2.キィハ-五七は濡れたくない

 マスターは破壊した魔獣を木槌で解体しています。糸と牙を確保するためです。糸と牙はお金に換えることができるのでとても必要なのですが、刃物が使えなくなってからこういった剥ぎ取り作業にはひどく苦労するそうです。糸は手を突っ込んでずるずると引きずり出し、牙は歯茎を木槌で叩いて根元を露出させ、中から外に向けて折り取ると比較的簡単だとおっしゃられていました。大変ですね。

 私の左肩は先程ようやく動くようになりました。いつも唐突に停止状態になり、しばらくすると元に戻ります。このように不定期な制御不良が起こるようになって四十三日と十一時間と九分が過ぎました。今回が三百七十八回目の不具合です。

 早急に修理するべきなのですが、現在その作業が出来る魔術師が極めて少ないとのことで、わざわざ魔術都市アルフィドまで出向かわなければならなくなりました。

 魔術都市アルフィドは、一万人に一人の割合でしか製造されない魔術師がたくさん住んでいて、毎日のように魔術実験がなされており、いたるところで爆発事故や魔法生物の暴走が起こっている物騒な街だそうです。ですが、アルフィドなら大昔に流行り廃れた球体関節人形の技術者がいて、私の故障も修理できるのではないかということで、こうして十七日と六時間と十四分ほどマスターと旅をしてきました。

 修理には沢山のお金がかかると予想されます。そのためにもこうして道中で魔獣を狩って剥ぎ取りをしてお金を貯めなければなりません。

 お金はとても良いです。お金があればマスターが笑顔になります。私の修理もそうですが、マスターが宿屋の食堂で泡の出る液体を摂取したり鳥類の死骸を焼いたものを摂取したりするのにも(人形である私にはどちらも必要ありませんが)お金がかかります。

 ……あれ? 困りました。

 雨が降ってきました。

 私は雨が苦手です。理由はわかりませんが、私には濡れることを忌避する習性があります。憶測だけで言えば、私のフレームを構成する素材は主に粘土で、乾いてしまえば高レベルの撥水、撥油、耐腐食性を獲得(なので先程浴びた鬼蜘蛛の体液もまったく付着していません)するものの、そうなる前の水溶性の記憶が残存しているのではないかと考えます。

 いつもは大きなフードの付いたマントを利用しているのですが、戦闘時には邪魔になるため馬車に置いてきてしまいました。

 いずれにせよ現状を回避しなければなりません。私は小走りで馬車に戻ります。馬車はホロが付いており、こういった雨風を凌ぐことができます。

 マスターもちょうど魔獣からの剥ぎ取りを終えたようです。ですがマスターは馬車に戻ってくるでもなく、空を見上げ雨に濡れながら首から下げたアミュレットを握っています。私は知っています。あれは祈りです。


 人はよく祈ります。

 神さまの祝福を受けるためだそうです。


 ちなみに私は祈っても無駄だそうです。自動人形は神さまによる救済の対象ではありませんから。神さまが加護するのは人間だけです。

 私には神さまという概念がうまく理解できません。恩恵だけならともかく色々と不具合を押し付けてくる対象を敬う気持ちがわかりません。

 神さまというのはきっと偏屈な性格なのだろうなと私は思っています。

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