4.守護の女神像

 次に向かったのは守護の女神像だ。

 一見して、なかなか立派な女神像だと思った。

 法衣ローブを纏った女性の像で、右肩に水瓶を抱えている。

 先月だかにお色直しをしたとかで、女神像はまだ真新しく、端整な作りの顔は作り物でありながら今にも動きそうな生々しさとある種の若々しささえ感じさせてくれる。

 守護の女神は、ルゼナルキルの眷属神と言われている。なのでこうして水瓶や噴水と組み合わせて建てられるのが一般的メジャーだ。こういった女神像は中規模以上の街なら何処でも見かけるもので、正直なところさして珍しいものではない。

「ここに……切断されて放置されていたんだ。あの時は切断されてから投げ込まれたように見えたけど……もしかしたら倒れた衝撃でそうなっただけかもしれない」

 バークリィ氏の言葉に、俺は女神像の足下に目をやる。

 水瓶から落ち打つ水を受け止めるように、女神像の周りには噴水よろしく低い防壁が円形に作られている。水は循環式で再び水瓶へと戻っていく仕組みだと聞いた。

「周りに血痕は?」

 俺は尋ねる。

「深夜で暗かったけど、そういったものは見当たらなかった。だけどまああの雨だったし暗かったし、見落としてしまった可能性は否めない。しかも女神像から水を抜くときに僕が周りに撒いちゃったから……証拠という意味では残っていないんじゃないかな」

 バークリィ氏はそう言って罰悪そうに頭を掻いた。

 確かにあの日は大雨だった。あの雨量が現場から証拠を消し去った可能性は高い。むしろ犯人はそれを見越して雨の降る日を選んで犯行に及んだということも考えられる。

「他には?」

「残念ながら」

「じゃあ……もう少しだけ広角にやってみるとするか」

 こういった捜査は空振りが当たり前だ。その前提で俺は指示を出す。

 俺たちは女神像のある広場の周りにある生け垣を調べてみることにした。こういう作業は人海戦術になる。俺とキィハ、さらにはバークリィ氏も交え、広場の周りにある生け垣を場当たり的に調べてみることにした。


 幸運なことに、ちょっとした手がかりが見つかった。

ご主人様マスター……これは護片アミュレットでしょうか?」

 見つけたのはキィハだった。

 瑠璃石ラピスラズリで造られた彼女の左目は距離計算だけではなくこういった探索サーチにも役に立つ。

 キィハの見つけたそれは、生垣に引っかかるように捨てられていた。

 ミズナラの木の枝、金属片、水晶片。

 それは正統派オーソドックス護片アミュレットだった。三種とも綺麗に揃っているが、首から下げるための紐が千切れてる。

「確かに護片アミュレットだな。だが……何でこんなところに?」

 何らかの事情で護片アミュレットを処分する場合は、神に返却する手続きを踏むのが常套だ。ミズナラの枝は燃やし、金属片と水晶片は土に埋める。安易に千切って捨てることは考えにくい。紐を見てみたが劣化で千切れるような脆いものでもなかった。そして金属片の錆の浮き方から見ても、何ヶ月も前からここに捨てられていたわけでもなさそうだ。

 最近千切って捨てられた。

 そう考えるのが妥当だろう。

「でもこれ……今回の事件に関係あるかな?」

 バークリィ氏の問いに俺は答えられなかった。

 俺たちは千切れた護片アミュレットを見つけただけで、事件の手がかりを手に入れたわけではない。


 もうひとつ発見したことがある。

 女神像の背面の足元に付けられたガントゥが削られていた。

 ガントゥは神々を彫った石板レリーフで、あらゆる建物に付けられている。女神像も例外では無く、その足元に小さな石版レリーフが埋め込まれている。

 そのガントゥが、どういうわけか傷つけられていた。

 何かが偶然ぶつかったとは思えない、ガントゥを狙ったと思われる引っ掻き傷が、彫られた神々の姿をズタズタに引き裂いていた。

 バークリィ氏を呼び、確認する。

「これ……当日はどうなってた?」

 バークリィ氏が首を横に振る。確かにこれを暗がりの中で見つけるのは難しいだろう。

 俺は傷ついたガントゥに触れてみた。比較的新しい傷に見えた。まあそもそもが先月に建てたばかりの像で古いわけがないのだが。

 ただ……護片アミュレットもガントゥも事件と何ら関係がないように思えた。これらは犯人を特定できるような要素を全く持ち合わせていない。


 二時間ほどの探索で、とりあえずは収穫があったと言えるだろう。だが結局のところ犯人を特定するようなものは得られなかった。

 俺は頭を切り替え、残りのふたつの可能性について考えていた。

 とりあえず、確率の低い方から潰していこう。俺はそう考え、次の場所へと向かった。

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