第7話 宙を駆ける天狗
「はじめぇえ!」
どぉんっ!という太鼓の音と共に、主審である油すましが大きく腕を交差させた。
ごぅ!と会場から歓声が沸き起こる。
『さぁ、ついに始まってしまいましたミドル級日本妖怪王座決定戦!1回戦から注目のカード、山天狗VS貧乏神!さぁ、まずはどちらが先に仕掛けるのかッ!?』
山天狗は極端な左半身になり、左手を突き出した格好で構えた。左の手のひらは拳ではなく開かれたままである。
対する貧乏神は構えらしい構えもとっていない。両腕をぶらり、と垂らし、小刻みな跳躍をしながら山天狗との間合いを計っている。
対照的な二人の間合いが徐々に詰まってくる。制空圏が触れ合うか触れ合わないかのその瞬間、仕掛けた。
「ふんっ!」
先に動いたのは山天狗だ。ほとんど溜めの無い跳躍から、貧乏神の顔をめがけて鋭い跳び蹴りを放つ。
貧乏神は前に倒れこむように身を屈め蹴りを避ける。
貧乏神の頭上を通過した山天狗は、跳躍の勢いを殺さず反対側のコーナーに突っ込んでいく。
『山天狗の強烈な跳び蹴り!しかし貧乏神これをダッキングで避ける!おっと?!山天狗コーナーを蹴ったァ!』
山天狗はコーナーポストを蹴って跳ぶと、再び伏せている貧乏神めがけ蹴りを放つ。
貧乏神は、体を捩って紙一重で避け、距離をとる。
山天狗の蹴りが、リングのマットに突き刺さった。
『凄まじい威力だァァア!息をもつかせぬ飛び連撃!蝶のように舞い、蜂のように刺すとはまさにこのこと!』
「おお、やっべー……」
貧乏神の背中に、冷や汗が流れる。
山天狗は、再び高く跳躍した。しかし、今度は直接貧乏神を狙わず、高く高く上に跳んだ。その跳躍はもはや飛行といったほうが良いのではないかと思うほど高く、優雅であった。
『たかぁぁぁああい!山天狗が跳びました。なかなか落ちてきません。これは軽身功のような術なのでしょうか?』
貧乏神は冷静に山天狗を目で追い、落下地点から離れる。
山天狗が落ちてきたのは、先ほどまで貧乏神が居た位置だ、山天狗は寸分違わず正確にそこを狙ってきた。
「すげぇジャンプ力だね、でも当たらなきゃどうということはない」
貧乏神がにやっ、と笑って言った。
「ならば当てるまで」
山天狗が再び跳ぶ。
「だからそれは当たらねぇよ!」
貧乏神は上を見上げ山天狗の位置を確認すると、走って落下位置から離れる。
山天狗は、落下の瞬間、宙を蹴った。
「なっ?!」
落下途中で軌道を変えた山天狗は、鋭く、貧乏神に向かって蹴りを放つ。
「じゃぁあああッ!!!」
一瞬の出来事に、貧乏神は瞬時の反応ができなかった。山天狗の蹴りが、避けきれなかった貧乏神の肩口にヒットする。山天狗はその蹴りの反動を使いバック宙をしながらコーナーポストの上に着地した。
「こういうこともできるのさ」
『なんという事でしょう!山天狗!落下の途中で宙を蹴り、起動を変えてしまいました!
天狗は再びポストから跳ぶと、足の止まった貧乏神の頭上から蹴りを落とす。踏みつけるような蹴りだ。そしてそのまま空中に留まり、蹴りを放ち続ける。
『な、何がどうなっているんだァッ!山天狗!物理法則を無視した攻撃だ!貧乏神、反撃できません。上!上から蹴り続けています!』
「飛び天狗……山ちゃん、それはえげつねぇぜ」
山天狗のセコンド、木の葉天狗は貧乏神に同情した。
貧乏神は亀のように丸まって山天狗の攻撃をしのぐ。肩、背中、腕、あらゆるところに蹴りが降ってくる。通常の格闘ではおよそありえない方向と角度からの攻撃に、対応策が見つけられないでいるようだ。
『これは決まってしまうのかァッ!天から猛攻を仕掛ける山天狗、地に釘付けにされる貧乏神!』
実況の夜行さんがそう叫んだ瞬間、不意に山天狗が貧乏神から飛び退き、コーナーポストの上に舞い戻った。
『おっと?これはどうしたことでしょう?山天狗攻撃の手を休めます。一方的な強さを見せ付けているにもかかわらず、山天狗が退いた?』
貧乏神は亀の体制からすくっ、と立ち上がり、首をくるくると回した。
「いい感じのマッサージだった。ねぇ、山天狗さん。そろそろアップは終わったかい?」
不敵な笑みを浮かべ、貧乏神は山天狗の顔を覗き込むように言う。
山天狗も、唇の端を吊り上げて答える。
「ああ、そろそろ温まってきたところだ」
「そうか、それじゃ俺もそろそろ行かせてもらうよ」
『なんということでしょう!あの猛攻がウォーミングアップ?!しかも貧乏神にダメージは無いようです!肩凝りが治ったと言わんばかりの余裕の表情!何というタフネスだ!底が知れません、この二人!』
貧乏神が走った。山天狗が立っているコーナーポスト目掛けて勢いよく蹴りを放つ。
「おらっ!」
技術も何もない、単純な蹴りだった。しかし、その破壊力は相当のようで、ぐしゃ、という音と共に金属製のコーナーががひしゃげた。
山天狗はというと、貧乏神の蹴りが放たれる瞬間に跳躍し、リングの上に降り立っている。
振り向き、貧乏神が再び山天狗に突進する。山天狗も半身に構え、真っ向から立ち向かう構えだ。
「そうこなくっちゃ!」
貧乏神が右ストレートを放つ。大振りのテレフォンパンチだ。
山天狗は上半身を反らして紙一重でかわし、軽いジャブを貧乏神の顔に入れる。
貧乏神の首が後ろにはじけた。山天狗はすぐさま体勢を低くし、貧乏神の足元目掛け強烈な水面蹴りを食らわせた。そして豪快に転んだ貧乏神に、上から踏みつけるような蹴りを放つ。
貧乏神はリングの上を転がるようにして蹴りを避け、立ち上がり山天狗に向き直ろうとするが……
「!」
山天狗の姿はリング上にはなかった。
(右?左?っく!どこだ?!)
「上だよ」
声に反応し、貧乏神が上空を見上げると、眼前に山天狗の高下駄が迫っていた。
「ふんっ!」
貧乏神の顔面に山天狗の下駄が直撃する。
『直撃ィィィイ!この試合始めてのクリーンヒットです!貧乏神、マットに仰向けに倒れた!山天狗、貧乏神の顔面に乗っています!』
山天狗が、ゆっくりと貧乏神の顔から下りる。ぬちゃ、という嫌な音がした。貧乏神の鼻から夥しい量の血液が流れ出ている。山天狗はそのままセコンドの木の葉天狗が待つコーナーへと戻っていく。
「あっけないものだったな」
山天狗が息も上げずに言う。しかし、セコンドの木の葉天狗は山天狗を見てはいなかった。視線は、山天狗を通り越して、その後ろに向けられている。
山天狗が、ばね仕掛けのおもちゃのように振り返る。
「ばかな……」
山天狗の目が見開かれた。それは間違いなく驚愕の感情であった。
貧乏神が、仰向けに倒れたままの姿勢から、足を高く上げていた。そして、ヘッドスプリングの要領で、軽々と起き上がる。
「ほっ、と」
鼻血こそ出ているものの、貧乏神の表情は余裕を感じさせるものだった。
「効いたぁ~……さすがだね!やっぱ天狗は一味違うや」
こきこき、と首を鳴らしながら、貧乏神が歩いて山天狗に近づいていく。山天狗は貧乏神に向き直り、再び構えた。
「詫びよう。私はとんだ思いあがりをしていたようだ。君は強い、私も全力をもって君を倒させてもらう」
山天狗の放つ威圧感が増す。
貧乏神が、ぺろり、と自身の唇を舐めた。
第2ラウンド、開始である。
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