3.ペブル診療所

 最初に尋ねたのはペブル診療所クリニックだ。

 実物の切断死体とやらをこの目で確かめておきたかった。ただ、殺害からすでに三日近く経っており、当時の状態から変わっているかもしれないとバークリィ氏は言った。

 朝食兼昼食ブランチを終え診療所クリニックにつくと、丁度午前診の最中だった。待合室ウエイティングにはまだ大勢の患者ドナーが残っていた。

 俺は受付に事情を話すが袖にされる。一時間ほど待たされようやくニーデック医師に会うことができた。


「おー、久しぶりじゃのう。で、犯人ホシは見つかったのかい?」

 白衣を着た恰幅の良い髭面の大男が言った。

 ニーデック医師は熊のような印象で、風貌だけで言えばはあまり医師ドクトルらしさは感じられない。年は六十歳前後だろうか。少し怖い感じの見てくれではあるが、声を聞くとその柔和さと優しさが垣間見える。

「それがなかなか」

 バークリィ氏がそう言って含羞はにかむ。

 俺とキィハに関して、今回の件の協力者だと極めて簡潔な紹介の後で俺たちは遺体安置所に案内された。

 そこは診療所クリニックの一番奥まった窓の無い部屋で、いかにもという雰囲気を漂わせていた。

 少しひんやりとした空気の流れる遺体安置所で、皆で護片アミュレットを握り、死者への祈りを捧げる。祈りの後でニーデック医師は棺桶コフィンの蓋をゆっくりと横にずらした。

 遺体からツンとすえた臭いがして、俺は思わず顔を歪ませた。

 その横でキィハは平然とした表情をしている。これまで彼女に嗅覚がないことを羨ましと思った事はないのだが、この時ばかりは少し嫉妬した。

「時期が良かったのう。そこまで劣化はしとらんよ。じゃが流石さすがにそろそろ埋めてやらんと」

 バークリィ氏からの前情報の通り、遺体は見事なほどに二つに切断されていた。遺体は長身で痩せ型の男性だった。聞いたところによると浮浪者フローターだったそうだ。右肩から左の脇腹にかけて、まるで定規でも当てたかのように直線にたれている。

「断面を合わせるとピタリと一致する。綺麗なもんじゃ」

 この様を綺麗と表現することに異論はあるが、確かに見事な切り口であることに異論は無い。

「この背骨の四と五のところが分かりやすい。断面が寸分違わず一致する。ノコギリや流水装置じゃこうはならんよ」

 医師ドクトルが指差す場所を確認する。背骨は小さな骨を積み上げたような構造になっている。医師の指さす腰椎部分、斜めに切断された箇所の断面は確かに見事に一致している。これは削られた形跡ではない。明らかに切断の跡だ。

「刃物の使えない世界で起きた切断殺人マーダーか……笑えんな」

 俺は自嘲気味に言った。

 横でバークリィ氏が頷いている。

 とりあえず、本当に切断された死体が存在することに俺は納得した。

 つまりはこれが事実リアルということだ。

 あとは事実リアルに相応しい現実トゥルーを探すだけだ。

 ――犯行方法の解明ハウダニット

 それが俺とバークリィ氏に課せられた課題リドルだ。

 正直、被害者に対しての憐憫な気持ちはさほど持ち合わせていない。

 俺が成すべきは、現場をつぶさに観察し、可能性を追いかけることだ。

 実際に切断された死体を前に、俺はある種の誓いのような気持ちを抱いていた。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る