第21話 不可視の弾丸

『これは止まらない!釣瓶落の横方向へのピンボール攻撃!朱の盆は段々と逃げ場を失っていくぅぅう!』


「こいつぁ……ちょっとマズいなぁ」


 朱の盆は高速で動き回る釣瓶落の動きから目を切らずに考えを巡らせる。

 このまま相手の体力が切れるまで攻撃を躱し続け、反撃のチャンスを待つというのも戦法だが、


「それはエンターテイメントじゃあ無い!」


 自分に言い聞かせる様にそう叫ぶと、ロープの反動を利用して突進してくる釣瓶落に走り出す。


『おおーっと!朱の盆!これは玉砕覚悟の特攻かァーッ!』


 激突の瞬間、朱の盆が跳んだ。

 釣瓶落を飛び越えるように躱しながら、空中で下に向かって突きを放つ。

 その突きは、不安定な空中で放たれたにもかかわらず、正確に回転の中心である釣瓶落のつむじを捉えていた。

 突きを支点にくるり、と前方宙返りで着地すると、すぐにまた釣瓶落に走り出す。


『な!なんだァ!朱の盆、釣瓶落を躱し、飛び越えながら打撃を放っていきます!その大きく朱い顔は、闘牛士がはためかせるムレータの如し!』


「くくく、まるで曲芸だな。さすがはスターだ、魅せてくれるじゃないか」


 ぬらりひょんが、楽しそうに漏らす。


「るぅるるるる〜!」


 釣瓶落が間断無く、その巨体で突撃する。


「だっしゃぁらぁあッ!」


 朱の盆が避け、躱し、正確に回転軸の中心に突きを入れ続ける。

 数巡を繰り返すうちに、心なしか釣瓶落の回転力が弱まってきていた。


「そろそろか」


 と、一際高く朱の盆が飛び上がった。

 すれ違いざまに、釣瓶落に上から踏み潰すような踵蹴りを放つ。


「ぐぁおっ!」


 脳天を直撃する衝撃に、がちん、と釣瓶落の上下の歯がぶつかる。そして、体の回転が、シュルシュルと音を立てながら、止まった。


『と、とめたァー!異常な突進力で圧倒していた釣瓶落を、高い跳躍からのストンピングでリングに縫い止めました!』


「そう簡単に言ってやるな。朱の盆はかなり綱渡りな戦法を選んだんだぞ。あの突進を躱しながら、回転の影響が少なく弾かれにくいつむじにある【天道】という急所を的確に攻撃し続けた。『雨垂れ岩を穿つ』ってやつだな」


『ぬらりひょんさん、解説ありがとうございます!さあ、釣瓶落!急所を攻撃され続けた影響か、動きが止まっています!』


「ここで決める!」


 急所へのダメージの蓄積により動きが止まっている釣瓶落に朱の盆が仕掛ける。


 右ハイキック。

 ばちん!

 という派手な音と共に、こめかみを打ち抜く。


『朱の盆の打撃が初めてまともに入ったッ!釣瓶落、ぐらついたぞ!』


「まだまだァ!」


 左フック。

 めき。

 という感触と共に、頬骨に突き刺さる。


「ッしゃぁぁあらぁぁあ!」


 朱の盆は真正面から釣瓶落に連打を浴びせ続ける。

 じり、じり、と釣瓶落が後退し始める。


 朦朧とする意識の中で、釣瓶落は思う。


(うらやましいなぁ〜……)


 目の前には、舞うように連撃を放つ朱の盆。

 右ストレート。

 左ミドルキック。

 左バックハンドブロー。

 右ハイキック。

 その手で。

 その足で。


(ないものねだりをしてもしょうがないか〜おれはおれのできることをするだけだ~)


 朱の盆の前蹴りが、釣瓶落の鼻に直撃する。

 大きく、釣瓶落が後退した。


 ように見えた。


 釣瓶落は朱の盆の前蹴りに合わせて後ろに自ら跳んだ。

 そして、跳びながら、


「べはァッ!」


 と、【何か】を吐き出した。

 吐き出されたそれは、トリモチのように朱の盆の足と左腕に絡みつき、みるみるうちに硬化していく。


「なんだァ?!」


 身動きの取れなくなった朱の盆は身をよじって脱出を試みるが、まるでセメントのように固まってしまった【それ】はビクともしない。


『釣瓶落が何かを吐き出し朱の盆の動きを封じました!これは......痰?痰でしょうか?』


「勝った〜ッ!」


 セコンドの痰痰坊が、ぽぉんと弾んで声を上げた。

 ぬらりひょんが身を乗り出して叫ぶ。


「あれは、痰痰坊の得意技だ!吐き出された瞬間はトリモチのような粘度を持つが、すぐにセメント並みの硬さになる!朱の盆はもう逃げれんぞ!」


「手も足も使えないだろ〜おれと同じ土俵へようこそ〜」


 荒く息をしながら釣瓶落がつぶやく。


「くそ!とれねぇ!」


「むだだ〜!痰痰坊直伝だぞ〜」


 釣瓶落はバックステップからロープの勢いを利用して、朱の盆に襲いかかる。


「これで~おわりだ〜!」


(まだだ!)


 朱の盆は自由になる右腕を上げ、ピンと指を立てた。


「全員!耳を塞げぇぇえ!」


 圧倒的カリスマ性をのせて発せられたその言葉に、会場中の妖怪たち、解説のぬらりひょんと実況の夜行さん、審判の油すましまでもが両手で耳を塞いだ。


「むだむだむだ〜!」


 釣瓶落が御構い無しに突っ込んでくる!


 刹那、朱の盆の上半身が膨れ上がり、着ている着物が弾け飛んだ。

 それは、限界まで肺に空気を取り込んだことによる、異常な膨張だった。

 顔を普段以上に紅潮させた朱の盆は、肺の空気を圧縮し、歌妖界一の強靭な声帯を通してその不可視の弾丸を吐き出した。


『アッッ!!!!!』


 ぱんっ!という乾いた音と共に、釣瓶落の鼓膜が弾ける。

 朱の盆から発せられた『大声』が、釣瓶落の右耳から左耳へと貫通した。


 大音量に震えた空気が静まりを取り戻した頃、釣瓶落の両耳と両目から、どろり、と血が流れる。

 釣瓶落はそのままごろり、と仰向けに倒れた。

 油すましが慌てて朱の盆を指差して宣言する。


「し、勝負あり!」


「ッしゃぁぁあ!」


 朱の盆は自由になる右手を突き上げて吼えた。

 決着である。

 一瞬遅れて、会場は大歓声に包まれた。


 一回戦第三試合 ○朱の盆VS×釣瓶落

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