5.魔法屋

 やはり綺麗な薔薇にはとげがあるものなのだろうか。

 正直なところ、俺は彼女のことを疑っている。俺は複雑な想いを抱いたまま、魔法屋のドアを叩いた。

 俺たちを出迎えてくれたのは魔術師見習いの少女、サリだった。

「こんにちは」

「あ、こんにちわー。先日は良いいとをありがとうございました」

 元気の良い彼女の声に思わず苦笑いを浮かべる。

 店内は相変わらず狭く、棚という棚に魔法の品が並んでいる。冷凍装置。鬼蜘蛛の糸。溶解液。虹カビの付いた魔法の兜。風属性の短剣。

「あら、今日は大勢で」

 車椅子の車輪ホイールの軋む音とともに魔術師ラエルナが現れた。

 相変わらず……美しい。

 だが、俺はその美しささえも疑っていた。

 今日の彼女の出で立ちが嫌疑に拍車を掛ける。

 首まで覆う黒の長袖に暖かそうな膝掛け。膝掛けは足置きフットレストにまでかかっていて、つま先まで完全に隠している。さらには魔弾を受け取った時と同様の白い手袋。見事なほどにいる。俺の中で疑いが俄然濃度を増す。

 彼女への疑惑、それは――彼女が自動人形オートマタであることだ。

 俺は彼女に近づいた。

 そして尋ねる。

「キィハを看破したのは魔法の力かい?」

「使うまでもなかったわ。だって二人とも下手なんだもの」

 彼女は表情を変えることなくサラリとそう言った。

「忠告と受け取っておくよ。ありがとう」

「そうね。他の街を訪れた時にはもっと上手にした方がいいわね」

 二人のやり取りの内容をよく分かっていないであろうサリやバークリィ氏がキョトンとした表情をしている。

「俺は貴女アンタに陥れられたってことじゃないのかい?」

 彼女がバークリィ氏にキィハが自動人形オートマタであることを伝えたことが、俺の中で引っかかっていた。

 彼女にはそれをすることに意味があったのではないか。つまり、彼女自身が自動人形オートマタであり、今回の事件の実行犯なのであれば、キィハが自動人形オートマタであるとバークリィ氏に伝えることに意味が生じる。

 ただ、彼女が自動人形オートマタだとすれば、彼女の主人マスターがいることになり、必然的にそれはサリということになる。だが、これだと年端のいかないあどけない少女が高度な魔術を使う魔術師ということになる上に、購入した魔弾についてもマニアックな品であるにも関わらずあらかじめ在庫ストックがあったことになり、色々と推理に無理が生じてくる。

 だから俺は二つの可能性のうち低い方がここだと踏んでいた。

「心外ね。ご希望とあればここで脱いでも良くってよ」

 陥れらた、という言葉で全てを理解したのか彼女はそう返した。

「女に自分で服を脱がさせるのは俺の趣味じゃないんでね」

 俺はキィハに頼んでラエルナ女史の膝掛けを外してもらうことにした。

 暖かそうな膝掛けが、彼女の太ももから取り除かれる。

 下は黒のロングスカートだった。その裾から黒のローファーが姿を現す。そして――綺麗な人間の足首がそこにはあった。

 次に彼女が自分で白の手袋の片方をするりと外す。細く綺麗な指が露わになる。やはり球体関節は使われてはいない。

 つまり――彼女は自動人形オートマタではない。

「……悪かった」

「いいのよ。疑いが晴れたならそれで」

 サバサバした様子で彼女はそう言った。

「その様子だとまだ犯人は分からずじまいってことね」

「残念ながら」

 そう言って俺は首をすくめた。

「迷惑ついでにもうひとつ質問させて欲しい」

「勝手な男ね」

 彼女のいたずらっぽい笑顔に少し心を奪われる。

「……えっとだな。時間遡行タイムトラベルって魔法はあるのか?」

 ――時間を遡る。

 それが俺の思いついた奇想天外で馬鹿馬鹿しい方法だった。

 犯人と被害者が魔法の力によって二十五年よりも昔に時間遡行タイムトラベルすることが出来たなら、普通に刃物による犯行が可能だということになる。殺害を終えた後、同じ魔法で同じ場所に戻ってこれるようなら切断自体は成立する。

「……ないわ」

 彼女は横に首を振った。

「厳密にはまだ発見されていない、かしら。何人か挑戦した人はいたらしいけど、実際に時間旅行に成功した人はまだいないはずよ。副次的に生まれた、壊れたものを元に戻す魔法ならあるけれど。割れてしまった花瓶を割れる前の状態に戻すようなね」

 彼女の言葉が可能性を否定した。

 それならば。

 残るは一つ。

 そしてそれがきっと正解ということだ。

 ――自動人形オートマタを所持している。

 あとはそれを証明するだけだ。

 俺ははやる気持ちを抑え、最後の訪問場所へと足を運ぶことにした。


 

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