銃拳使いと自動人形

齊藤 紅人

第一話 銃と人形とブルーチーズ

1.ジャム・ストライドは失敗らない

「……風は?」

「はい、ご主人様マスター。南南東に二三〇です」

 俺の問いかけにキィハが答える。

 瑠璃石ラピスラズリで出来たキィハの左目は天体測量器アストロラーべよろしくあらゆる数値を正確に弾き出すことができる。しかも秒で。

 風速二三〇カルダは気にするほどの数値じゃないが、俺は念のため風下に回り込むよう彼女に指示を出した。

 キィハの正式な呼称は、キィハ−五七ゴーナナという。

 少女型の自動人形オートマタ。正式には球体関節人形と呼ぶらしいが、俺にとっちゃ呼び名なんてどうでもいいことだ。

 型番が示す通り第一世代の遺物、一〇〇年以上前に造られた骨董品さ。

 だがまあそれにしちゃあなかなか役に立つ――特に戦場ここでは。

 先行するキィハが右太腿に装備した短剣の柄を握り、鞘から引き抜いた。

 左手で長い黒髪を耳にかけ、顎を少し挙上する。

 そして口を小さく開き、舌を出し、剣先をその先端に添えた。

 彼女も他の自動人形オートマタと同様にことができる。

 彼女が猫足キャットウォークで移動しながら蒼く輝くブレイドを小さな口の中に沈めていくのを後方から確認する。

 このとき、精巧に作られた彼女の顔が苦しげに歪むのを俺は知っている。自動人形オートマタの形相は人を端麗に模してあり、その苦悶の表情に少しばかりそそられるところはなくはないが、まあでも彼女はただの人形だ。

 喉がコクンと動き、柄まですべて飲み干すと、呼応するように彼女の右腕が冷気を帯び、薄氷を纏い始める。禁じられている魔剣、氷結の風フリーズブリーズの失われていた魔力が具現化したことに依るものだ。

 俺は腰のホルスターから引き抜いた流星Ⅱ型の銃口で、帽子ステットソンのつばを軽く押し上げた。

 首に巻いた麻の赤いストールが砂混じりの風に軽く踊る。

 流星Ⅱ型はシングルアクションの回転式拳銃リボルバーだ。俺は撃鉄ハンマー起こハーフコックし、装填口ローディングゲートを開いてベルトに留めてある弾丸を二発、薬室チャンバーにぶち込んだ。

 魔化された弾丸は割高だが、二発でこいつの牙と糸を狩れるなら十分黒字になる。

 対象ターゲットまで約三〇〇〇カルダ。

 銃の威力を最大限に生かすためにはもう少し近づく必要があった。

 だが、それはかなわなかった。

 対象ターゲットがこちらに気付いたからだ。

 対象ターゲットは――鬼蜘蛛オーガスパイダー

 砂塵舞うざらついた風の向こう側。全長一二〇〇カルダはある八本脚の巨体。俺の身長が一七二カルダ……ざっと七倍か。さすがは名にオーガを冠するだけのことはある。

 獲物を砕く硬い牙と、口から吐き出す粘ついた糸がこいつの武器だ。

 ちなみに尻から出る糸はしなやかで丈夫で、なかなか良い値段で買い取ってもらえる。牙の流通価格も牙の中じゃ少し落ちるが悪くはない。つまり鬼蜘蛛オーガスパイダーは俺のような魔獣狩りハンターにとって格好の獲物ってこった。

 鬼蜘蛛オーガスパイダーの真っ赤な複眼がこちらを見据える。

 キィハは地面を蹴った。

 鴉の濡羽のように漆黒の髪が彼女とともに宙を舞う。

 跳躍で一気に距離を詰め、キィハは右拳に宿した魔剣の魔力を解放した。

 一閃。

 横に振った右腕が八本ある脚のうちの一本を豪快にへし折った。そのままサイドステップで移動し、もう一本の脚に触れる。キィハの腕から放たれた冷気が蜘蛛の脚を侵食する。脚は瞬く間に氷漬けになり、その機能を喪失する。

 響く咆哮。

 戦況は優勢。

 だが、ここで緩めちゃあ全てが台無しになる。

 俺は照準器オープンサイト越しに対象ターゲットを確認し、二発とも放った。

 引金トリガーを引いて一発撃った後、引いたままにしておいて右手でもう一度撃鉄ハンマーを弾く。扇撃ちファニングショットと呼ばれる速射技術。タタンッと小気味良い音を立て、魔弾が銃口から射出される。

 弾詰まりジャムの名に反し、作動不良は未だに経験がない。ジャム・ストライドは失敗しくじらない。日頃の整備の賜物だ。

 銃はいつも左腕で扱う。魔弾は弾丸自体が推進力を持っており、反動は逆手一本でも扱えるほどに小さい。

 魔弾は射出されてから加速し、対象と二〇〇〇カルダ前後の距離で威力が最大化する。俺はその距離を身体で記憶している。

 狙い違わず着弾した二発の魔弾が鬼蜘蛛オーガスパイダーの横っ腹を派手にぶち抜いた。奇妙な色の液体が吹き出し、近接している人形の白磁色の肌を汚す。人形はそれを物ともせず拳を振るい、鬼蜘蛛オーガスパイダーの外装を破壊し肉を砕いてゆく。

 昔は鬼蜘蛛オーガスパイダー退治といやぁ鬼斬剣オーガキラーだったらしいが、今となっちゃあ出来の悪い御伽噺さ。


 ――いまはもう


 俺たちは拳と銃で獣を狩り、戦場ここで生き抜いきた。それはこれからもずっと変わらない。

 刹那、キィハの左肩の関節球がキュルキュルと嫌な音を立てた。

「……マジかよ」

 思わず毒づく。状況の変化に俺は銃をホルスターに格納しながら対象との距離を詰める。

「申し訳ありません。ご主人様マスター

 後退してきたキィハの左腕はだらりと力なくぶら下がっている。俺と入れ替わるようにして人形が前線から離脱する。

 彼女と交代に突出した俺に対し、手負いの蜘蛛が反撃を試みる。そしてそれは徒労に終わる。

 鬼蜘蛛オーガスパイダーが口からはなった糸を紙一重で躱す。

 振り下ろされた脚のさらに先を行く。

 無駄に地面を穿つ脚。

 無情に立ち上る砂埃。

 近接距離に入った俺は右拳を強く握った。それが発動の合図だった。

 ビリビリと痺れる感覚。出番を待ちくたびれたであろう魔法の手甲、雷撃掌ライジングパームが右拳で目を覚ます。

 俺は鬼蜘蛛オーガスパイダーの脚を駆け上がり、顎にアッパーを叩き込む。

 ジジッと音がして電撃が鬼蜘蛛オーガスパイダーの脳を揺さぶった。

 俺は空中で一回転したあと、片手をつくようにして着地する。

 上方を仰ぐと、真紅の複眼がみるみるうちに輝きを失い黒く染まってゆくのが見えた。

 胴を支えていた脚がガシャリと崩れ落ち、デカい腹が地面とキスをする。

 活動を停止する巨体を弔うかのように砂塵が派手に舞った。

 俺は右腕を振り下ろし手甲の魔力を切ったあと、ひとつ息を吐いた。

 こうして狩りは終わった。

 今日も首尾は、上々だ。

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