第14話 変拍子

 小豆研ぎは困惑していた。

 攻撃は、確実に避けたはずだった。しかし……


(何で避けたはずの腕がヒットするんだよ!?)


 絡新婦は不適な笑みを浮かべながら間合いを詰めてくる。小豆研ぎはロープ際を移動し、追撃に備える構えだ。


「大丈夫だ!自分の戦法を信じろ!」


 後ろで、一本踏鞴が叫ぶのが聞こえる。


(自分の、戦法……)


 小豆研ぎに考える間を与えないように、絡新婦が動いた。俊敏に低く、小豆研ぎの懐に飛び込んでくる。

 小豆研ぎは突き上げるような膝蹴りを繰り出し近寄らせまいとするが、絡新婦はまたもや膝蹴りを腕でガードしながらいとも簡単に間合いを詰めた。

 小豆研ぎの戦法は実況の夜行さんが言ったように「カポエイラ」に似たものだ。一本踏鞴直伝の蹴り技を主体としたスタイルで、逆立ち体勢からの蹴り技や、トリッキーな動きからの跳び蹴りなどで相手のリズムを崩していく。

 その戦法が最も効果を発揮するのは遠・中距離での戦いである。あまりに相手と近すぎると蹴りを出すスペースが無く、思うように戦えない。絡新婦の突進は、小豆研ぎのそんな戦法を見抜いてのものである。

 小豆研ぎの鼻に、絡新婦の放つ香しい芳香が届く。それほどまでに、二匹の距離は接近していた。


「どうしたの?好きなようにすればいいじゃない。跳んだり、跳ねたり、歌ったり!」


 両腕で頭部を抱えるようにしてガードしていた小豆研ぎに、絡新婦がそう囁いた。刹那、ガードしている腕に強烈なパンチが叩き込まれた。パンチは続け様に二発、三発と放たれる。ガードなどお構いなしに、その上から殴りつけてくるのである。


(違う!この距離じゃない!)


 小豆研ぎはロープを背にしているため、後ろに下がって攻撃をかわすことはできない。今はただ、顎を引いて頭部を庇い、亀のように耐えるしかない。

 不意に、腹部に衝撃が走る。


「ぐっ」


 思わず苦悶の声を漏らす小豆研ぎ。


(まただ!)


 小豆研ぎの疑問は深まるばかりであった。頭部への攻撃は止んでいない。右からも左からも、全く休むことなく打撃は続いている。


(じゃあ、なんで俺のボディーを殴れるんだ!)


「う、うおおおおおおおおお」


 小豆研ぎが前に出た。相手に体当たりをするように、頭から絡新婦に突っ込んだ。絡新婦は冷静に小豆研ぎの突進を体を開いて避ける。


『おおっと、防戦一方だった小豆研ぎ、捨て身とも思える突進で何とかロープ際から脱出!絡新婦、これは余裕なのでしょうか?小豆研ぎを追いません!ああ!笑っている!不適にも笑っています絡新婦!しかし、その笑みさえも美しいいい!』


 ぜえ、ぜえ、と肩で息をしながら、小豆研ぎは頭の中を冷静に整理する。


(避けたはずの腕が当たる……頭を殴っていたはずの腕が、ボディーに……)


「あら、もう息切れ?そんなに強くは殴ってないんだけどな」


 絡新婦が、ゆっくりと歩きながら小豆研ぎに迫る。


(変拍子のからくりを暴いてやるぜ)


 小豆研ぎは、独特の、踊るようなステップでリングを跳ね回る。付かず離れず、小豆研ぎが得意とする間合いを保ちながら、絡新婦の隙を窺っている。


「っしゃあ!」


 小豆研ぎが飛び込んだ。伸びやかな左ハイキックだ。絡新婦はそれを右腕で捌き、受け流す。


「おるぅあ!」


 ハイキックの反動を利用してのボディーを狙った後ろ跳び回し蹴り。絡新婦はまたも左腕でそれを下に払い落とすように受ける。


(よしっ!)


 小豆研ぎは心中でそう呟く。絡新婦はこの二連撃を捌くのに両腕を使っている。


(綺麗な顔面ががら空きだ!)


 確かに、絡新婦の両腕は二連撃を捌くために顔から離れていた。


(ならば、この蹴りは躱せない!)


「せいっ!」


 裂帛の気合と共に、小豆研ぎが三発目の蹴りを放った。後ろ跳び回し蹴りの後、着地を待たずに前方転回宙返りをしながら、突き上げるような後ろ蹴りを絡新婦の顎先めがけて繰り出した。

 完璧な連携だった。最初のハイキックは次なる後ろ跳び回し蹴りのための布石だ、と思わせておき、その二発目の蹴りさえも、最後の変則的な後ろ蹴りの布石なのである。

 初見でこの三連撃を見切ることはほぼ不可能だ。


(当たる!)


 小豆研ぎがそう確信した次の瞬間、ありえないことが起こった。

 蹴り足が、掴まれたのである。小豆研ぎはバランスを崩し、マットに顔から落ちる。すぐさま立ち上がろうとするが、足首をがっちりと掴まれているためそうもいかない。

 マットに仰向けになった小豆研ぎは、思わず驚嘆の声を漏らした。


「マジかよ」


 絡新婦は確かに小豆研ぎの足首を掴んでいた。それは右手だった。いや、確かに右手ではあるのだが……


「あーあ、ばれちゃった」


 絡新婦がおどけたように言った。

 脇腹から生えた『3本目の腕』で、小豆研ぎの足首を掴みながら。

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