第20話 釣瓶落の実力
「はじめぇい!」
油すましの声に合わせ、どぉん、と太鼓の音が鳴った。
試合開始の合図に朱の盆が振り向いたとき、すでにリング上には釣瓶落の姿は無かった。
ぞくり、という悪寒が走り、朱の盆は大きく跳躍して前回り受身をとった。その直後、一瞬前まで朱の盆がいた位置に、釣瓶落が落下してくる。ずどぉん、と轟音が会場を揺らした。
『不意打ちぃぃぃい!試合開始直後の飛び上がりからの落下攻撃です!朱の盆、これをなんとか避けます!しかし、紙一重でした!まさかの秒殺を、朱の盆間一髪で避け切りました!』
「いきなりかよ」
背中を伝う冷や汗を感じながら、朱の盆は口の中でそう呟く。
「よくかわしたね~」
釣瓶落は朱の盆に向き直り、再び全身に力を込める。
「いつまで~逃げ切れるかな~」
釣瓶落は不適にそう言い放つと、未だ冷や汗の止まらぬ朱の盆に全身でぶつかっていく。
『釣瓶落、間を置かずに体当たりです!いや、彼の場合体当たりという表現が適切かどうかわかりません。何せ顔しか無い!その馬鹿でかい顔を真っ赤に紅潮させ、朱の盆に突っ込んでいきます!』
「るぅぅうるるるる~」
雄叫びと共に繰り出された釣瓶落の体当たり、もとい顔当たりは倒れ込むように横に飛んだ朱の盆の肩を掠めた。釣瓶落は勢いそのままにコーナーポストに突っ込む。
ぐじゃり、という音と共に、釣瓶落が止まった。
『おおっと?!釣瓶落、自らコーナーポストに突っ込んでしまいました!これは朱の盆、チャンスか?……え?』
会場が朱の盆の反撃に期待したが、朱の盆は動かなかった。
否、動けなかったのだ。
(掠っただけでこの威力かよ)
痺れが治まらない右肩を左腕で押さえ、朱の盆はバックステップで釣瓶落から距離をとる。
コーナーポストにめり込んでいた釣瓶落もまた、ごろり、と転がって朱の盆に向き直った。
「だはは~、当たったぞ~」
かなりの勢いでポストにぶつかったにも関わらず、その顔からは鼻血ひとつ流れていない。
『なんという面の皮!頑丈過ぎるぞ、釣瓶落!』
夜行さんが驚きの実況をしている間に、朱の盆が走った。
「おるぁあ!」
体重を乗せた右拳を、釣瓶落の眉間目掛けて放つ。
眉間は妖怪にとっても急所だ。特に釣瓶落は顔面の正中線にある急所が全て丸見えで、本来の戦いでそれを守るべき手足が無いのである。
朱の盆の拳が釣瓶落に突き刺さろうとした瞬間、
「だめだめ~」
釣瓶落が、バック転のようにその場でぐるん、と回転した。
ばちんっ、と朱の盆の腕が弾かれ、その勢いで朱の盆が数歩後退する。
バウンドしながら回転する釣瓶落は、その回転の速さも相まって、もはや完全な球体の肉の塊に見えた。
「おいおい、どうしろってんだよ……」
朱の盆の背中を冷や汗が流れ落ちた。
『朱の盆の打撃が弾かれたッ!釣瓶落、攻撃一辺倒のスタイルかと思いきや、守備も鉄壁!さぁ、朱の盆はこの肉のバリアを崩せるのか?!』
釣瓶落が、どうやっているのかはわからないが再びリング上から飛び上がった。
朱の盆はそれを目で追い、落下点を予想する。釣瓶落のシンプルな攻撃は、読みやすい。しかし、釣瓶落の言うように、それでいつまで逃げ切ることができるのだろうか。
釣瓶落が落ちてくる。朱の盆はあらかじめ落下点を予想し逃げていたので当たらないが、釣瓶落は今度はバウンドするように間髪いれずに飛び上がる。
ボールがバウンドするような連続攻撃。どぉん、どぉん、と釣瓶落が跳び、落ちる。
(こいつは予想外にやりにくいな)
朱の盆は頭上にいる釣瓶落を見上げながら、小さく舌打ちをした。
落ちてくる釣瓶落は、リングに着地すると同時にその反動で再び飛び上がる。攻撃のチャンスは釣瓶落が着地し、再び飛び上がるまでの一瞬である。
朱の盆は覚悟を決めると、先程までとは逆に釣瓶落の落下点の真下に走りこんだ。
「るぅうるるるるるぅ!」
釣瓶落が雄たけびと共に降ってくる。朱の盆は猛スピードで迫り来る岩のような巨体を紙一重で避け、着地に合わせて、
「ふんっ!」
その体ごと釣瓶落にぶつかりにいった。
「おわわ~」
釣瓶落は間延びした声をあげ、リングの上に着地して止まった。朱の盆は釣瓶落に弾き飛ばされたが、受身を取ってすぐに立ち上がる。
『おっと、どうしたことでしょう?朱の盆の体当たりに、釣瓶落のバウンドが止まりました!何があったのでしょう?!』
釣瓶落はたたらを踏むように二、三歩後退し、朱の盆に向き直る。
「着地に合わせられたんだな~」
連続バウンドを止めた朱の盆ではあったが、こちらもある程度のダメージは受けているようだった。
『朱の盆!上手く釣瓶落の着地の瞬間を狙ったようです!確かに、一瞬ではありますが着地の瞬間だけは釣瓶落は静止状態!まさに完璧なタイミングでのバウンド攻撃破りと言えるでしょう!』
「だが……それだけだ」
ぬらりひょんが冷静に呟いた。
「なかなかやるじゃないか~」
(だめだ、このままじゃジリ貧……なんとかしてあいつの動きを止めないと!)
「じゃあ今度はこれだ~」
「なっ!?」
その光景に朱の盆は思わず声を上げる。
釣瓶落がその場で高速で回転を始めたのだ。
「目が回るからあんまりやりたくないんだけどね~」
高速回転をしたまま、釣瓶落は跳ねる。
縦ではなく、横に。
自らの身体をロープにぶつけ、反動を利用して縦横無尽にリングの中を駆け巡る。
リング中央に釘づけにされた朱の盆は高速で動き回る肉の塊を眼で追うのがやっとの状態だった。
『な、なんということでしょう!釣瓶落、落下攻撃だけではありません。横方向に高速移動をしながら朱の盆を追い詰めていきます!なんとか身を躱してはいるようですが……』
「ぐっ!」
朱の盆の肩を高速移動する釣瓶落の軌道が掠めた。
それだけで衣服の一部を削りとっていくような破壊力だ。
「こいつぁ……ちょっとマズいなぁ」
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