第三話 それぞれの思惑と望まない現実と
1.深夜
私の聴覚が階段の軋む音を拾いました。時刻は午前一時一分。あまり宿泊客が移動する時刻ではないはずです。
複数の足音。話し声。そのトーンに周りを気にする余裕は微塵も感じられず、むしろ切迫した状況を想起させられます。
再び足音。派手に階段を駆け下りて行きます。
「……ったく」
マスターも喧噪に気付いたようで、ベッドから起動されました。
私はソファーに座ったまま操業停止しています。人と違い眠る必要はありませんが、エネルギーの消費を低減するために夜間などはこうして操業停止状態で過ごします。
マスターが部屋の明かりを点けました。それに合わせて私は操業停止状態から復帰することにしました。復帰には約二秒ほど時間がかかります。
「キィハ、状況」
マスターの言葉に私は状況を説明します。
「二名が階段で四階まで上がり、三名が一階まで降りました。あくまで推測ですがどうやら緊急事態のようです」
マスターが窓を開けました。雨はまだ降り続けています。
「さっきの眼鏡だな……」
その言葉に私も外を見てみました。私の右目は紫水晶でできていて、ほんの少しの光があれば暗闇の中でも明瞭に認識することができます。私の視界に先ほど食堂ですれ違った眼鏡を掛けた男性が北向きに駆けていくのが見えました。
「あれは眼鏡ではなく、眼鏡を掛けた男性ではありませんか?」
私の問いにマスターからの返答はありませんでした。私は何か間違えたのでしょうか?
ああ、何でしょう。どういうわけか頭を撫でられました。これでは間違っていたのか正解だったのかをうまく認識できません。
「何かあったのですか?」
多少の混乱をきたしながら、私は再び尋ねました。
「……わからん」
未詳。そうですよね。解答を導き出すには情報が少なすぎます。ですが眼鏡を掛けた男性がただの物書きではない可能性が浮上したのは確かだと思います。
「寝るぞ」
男が視界から消えるのを確認してからマスターは言いました。街の中心部に向かったようですがそれも分かりません。もし晴れていたら私を偵察に出していたかも知れませんが(私の跳躍能力なら三階の部屋から飛び降りることは造作もありません)、こうして雨も降っていますし、偵察に出すような内容かどうか現状では判断できません。
マスターが灯りを消すのにあわせて、私は再び操業停止状態に入ります。何事もなければ、私は明日の朝七時に操業停止状態から復帰する予定です。
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