中では最低限の礼節さえ力で勝ち取る必要があるのだった。


 精神魔導士は直接敵を切り裂くわけでも目に見える形で焼き尽くすのでもないから、時々こうやって思い出させてやらなければならないのだ。必要なこととはいえ、口の中に嫌な渋みが残った。


『回りくどいことをするのう。人間の考えることはよくわからん』


 ずっと口出しをしなかったアリザラが言った。


『お前は考えなさすぎだ。今時は殺せばいいってもんじゃない。探偵で俺が食っていけるのもそういう世の中だからなんだよ』


 アリザラが必要以上に傷つけた相手の手当てをしなければならない時、俺は素手で井戸を掘らされているようなみじめな気持ちになる。誰もこの気持ちを共有してくれはしないだろう。


 こっちの世界に来てからは孤独をたらふく食い過ぎている。


「……お前と初めて会ったのは、ダンジョン内のトラップを起動させた間抜けに巻き込まれたのを助けてやった時だったな。あの時に見殺しにしておけばよかった」


 うなるようにフィルニールは言った。それでも何かの音楽のように聞こえるのだからエルフというのはつくづく得な種族だ。


「そのあとで屍狼シカバネオオカミの群れに囲まれた時は全部俺が片付けただろう。借りどころか貸しがある」


「そうだな……そうだった。私もあれからAランクにまで上りつめたが、あの時の童に抜かされるとは思わなかった」


「それはお前が怠惰だからだ」


 俺には怠惰は許されなかった。平和な日本から人殺しやモンスターがうようよしている地獄みたいな世界に連れてこられ、相棒は殺人癖の魔剣で、俺は魔王を倒すしかなかった。


 俺は、俺に居場所を用意しなかった元の世界のことは嫌いだ。だから、俺はこの異世界に自分の知識や技術をほとんど持ち込んでいない。


 俺以外の転生者が何人か以前にもいたようだが、そのほとんどは現代知識チートってやつをやろうとして失敗したりたまーに成功したりしていたらしい。


 俺はと言えば、元の世界でもヤード・ポンド法なんてのを使っている連中が山ほどいるのに、コネもない世界で新しい知識を根付かせることができるとは思えなかった。だがそれ以上に、自分が居心地悪くて仕方なかった世界を再現して何になるのだという思いがあった。


 そうだ、俺は怒っているんだ。そしてその怒りは今いる異世界にも向いている。


 勝手に呼びつけて魔王を倒せだなんてふざけやがって。


 だから俺を再構築した魂をつかさどる転生の女神をバラバラにして九つの礎にしてやったのだ。


 俺の昏い怒りは、ともすれば四方八方に血を求めて襲いかかりかねない獰悪なものだった。


 俺は理性といくばくかの自虐的なユーモアでそれを抑え込んだ。


「怠惰は必ず持ち主に追いついて清算を求める。お前にもその時が来たんだ。とっとと話せ」


「わかった……その前に、二人だけにしてほしい。さすがにお前にしか聞かせられぬ」


 力なく手を振るフィルニールの顔に、珍しく年齢相応の疲れが浮かんだ。

 確かこいつは三百歳ほどだったか。それほど生きるということが俺にはまだ想像がつかなかった。きっとうんざりするようなことばかりだろう。


 何人かが二階の宿の部屋に戻り、何人かが店を出て行った。店員も礼儀正しくカウンターの裏に引っ込んで出てこない。


「蛮竜を討伐できるようなパーティーは、このアスフォガルでも限られている。やったのはお前らなんだろう?」


 何せ曲がりなりにも竜だからな。中途半端な連中じゃあ何人集まっても焼かれるだけだ。


「そうだ。やつが低階層を周回していたのは知っていたが、逃げ場がなくて戦闘になった。元々やる気はなかったが、何とか勝つことができた」


 フィルニールが所属する“白虎の谷”のような高ランクパーティーでも低階層で探索をすることはある。多くの場合は素材集めのためだ。


 ダンジョンに生息する魔物や普通の森では見つからない植物に魔石の類、これらは加工することで武器や薬にもなる。

 はっきり言って、もうこれがなかった時には戻れないほどの生活必需品だ。迷宮都市の景気が常に良いのもそのためである。他の都市ではこうはいかない。


 さっき食べたギロチンロブスターの胴体の身や、甲殻(特にハサミ)も立派な素材になる。これらをダンジョンから持ち帰って売りさばくのも冒険者とギルドの仕事の一つだ。


 Aランクの冒険者が集まったクランでも、金策からは逃れられない。そして、無理に深い階層に潜って命からがらお宝を狙うより、低階層で堅実に素材を回収して回った方が儲かるということも珍しくないのだ。


 ちょうど白虎の谷は素材集めをしているときに運悪く蛮竜と接敵したということらしい。

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