第11話 Jewelry 宝石(2)


「それでフィル。今回俺に殺し屋をよこした理由は何だ? いつにも増して程度の低い連中だったぜ。あんなのに声をかけるくらいだったらお前が直接来いっての」


 フィルニールは用心深く、二段階に人を仲介することで直接実行犯とは接触せず、心を読んでも誰に雇われたかわからないようにしていたが、残念ながら俺は探偵だった。それもこの迷宮都市の中ではナンバーワンだ。俺にはそういった人の動きを簡単にたどることができた。


 もっとも、フィルニール自身もバレて元々のつもりだったのだろうが、ここまで早く自分のところまでたどり着くとは思っていなかったらしい。自身の失態への苦い感情を、俺はフィルニールの表情から追体験した。


 フィルニールの心が俺に読まれることを拒絶してより固く内側に萎縮した。まあ、その程度は何てことない。

 何てことはないが、さっきまでの脅しの意図が伝わらなかったのは虚しい。何のために俺がわざわざ言葉でやり取りしてやってると思ってるんだ?


「あれはあいさつだ」


「おっ、そうだな。俺たちにとってはあいさつ程度だよな。本当マジ仲良し~」


「そうではない。お前がゴロツキ相手にどうにかされるだなんて、私だって思ってはおらぬさ。ただ、誰に対してもこの事件に関わるなと伝える必要があった。連中には関わろうとした人間を痛めつけるように言っておいた。お前が真っ先に呼ばれるとは思ってなかったが」


「ライザも馬鹿じゃないってことだ。ギルド長だぞ? お前らごときの考えそうなことはすぐわかるんだよ、心が読めなくてもな」


 精霊術士というのは精霊に頼み込んで力を貸してもらう職業であり、精霊との親和性の高いエルフが多いのだが、こいつらが精霊に払う敬意の二割でも他の種族に向けていたらここまでムカつく集団だというレッテルは貼られていなかっただろう。

 フィルニールとの付き合いもそこそこ長いが、顔が良いのを鼻にかけた傲慢なヒッピーという印象が強い。……大麻はやってないだろうな?


「あとな、そーいうのは口で言えよ。お前も“魚”にしてやろうか」


 俺のやり口を知っているフィルニールは、ごくりとつばを飲んだ。


 さっき俺に突っかかってきたネコミミ男の肩を軽く小突くと、男はばったりと床に倒れた。受け身も取らず、まるで腕というものを生まれてから一度も使ったことがないような倒れ方だった。


 男は床の上で何度か背を反らして跳ねた。やがてあらぬ方向を見て、パクパクと口を開閉するだけになった。


 今、彼は心の底から自分自身を魚であると信じ込んでいるのだった。自分は陸の上に打ち上げられた魚なのだと、男の心と身体が深く受け入れてしまっている。そのせいで、エラ呼吸ができずに苦しんでいるのだ。


 触れることで直接精神に干渉して、男に自分が魚だと信じさせた。俺を襲ってきたやつらによく使う手だ。簡単に無力化ができる。


 フィルニールは自分の取り巻きがもがき苦しんでいるのをただ見ているだけだった。


 辺り一帯から俺への恐れと、自分がああならなくてよかったという安堵、何もできない自分たちの頭への失望が一気に噴出して、俺は気分が悪くなった。


 酷い3D酔いみたいな感覚と言えばわかるだろうか。もっともそれを今、顔に出したりはしないが。


 俺が指を鳴らすと、男は正常な呼吸を取り戻した。


「ば、はぁっ!?」


 自分が何をしていたのかわからず、ただ呼吸の苦しさに目を回している。ネコミミもピクピクしてうっとうしいことこの上ない。


「言葉は意味と価値を結び付けている。だから言葉持つ者はこの世の上の方でヌクヌク生きていられるんだ。俺の言っていることがわかるか?」


 人は他者からの言葉は信じないでいることができるが、自分でたどり着いた言葉を否定することはほぼ不可能だ。それが誘導されたものであっても。


 シンプルな問いかけだが、その言葉を聞けば自分の中で考えてしまう。俺の超能力は記憶を探るのには時間がかかるが、その瞬間の思考を読み取るのはたやすい。


 どうせやるのなら簡単な方が良いのはただの人間でも超能力者でも変わらないというわけだ。


「俺がわざわざ言葉で聞いてやってるのは、お前が短くない付き合いの知り合いだからだ。礼儀の問題だ。最低限の名誉なんて、お前らは気にしないことかもしれないがな。会った瞬間に魚にされることを想像すらしなかったのか? 俺が優しい内にとっとと正直に答えりゃあいいんだよ、背中えぐれのクソアールヴめ」


 一息に言って、俺は自分の言葉が予想通り傲慢なエルフに浸透するのを待った。それにはそう長い時間はかからなかった。


 俺は酷くうんざりした気持ちになった。俺は決して善人ではないが、これはやりすぎだ。そしてここまで言わないとわからないフィルニールに、またやつあたりめいた怒りが湧いた。


 アールヴというのはエルフの古い呼び方で、彼らは同族以外にそう呼称されるのを酷く嫌がる。また、エルフの背中はすり鉢のようにへこんでおり、完全な美しさを損なうものとして隠す者が多い。


 つまり、俺はかなりよろしくないところまで突っ込んだ罵倒をしたのだ。フィルニールがもっと素直で、エルフ特有の誰彼構わず見下した態度を俺にほんの少しでも向けないでいてくれたらと思ったが、それは叶わなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る