第二話 雨、そして場違いな加工品

1.川沿い亭

 俺の予想通り雨は降り続き、霖雨ながあめになった。

 これだけ降られると馬車の移動速度も格段に落ちちまう。街に辿り着く頃にはあたりはすっかりと暗くなっていた。

 小さな宿場町シナモーリフ。

 川を挟んで南側に魔術都市アルフィド、さらに南下すれば大きな宿場町がいくつも点在している。

 普通の旅人なら南ルートからアルフィドを目指すだろう。こうして魔物の多い北ルートを選ぶ変わり者は、きっと俺ぐらいのものだ。

 街の入り口には巨大な彫刻レリーフがあった。剣を持った戦士が単眼巨人サイクロプスと対峙している場面が力強く描かれている。街を救った英雄だったと思うのだが詳しいことは分からない。

 これを見て思い出したのだが、ここには著名な彫刻レリーフ職人がいるはずだ。彫刻家としての名前を何度も変えているので今は何と名乗っているか俺は知らない。だがその腕の素晴らしさは大陸中に響き渡っていて、わざわざ遠くから彼を尋ね依頼する人も珍しくはないという。

 この街のガントゥは全て彼の手で作られているらしい。

 ガントゥについては今さら説明するまでもないだろう。三大神を彫り込んだ小さな彫刻レリーフのことだ。あらゆる建物に付けられていて、まあいわゆる願掛けというやつだ。

 聞くところによると、刃物が使えなくなってからは水を使って石を削っているらしいのだが……水で石を削るなんてことが本当にできるのだろうか。

「こんな遅い時間に何の用だ?」

 門番に馬車を止められた。

 俺は魔獣狩りハンターのジャム・ストライドだと素直に名乗り、脱帽してから事情を説明した。道中で鬼蜘蛛オーガスパイダーに襲われ到着が遅れたことを。

 剥ぎ取った牙をちらつかせると、門番は素直に納得してくれた。形式的に馬車の中を検閲し、すぐに通行の許可を出してくれた。

 キィハは荷車の奥で頭巾フード付きの外套マントを被ったままじっとしている。

 別段、自動人形オートマタであることがバレたところで問題はないのだが、いささか貴重で高価な品でもあるので窃盗や強盗に襲われても面倒だ。無駄に弾丸を使わされても赤字になるだけでこちらにメリットはない。

 関節を露出してさえなければ自動人形オートマタは人間と大差ない。

 門番にはきっと連れの少女が座っているぐらいにしか見えなかったはずだ。

「どこか空いてそうな宿、知らねえか?」

 俺は門番に尋ねた。

「この街の宿屋はひとつしかねえよ。川沿い亭さ。この道をまっすぐ行って左だ。四階建てで目立つからすぐにわかる」

 俺は門番に五フェヌグ銀貨チップを親指ではじいて渡し、帽子ステットソンをかぶり直してから馬に軽くムチを入れた。


 川沿い亭はすぐに見つかった。

 小さな街でわざわざ四階建ての建物自体が珍しい。玄関エントランスに明かりも付いていて、俺は馬車から降りてドアを叩いた。

「はーい」

 元気の良い女性の声がして、ドアはすぐに開かれた。

 まだ十代であろう少女が笑顔で迎えてくれた。

「こんな深夜に申し訳ない。一晩でいいから泊めてもらえないか?」

「大丈夫ですよ。雨の中お疲れ様でした。すぐにお部屋をご用意致しますので食堂でお待ちください」

 雨の夜に似合わない爽やかな表情に誘われるように、俺とキィハは川沿い亭の食堂の椅子に腰を下ろした。

 馬車は従業員に受け渡した。裏手に厩舎があり預かってもらえるそうだ。メリクも雨の中の移動で疲れただろう。牝馬で大人しいがヘソを曲げるとあれはあれで面倒くさいところがある。ここいらでゆっくり休ませられるのは先のことを考えるとかなりありがたい。

 俺は食堂を見渡した。

 川沿い亭は古いながらも掃除が行き届いており、何というか情緒のようなものがあって落ち着いた雰囲気を漂わせていた。

 俺は思う。そりゃまあ古いだろうさ。少なくとも建てられているはずだ。のこぎりかんなのみも使えないこの時代に木造四階建ての建物を新築するなんて正気の沙汰じゃないからな。

「一〇〇年も前に建てられたボロ屋ですけど、雨風で倒れるようなことはないですよ」

 俺の挙動から察したのか、先ほどの爽やかな笑顔の少女――ディアヌ支配人チーフはそう言った。それにしても、この若さで支配人チーフというのには恐れ入る。まあ確かに彼女はしっかりしていて愛想もいい。器量もなかなかだ。きっと彼女目当てに食堂だけ利用しに来るような奴も沢山いることだろう。

「街の真ん中にある女神像と同い年なんですよ川沿い亭は。あっ、でも向こうは先月お色直ししたんだった。てへっ」

 彼女は間違いを言い直し、軽く照れ笑いをして見せた。

 顔を隠すように前髪をくるくると弄る。

 俺はその愛らしい仕草に口笛を吹いた。


「……すいません、コーヒーをお願いします」

 食堂で部屋をあてがわれるのを待っていると、奥の階段を降りてきた男が厨房を覗いてそう言った。

 この時間に、コーヒー?

「バークリィさん、また徹夜するつもりですか?」

 頬を膨らませて支配人チーフが対応する。

 俺には男の素性が読み取れない。

 旅人にしては旅慣れた様子もなく、また支配人チーフとの関係性も妙に近い。掛けている骨董品アンティークの眼鏡や、ミルが使えなくなって手間のかかるコーヒーを気軽に注文できるところから察するに羽振りは悪くないのだろうが、それにしても……。

「いいところなんだよ。次の構想プロットがようやく出来上がって、このまま序盤の箱書きを仕上げてしま……」

「明日にしてください! いまスープを温めてますからそれを飲んで今日は休んで下さい!」

 眼鏡の男が言い終える前に彼女はそう言い放ち、強引に椅子に座らせた。力関係はどうやら支配人チーフに軍配があがるようだ。

 会話の内容から察するに男は物書きらしい。眼鏡といいコーヒーといい、余程の売れっ子なのだろうか。

 席に着いた眼鏡の男は何やらぼんやりと考え事をしているように見えた。

 しばらくすると男の元に大きめのカップが運ばれてきた。大きなスプーンが刺さっている。男はカップを両手で握ってスープを飲みはじめた。

「えっと、ジャム・ストライド様。お待たせ致しました」

 支配人チーフの声に、俺は眼鏡の男を観察していたことをごまかすように一度下を向いてから彼女の方を見た。

「お部屋のご用意ができました。三階の三〇四です。お連れ様も同室でとお伺いしましたがよろしいですか?」

「ああ、問題ない」

 頷く俺の前にも男と同じ大きめのマグが置かれる。

「ランチの残りで申し訳ないですけど、もし良かったら。そちらのお嬢さんもどうぞ」

 外套マントも脱がず頭巾フードを深く被ったままのキィハの前にも同じカップが並ぶ。

 支配人チーフの優しい気遣いに、俺は有り難くスープを頂くことにした。

 鶏と野菜のスープ。

 胡椒ペッパーが効いていてなかなか旨い。雨に濡れて冷えた身体にぴったりだ。

「外、寒かったかなと思って少し胡椒を足しました。お口に合えばいいのですが」

 なるほど、そういうことか。俺は彼女の支配人チーフとしての気配りの良さにいたく感心した。

「すいません、私はお腹がいっぱいで……」

 俺の横でキィハが申し訳なさそうに呟く。

「あ、気にしないでくれ。俺が食うから」

 俺はそう言って支配人チーフにウインクをして見せた。

 自動人形オートマタは飲食できない。そんな機能は搭載されていないからだ。彼女が嘘をついたのは、人間のフリをしておけという俺の指示に従った結果だ。

 俺は二杯のスープを軽く平らげ、キィハとともに三階の部屋へと向かった。

 壁を叩く雨の音がひどく騒々しい。どうやら先程よりも激しくなってきたようだ。

 振り返ると、眼鏡の男は食堂でまだスープをすすっていた。

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