第13話 リズムファイター

「はじめぇい!」


 どぉん、と太鼓が打ち鳴らされ、会場がどっ、と沸いた。

 小豆研ぎは極端な半身になり、とん、とん、と小刻みな跳躍を繰り返しながら、絡新婦の周りを回る。

 対する絡新婦は腕を軽く、胸の位置まで持ち上げると、拳を握る。


『さぁ、始まりました第二試合!どちらが先に仕掛けるのかァ?』


 しかし、実況の言葉とは対象に、どちらもなかなか仕掛けようとはしなかった。小刻みなフェイントはあるものの、本気の攻撃は一発も放たれてはいない。


「慎重なんだな」


 周りを周っている小豆研ぎが、絡新婦に声をかける。絡新婦はふふっと怪しく笑った。


「だって、あなたのそれ……誘ってるとしか思えないんだもの」


「はっ、ばればれって訳か」


「でも……」


 絡新婦が、膝を曲げて溜めを作る。


「誘われるのって、久しぶりよッ!」


 言うや否や、絡新婦が小豆研ぎに飛び掛る。素早いステップインから、その長い足で前蹴りを放った。

 小豆研ぎは前蹴りを腕で捌きながら、変則的な蹴りを返す。空手で言うところの胴回し回転蹴りである。クリーンヒットこそしなかったものの、絡新婦は肩に蹴りを受ける。倒れた小豆研ぎに攻撃を仕掛けようとした絡新婦だが、不意に悪寒を感じ、大きく飛び退く。

 直後、先ほどまで絡新婦の顔があった場所に、小豆研ぎの足が下から突き上げてきた。全身のばねを大きく使って、小豆研ぎが飛び起きざまに蹴りを出したのである。


「危ないわね」


 絡新婦の顔色が変わった。

 対戦相手が小豆研ぎだとわかったとき、彼女は実際安堵した。ほかの誰とあたるよりも、彼と当たることは有利だと考えていた。他の出場者は一様に武術に長けた格闘技者や、力の強い者、スピードのある者ばかりだ。しかし、この小豆研ぎだけは基本的な腕力、スピード、武術にいたるまで、彼女のほうが有利だ。しかし……


「結構やるじゃない」


 そう、小豆研ぎの蹴りは、想像以上に力強く、素晴らしく絶妙なタイミングで繰り出されたのである。油断すればやられる。直感的に絡新婦はそう判断し、考え方を修正した。


「これでも特訓したんだぜ」


 小豆研ぎはにやり、と笑みを返し、再び小刻みな跳躍を開始した。

 観客席からその戦いぶりを見ていた山彦は、祈るように両手を合掌させている。


「あれだけ頑張ったんだ……」


 山彦は小豆研ぎと一本踏鞴の特訓の日々を思い出す。

 一本踏鞴は、とにかく小豆研ぎを走らせた。来る日も来る日も、高低さのある、歩くことすら容易ではない山の中を走らせ続けた。小豆研ぎは最初の頃は何度も転び、体中に痣と傷を作った。しかし、一年ほど経ったころには彼の体に傷が付かなくなった。転ばなくなったのは、彼のバランス感覚が養われた結果である。体力、持久力も付いた。そして何より、脚力だ。一本踏鞴は自らの戦い方を指南するためには、まず何よりも脚力が重要であると言った。

 ある日、山中ランニングを終えた小豆研ぎに、一本踏鞴は告げた。


「今日から実践に入る。まずはお前のやりたいように俺と戦ってみろ。そして、戦いの中で自分の戦い方を見つけてみろ」


 そうして二匹は、毎日朝から晩までスパーリングを繰り返した。一本踏鞴の戦い方は、非常に変則的だ。一本しかない足を巧みに使って、あらゆる角度からの攻撃を放つ。先ほど小豆研ぎが見せたような変則的な跳び蹴りから始まり、わざと倒れ込んで全身のバネを使った下から上に伸び上がる蹴り技というものも見せた。始めこそ戸惑っていた小豆研ぎであるが、一週間も経つ頃にはその攻撃もだいぶ見切れるようになり、加えて、小豆研ぎ自信も同様の攻撃を使うようになった。

 中でも一本踏鞴に褒められたのはその攻撃のタイミングの良さである。相手の攻撃の終わり、一番意識が薄くなる部分で、的確な打撃を入れられるようになったのである。


「リズムが、わかるんだ」


 小豆研ぎは一本踏鞴に語った。


「相手が動いたときにそのリズムが動き出すんだ。まずは右拳、次に左、もう一回右が来て、次は蹴り、みたいなリズムがさ。だから俺はそのリズムに乗って、相手のそれを崩すように攻撃をすればいいんだよ。感覚的な話だけどね」


 そうして、小豆研ぎの戦い方は完成された。


(そうだ、相手のリズムを崩し、俺のリズムに持ち込むんだ)


 リングの上で、小豆研ぎはじっ、と絡新婦の動きを観察する。

 右肩が動く、しかしこれはリズムには乗っていない、よってフェイクだ。こうやって本当の攻撃を仕掛けてくるタイミングさえ読めば、こちらの戦い方も自ずと決まってくる。


「さ、いつまでも待ってても仕方ねぇか」


 小豆研ぎが仕掛けた。大きく身を屈めながら右に回りこむようにステップインする。絡新婦が反応するが、その直前に、小豆研ぎは側転してさらに右に回る。さらに側転の着地際に大きく身を沈め、足払いを仕掛け、絡新婦がバランスを崩したところに逆立ちをするような姿勢で下からの蹴りを放つ。

 一発目の蹴りは絡新婦の頬を掠め外れるが、二発目の蹴りは胸に当たり、絡新婦が後退した。

 小豆研ぎはそのまま逆立ちの姿勢で腕の力だけで跳び、マットに着地する。


『変則的!実に変則的です小豆研ぎ!カポエイラにも似た動きで絡新婦を困惑させていきます!どうした絡新婦、男を困惑させるのは得意じゃないのかァッ!』


「ふん、勝手なこと言ってくれるじゃない」


 再び二本足で立ち上がった小豆研ぎは、リズムに乗って歌いながら三たび絡新婦の周りを周る。今のところは完全に自分のペースに持ち込むことに成功している。


「さぁ、ちょっとBPMを上げていこうか」


 小豆研ぎは動きのペースを上げ、絡新婦に突っかける。


「私も馬鹿じゃないのよね」


 絡新婦は迫ってくる小豆研ぎに、大振りのストレートを放つ。小豆研ぎはそれを紙一重で見切ってかわし、カウンターのパンチを放つ……が!


「……単純」


 小豆研ぎの拳が絡新婦に届く前に、小豆研ぎの首が後ろに弾けた。よろめいて後退する小豆研ぎに、絡新婦が追い討ちをかける。

 小豆研ぎもバック転をしながらの蹴りで追撃を避けつつ迎え撃つが、絡新婦の腕に当たり威力が削がれてしまい、ロープに詰まってしまう。


(何があった?)


 確かに、絡新婦の右拳はかわしたはずだった。距離、タイミング、リズム、その全てを見切っていたのだから、間違いない。しかし……


(何で避けたはずの腕がヒットするんだよ!?)


 小豆研ぎの背中を、冷たい汗が流れ落ちた。

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