3.魔法

 朝食モーニングをすませ、俺はキィハと街を歩くことにした。

 雨上がりの街。青く澄んだ空の心地よさを感じながら散策する。

 そして考える。

 昨夜のあれは何だったのか。

 疑問に思うところはあるにはあるが、結論として俺は気にしないことにした。この旅の目的地はあくまで魔術都市アルフィドであり、そもそもここシナモーリフに長居するわけではない。余計なことに首を突っ込むのはどう考えても得策ではないだろう。


 あってくれればと思いながら歩いていたものの、その看板を見つけた俺は思わず指を鳴らした。

 魔法屋。

 比較的新しい看板にそう書かれていた。もしこの小さな宿場町に魔術師の店があるようなら、先日の狩りハントで減らした魔弾を補充しておきたかったのだ。

 看板の下をくぐり店内に入ると、狭い店舗内に様々な魔法の品が所狭しと並べられていて、いかにも魔術師の店という雰囲気ムードを醸し出していた。

「いらっしゃいませー」

 迎えてくれたのは年端もいかない少女だった。

 魔術師らしいローブに身を包んでいる姿があまりに幼すぎて、どうにもおままごとのように見える。

「あんたがここの経営者オーナーかい?」

 俺は冗談交じりに尋ねた。

「あは、お兄さん面白い。でも違いますよ。私は助手でサリと申します」

 サリと名乗った幼女はそう言ってぺこりと頭を下げた。

「ラエルナさん、お客様ですよー」

 そして彼女が呼びかけると、奥から女性が現れた。

 意外だったのは、現れた彼女が車椅子を利用していたことだ。

「はじめまして、旅の方。店主のラエルナです」

 車椅子の両サイドに付いた木製の車輪ホイールを手で押しながら、俺たちの前までやってきて彼女はそう言った。

 第一印象、綺麗な人だなと俺は思った。年の頃は二〇代半ば。魔術師らしく動物の牙で出来た護片アミュレットを首から提げている。透き通るような白い肌と肩まで伸びた緑がかった髪が印象的な、美人だ。

「はじめまして。魔銃使いガンナーのジャムだ」

 挨拶し、手を差し出すと彼女はにこやかに俺の手を握り返した。

「魔弾の補充をお願いしたい。できれば一〇発」

 俺の経験上、魔術師にも得手不得手があるようで、彼女が魔弾を製造できるとは限らない。

「ええ、お引き受け致します。二〇分ほどお時間をくださいな」

 顔には出さなかったが、彼女の返事に俺は少し驚いた。魔弾作成クリエイト・ブリット。それも一〇発分ともなれば二時間近くかかる作業のはずだ。

 それを、二十分でと彼女は言った。

 本当なら相当に腕のいい魔術師ということになる。

「それぐらいならここで待たせてもらうとするかな」

「ええどうぞ。他にも色々と揃えていますのでよろしければご覧になってくださいませ」

 ラエルナ女史はそう言い残し、車椅子を動かして店の奥へと戻っていった。その佇まいには何とも言えない気品がある。そして車椅子に乗っている姿が俺の庇護欲をそそる。うん、いい。

 彼女の後ろ姿に見とれていると、不意にストールを引っ張られた。

 キィハが俺を呼ぶときに時々やるのだが、それにしても今日は妙に力がこもっている。いつも以上にキツく引っ張られ、俺は一瞬息が詰まった。

ご主人様マスター、糸と牙の売却のこと忘れていませんか?」

 キィハの言葉に答えようにも俺には咳払いしかできなかった。

 確かに鬼蜘蛛オーガスパイダーから剥ぎ取った物品をここで買い取ってもらえるなら有り難い。それにしても……なんでこいつキィハはこんな険しい表情をしてるんだ?

「けほっ、けほっ……あ、ああ。そうだったな。えっと、お嬢ちゃん」

 俺は呼吸を整えてからサリに声をかけた。

「どうされました?」

 俺は糸と牙を取り出し、買い取りを頼んだ。査定はラエルナ女史ではなく助手の仕事のようだ。

「素材の買い取りですね。かしこまりました。それではお品を拝見させてもらえますか?」

 俺は糸と牙をテーブルの上に並べた。我ながら良い状態で採取できていると思う。

「糸は……長さが二四四〇カルダ。牙も……状態良いですね。では……そうですね。このくらいでいかがでしょう?」

 サリは見た目の幼さに反し、査定についてはかなり的確だった。提示された金額は俺の査定とほぼ同額。差額で魔弾を一〇発購入してもこちらの懐に十分入ってくる。申し分ない。

 俺は彼女の指示通りにサインし、魔弾が出来上がるまでの余った時間で店内を歩いてみることにした。

 様々な魔法の品が並べられていて、眺めてまわるだけでも飽きずにいられる。風属性の短剣、ミノタウルスの牙、グリフォンの羽根、スライムで作った溶解液、ケルピーの蹄、魔法のカンテラ……。

「このデカい箱は?」

「それは魔法の冷凍装置です」

 俺の腰ぐらいの大きさの正方形で、雪の結晶が描かれた箱についてサリはそう答えた。なんでも容器に水を張ってこの箱の中に入れておけば、数時間で氷になるらしい。

 定番の、魔化された鬼蜘蛛オーガスパイダーの糸もちゃんと置いてある。

 この糸の需要は刃物が使えなくなったことで飛躍的に伸びたと言えるだろう。細くて頑丈で清潔。ある程度の硬さのものであってもこの糸ならば十分に切断できる。各家庭に必ず一本は常備リザーブされているはずだ。

 キィハも俺と同様に、店内を物珍しげに見て回っている。

「触るなっ!」

 キィハの伸ばした手に、俺は思わず大きな声を出した。

 彼女の指の先に置かれている魔法の兜には、重大な問題があったからだ。

「あ、大丈夫ですよそれ。触っても人体に害はありませんからー」

 サリが言う。それは俺も知っている。確かにこれには害はない。――人体には。

「虹カビって言ってですね、何十年と手入れされていない魔法の道具に付く特殊なカビなんですよ。虹色でキラキラしてて綺麗でしょ? 繁殖力も弱いしカビ取り薬もあるのでこうして展示しているんですよー」

 サリの言葉を聞いて、キィハがあからさまに身を引いた。その動作に俺は思わず舌打ちをしてしまった。今日はどうやら風向きが悪いらしい。これは俺の舌打ちも合わせての失敗ミステイクだ。

「あら、賑やかですこと。魔弾を一〇発、ご用意出来ました」

 やりとりの最中、ラエルナ女史が再び店に姿を見せた。車椅子の彼女の太ももの上。置かれた木製のボードには鈍色に光る魔法の弾丸が並んでいる。実質一五分ほどで彼女は一〇発の魔弾を揃えたことになる。偶然に在庫があったのかもしれないが、多分違うだろう。

 そして。

 彼女の視線がキィハを捉え、その細く白い指が微かに弧を描くのを見て俺は静かに目を閉じた。

 ひとつ息を吐き、指先で眉間を掻く。

 高位の魔術師は魔力感知センス・マジックの魔法を扱えるという。その呪文を唱えると、対象ターゲットが魔力を発しているかどうかを即座に見抜くことができるのだそうだ。

 まあ、つまり、そういうことだ。

 次からはもう少し気をつけるとしよう。

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