第二話 雨、そして場違いな加工品
1.川沿い亭
俺の予想通り雨は降り続き、
これだけ降られると馬車の移動速度も格段に落ちちまう。街に辿り着く頃にはあたりはすっかりと暗くなっていた。
小さな宿場町シナモーリフ。
川を挟んで南側に魔術都市アルフィド、さらに南下すれば大きな宿場町がいくつも点在している。
普通の旅人なら南ルートからアルフィドを目指すだろう。こうして魔物の多い北ルートを選ぶ変わり者は、きっと俺ぐらいのものだ。
街の入り口には巨大な
これを見て思い出したのだが、ここには著名な
この街のガントゥは全て彼の手で作られているらしい。
ガントゥについては今さら説明するまでもないだろう。三大神を彫り込んだ小さな
聞くところによると、刃物が使えなくなってからは水を使って石を削っているらしいのだが……水で石を削るなんてことが本当にできるのだろうか。
「こんな遅い時間に何の用だ?」
門番に馬車を止められた。
俺は
剥ぎ取った牙をちらつかせると、門番は素直に納得してくれた。形式的に馬車の中を検閲し、すぐに通行の許可を出してくれた。
キィハは荷車の奥で
別段、
関節を露出してさえなければ
門番にはきっと連れの少女が座っているぐらいにしか見えなかったはずだ。
「どこか空いてそうな宿、知らねえか?」
俺は門番に尋ねた。
「この街の宿屋はひとつしかねえよ。川沿い亭さ。この道をまっすぐ行って左だ。四階建てで目立つからすぐにわかる」
俺は門番に五フェヌグ
川沿い亭はすぐに見つかった。
小さな街でわざわざ四階建ての建物自体が珍しい。
「はーい」
元気の良い女性の声がして、ドアはすぐに開かれた。
まだ十代であろう少女が笑顔で迎えてくれた。
「こんな深夜に申し訳ない。一晩でいいから泊めてもらえないか?」
「大丈夫ですよ。雨の中お疲れ様でした。すぐにお部屋をご用意致しますので食堂でお待ちください」
雨の夜に似合わない爽やかな表情に誘われるように、俺とキィハは川沿い亭の食堂の椅子に腰を下ろした。
馬車は従業員に受け渡した。裏手に厩舎があり預かってもらえるそうだ。メリクも雨の中の移動で疲れただろう。牝馬で大人しいが
俺は食堂を見渡した。
川沿い亭は古いながらも掃除が行き届いており、何というか情緒のようなものがあって落ち着いた雰囲気を漂わせていた。
俺は思う。そりゃまあ古いだろうさ。少なくとも二十五年よりも前に建てられているはずだ。
「一〇〇年も前に建てられたボロ屋ですけど、雨風で倒れるようなことはないですよ」
俺の挙動から察したのか、先ほどの爽やかな笑顔の少女――ディアヌ
「街の真ん中にある女神像と同い年なんですよ川沿い亭は。あっ、でも向こうは先月お色直ししたんだった。てへっ」
彼女は間違いを言い直し、軽く照れ笑いをして見せた。
顔を隠すように前髪をくるくると弄る。
俺はその愛らしい仕草に口笛を吹いた。
「……すいません、コーヒーをお願いします」
食堂で部屋をあてがわれるのを待っていると、奥の階段を降りてきた男が厨房を覗いてそう言った。
この時間に、コーヒー?
「バークリィさん、また徹夜するつもりですか?」
頬を膨らませて
俺には男の素性が読み取れない。
旅人にしては旅慣れた様子もなく、また
「いいところなんだよ。次の
「明日にしてください! いまスープを温めてますからそれを飲んで今日は休んで下さい!」
眼鏡の男が言い終える前に彼女はそう言い放ち、強引に椅子に座らせた。力関係はどうやら
会話の内容から察するに男は物書きらしい。眼鏡といいコーヒーといい、余程の売れっ子なのだろうか。
席に着いた眼鏡の男は何やらぼんやりと考え事をしているように見えた。
しばらくすると男の元に大きめのカップが運ばれてきた。大きなスプーンが刺さっている。男はカップを両手で握ってスープを飲みはじめた。
「えっと、ジャム・ストライド様。お待たせ致しました」
「お部屋のご用意ができました。三階の三〇四です。お連れ様も同室でとお伺いしましたがよろしいですか?」
「ああ、問題ない」
頷く俺の前にも男と同じ大きめのマグが置かれる。
「ランチの残りで申し訳ないですけど、もし良かったら。そちらのお嬢さんもどうぞ」
鶏と野菜のスープ。
「外、寒かったかなと思って少し胡椒を足しました。お口に合えばいいのですが」
なるほど、そういうことか。俺は彼女の
「すいません、私はお腹がいっぱいで……」
俺の横でキィハが申し訳なさそうに呟く。
「あ、気にしないでくれ。俺が食うから」
俺はそう言って
俺は二杯のスープを軽く平らげ、キィハとともに三階の部屋へと向かった。
壁を叩く雨の音がひどく騒々しい。どうやら先程よりも激しくなってきたようだ。
振り返ると、眼鏡の男は食堂でまだスープをすすっていた。
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