第4話 山天狗
セコンドと合流した選手たちは、広い控室の壁際にそれぞれ陣取って試合への準備を進めている。
直前まで自分の対戦相手がわからない状況であるから、できるだけ他の選手の陣営と距離をとって様子を見合っている状況だ。
天狗一族の代表でもある山天狗は、そんな選手たちの中でも一際落ち着きを見せていた。
山伏のような衣服に身を包み、高下駄を履いたまま床に胡坐をかいて座っている。
山天狗のセコンドは【木ノ葉天狗】だ。顔立ちや衣装は山天狗とさほど変わりはないが、やや体が小さい。
「調子はどうだ、山ちゃん」
木の葉天狗が山天狗にそう話しかけた。
山天狗は座ったまま手首のストレッチをしつつ、答える。
「うむ、体調はベストの状態だな。テンションもいい具合に上がってきた。誰にも負ける気がしない」
「はは、お前の相手に同情するぜ。何せ天狗一族始まって以来の天才武術家が相手なんだからよぉ」
天狗一族は、妖怪の中でも最も武術に長けた種族である。徒手格闘だけでなく武器術や妖術も使いこなすある種のエリートだ。
「思い出すよなぁ……修行を始めたばかりの頃は、俺のほうが強かったんだぜ」
木の葉天狗が懐かしむように言う。
木の葉天狗と山天狗は幼い頃からの幼馴染である。
共に修練を積み、共に辛酸を嘗めてきた好敵手であった。
実際、この大会の出場者を決める際の長老の最終選考に残ったのもこの二人であった。
幼少の頃、天才と呼ばれたのはセコンドである木の葉天狗の方であった。教えられた技術をすぐに吸収し、めきめきと実力をつけていった。
比べて山天狗は覚えが悪い部類に入る。
一つの技術をとことんまで理解し、使いこなせるようになるまでは次の技を覚えようとはしなかった。同期の天狗たちが多彩な武術、妖術を次々と覚え先に進む中、山天狗は一人黙々と基礎的な技の打ち込みを繰り返す日々を過ごしていた。
修行開始から1年後、同期同士の実力を見るために開かれた試し合いで、山天狗はその才能の片鱗を見せつけた。
決勝までの五試合を、ほとんど一撃で、それもごく基本的な突きと蹴りのみで勝ち進んだのである。
決勝の相手は木の葉天狗であった。
木の葉天狗は山天狗とは対照的に多彩な技を繰り出し、決勝までは試合を楽しんでいるかのような余裕さえ見せる戦いぶりであった。
決勝戦、戦いは一方的なものとなった。愚直に前に突き進み、突き蹴りを繰り出す山天狗を、木の葉天狗は翻弄した。山天狗の攻撃が木の葉天狗に当たらない。身軽な体を生かし、木の葉天狗は山天狗の隙を突いて攻撃を繰り返していく。
しかし、山天狗は倒れなかった。縦横無尽に繰り出される木の葉天狗の技にサンドバック状態になりながらも、耐えに耐えた。
木の葉天狗の猛攻が、疲れのせいか一瞬の緩みを見せる。
その瞬間に、山天狗が右腕を突き出す。
右の拳は真っ直ぐに、最短距離を疾走し、木の葉天狗の鳩尾に突き刺さった。
木の葉天狗の体が宙を舞う。空中で身を捩り、受身を取るが、体勢を崩してしまい地面に膝をついた。
見届け人は、そこで「止め!」と叫ぶ。
「まだやれる!」
木の葉天狗が見届け人に向かって叫ぶが、見届け人は黙って首を振り、山天狗を指差した。
木の葉天狗は、ゆっくりと山天狗に目を向ける。
そこには、突きを出したままの姿勢で立ち尽くす山天狗の姿があった。
山天狗はとっくの昔に気を失っていたのだ。
しかし、身体に染みついた型が無意識の状態でも木の葉天狗の疲れを見逃さなかったのである。
その日から二人は好敵手となった。
勝利した木の葉天狗は何かにつけて山天狗に絡むようになり、山天狗は煩そうにそれをあしらいながらも、二人は切磋琢磨して実力を伸ばしていったのだ。
「すげぇよなぁ……気絶した状態で俺を吹っ飛ばすなんてよぉ」
木の葉天狗は山天狗の肩を叩き、笑いながら言った。
「あの時のことは、途中からほとんど覚えていないんだ。目が覚めたら体中が痣だらけで、あちこち痛くてな、三日ほどまともに動けなかった」
遠い日の記憶を、まるで昨日のことのように語りながら山天狗は苦笑した。
「ま、今じゃお前は俺より遥かに強くなっちまったわけだがな。今回お前が代表に選ばれたのだって、俺は心の底から納得してるんだ」
二人の間の友情は本物だ。
「お前には……本当に感謝してるよ」
山天狗が真っ直ぐに木の葉天狗を見据えてそう言った。
「よせやい、お前のそういうことを真っ直ぐに言うところが気に入らないな。少しは天狗らしく増長して鼻でも伸ばしてろってんだよ」
木の葉天狗は苦々しい表情で言うが、すぐに真剣な表情になり、続ける。
「それに、俺はまだ、お前を倒すことを諦めたわけじゃないんだぜ」
そう言ってにやり、と笑った。
山天狗は苦笑を返す。
二人の笑いはだんだんと大きくなっていき、やがて爆笑に変わった。
「ははは……山ちゃん、勝てよ!」
「応!」
天狗一族の代表、山天狗は友の激励を受け万全の状態で試合に臨む。
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