第12話 Aブロック一回戦第二試合


 控え室の扉が開いた。

  

 入ってきたのは木の葉天狗に肩を貸されよたよたと歩く山天狗と、血だらけの貧乏神、そして猫娘であった。

 控え室にいた選手達は試合の結果を知らない。ただ、しっかりと自分の足で歩く貧乏神と、セコンドに肩を借りて歩く山天狗という構図は、誰も予想していない光景であった。


「第一試合が終了いたしました!続きまして第二試合を行います。今から名前を呼ばれる選手は私についてきてください!」


 控え室内に緊張が走る。


「まずは……絡新婦選手!」


 ベンチに座っていた絡新婦が、優雅に立ち上がると猫娘のほうに歩いていく。その後を、座敷童が慌てて、ぽてぽてとついていく。


「そして対戦相手は……小豆研ぎ選手!」


 小豆研ぎは勢いよく立ち上がり、駆け出した。その後ろから一本踏鞴がぴょん、ぴょん、と一本足で飛び跳ねながら追う。


「それではただいまより試合場に向かいます」


 会場の観客達は、まだ先程の試合の興奮が収まっていないようだった。

 騒めきの中に、実況の夜行さんの声が響く。

  

『さぁ、一試合目から波乱が起こりました!優勝候補、山天狗敗れる!大穴貧乏神が大金星を上げています!続いてAブロック一回戦第二試合、登場するのは、まずはこの妖怪!』


 スポットライトを浴びながら、絡新婦がそのしなやかな肢体を見せ付けるように歩いてくる。艶かしい色気を振りまきながら、リングに降り立ち、後ろをついてきた座敷童を抱きかかえると、高く掲げた。


『あ~!絡新婦のセコンドはなんと子供です!資料によりますとあれは座敷童!なぜ彼女が座敷童をセコンドに?!』


「お、おねぇちゃん、やめてよ。う、うわ。怖いよ」


「いいからいいから、皆に手を振ってあげなさい」


 座敷童は言われた通りにおずおずと小さく手を振った。

 絡新婦は座敷童を降ろすと、リングの下に行かせると、


「いい、応援頼んだわよ?」


 といって微笑んだ。


「うん、僕も頑張るからおねぇちゃんも頑張って!」


 顔をこわばらせながらも、座敷童は精一杯の声を張り上げてそう言う。


『さぁ、それに対するのは……』


 しゃかしゃか、という音と共に小豆研ぎが歌いながら現れた。


『現れました!その歌声は相変わらず!しかし、実に楽しそうに、軽快に体を揺らしながら、小豆研ぎがやってきます!しかし、今まで姿をくらませていたこの小豆研ぎが、何故、今になってこの大会に出場なのでしょうか!』


 小豆研ぎはロープを潜ると、リングのほぼ中央で華麗なバック宙をしてみせた。


『おほっ!なんという身のこなし!歌唱力とは違い身体能力は高そうです!』


 実況の夜行さんの言葉に会場からクスクスと笑いが起こった。

 とうの小豆研ぎは全く気にした様子も無く、真剣な面持ちで軽い跳躍を繰り返しマットの感触を確かめているようだった。


『さぁ、両選手出揃いました!どんな戦いを見せてくれるのか?!期待が膨らみます!』


 小豆研ぎはリングの上から山彦の姿を探す。山彦は、リングからは遠い、スタンド席にいた。小豆研ぎは彼に向かって手を挙げる。山彦はそれに気付き、手を振って返した。


「両者ッ、前へッ!」


 レフェリーの『油すまし』の呼び声で絡新婦と小豆研ぎがリングの中央で対峙する。


「ルールはない、存分に、気の済むまでやりなさい!」


 油すましはそれだけの説明をすると、二匹をコーナーへ返した。

 歓声が大きくこだまする。



「おねぇちゃん!」


 セコンドの座敷童が不安そうな顔で絡新婦を見上げている。


「大丈夫よ、まぁ、見てなさい」


 絡新婦はそう言って座敷童に背を向ける。


(そう、ちゃんと見てなさい。これがあなたとの最後の思い出になるかもしれないんだから……)

  

 小豆研ぎのセコンドの一本踏鞴はその一つ目でしっかりと小豆研ぎの顔を見つめ、アドバイスをする。


「いいか、相手は女妖怪だが、動きが早い。見た目に騙されるな、力もあるぞ。どちらもお前以上だ。あとエライ綺麗だし、胸もでかい」


「最後の方、関係なくないか?まあ、絶望的ってのは理解したよ」


「だが、お前にはあいつにはないものが一つだけある」


「それは?」


 一本踏鞴はにやっ、と唇を吊り上げ、言った。


「そんなこと、俺が言わなくたってわかってんだろ?」


 その直後、油すましの右腕が交差された。


「はじめぇい!」


 どぉん、と太鼓が打ち鳴らされ、会場がどっ、と沸いた。

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