short story

彩亜也

李望・原案

四龍スーロンの国は貧富の差激しく、上流階級への憎しみは募るばかり。けれども誰も手が出せぬのは、この国の皇子、ワンが摩訶不思議な力で世の理を捻じ曲げてしまうからだろう。

彼は今日もその力で搾取し、自身の遊戯のために国民の魂を吸い尽くす。


……


「やぁやぁ、みなさんお揃いで!」

威勢の良い声と共に開かれる扉。大理石の床に望皇子の姿が映る。途端に部屋の中にいた男達は立ち上がり、頭を深く下げた。望皇子は慣れているのかその横を通り過ぎ、当然のように入り口の反対に鎮座する、他とは装飾の異なった豪勢な椅子に腰掛ける。

「それで、刑の執行まであと二時間ほどあるよな?」

望王子が男達を見やると、慌てて「そうでございます」と一人が答えた。皇子は一瞬眉間に皺を寄せると、今度はわざとらしく咳払いをして男達に背を向ける。これは皇子にとって気に入らないことがあるから、背を向けている間に対策を講じろと言う意味である。男達は顔を見合わせ、そそくさと椅子に腰掛ける。一人を除いて。彼は先日この会に入会した男で、反皇子を掲げた人々が最も集う町の長。皇子はその男を視界に捉えると立ち上がり、ゆっくりと歩み寄る。

「お前……リンと言ったか?」

その声に威圧感はなく、ただ穏やかに響く。林はその声に緊張が解けたのか、頭を下げ、皇子は林の頭頂部を前に、指をパチンと鳴らした。

途端に林は未だかつて感じたことのない重力にも似た力を頭部に感じ、なすすべなく額を地面に擦り付ける。

「うがぁっ……ぐっ、な、なんのつもりで……」

「黙れ」

先ほどまでとは打って変わり、その声は低く鈍くこの空間を恐怖に染める。

皇子は林の後頭部を踏みつけ、声を荒げた。

「何様のつもりだ?あ?私の目の前にその汚い頭を晒しやがって!」

何度も力一杯に踏み付けられる林は手で庇おうとも指先までピクリとも動かない。やがて気を失ったか命を失ったか、林は悲鳴すら上げなくなった。

望皇子は気が済んだのか席に戻り深く腰掛ける。残りの男達は皇子の顔色伺いと、林への心配で戸惑いの色を浮かべる。

「私がこれだけの理由で未来の忠臣を死なせるわけがないだろう。頭は保護してある。……おい、林を医務室へ連れて行け」

部屋の外で待機していた男達に命じると、すっかり機嫌を直した皇子は近頃起きている問題について切り出した。

「ところで、お前達は紺色の男について何か知っているか?」

紺色の男。それは近頃この四龍の国で何かと話題になっている男を指している。簡単に言ってしまえば、反皇子派を手伝う謎の男。名前を名乗らず、髪も瞳も服も全てが紺色のため、皆そう呼ぶのだ。

「聞けば、奴も私と同じ力を使うと言うではないか」

そう、紺色の男が噂になっている理由は彼が皇子と同じ森羅万象を操る能力を保有するから。

皇子はその男について素性を探らせるものの成果は上がらず、内心苛立っていた。そっと、右耳に下がる翡翠のピアスに触れる。望の脳裏に浮かぶのは、このピアスの片割れを持つ初恋の相手。もう随分と昔に亡くなってしまったが、彼もまた、望と同じ能力を持っていた。望にとってこの能力は単なる力ではなく、唯一共有している宝物でもあるのだ。

……もし、あの人が生きていたら。そう考えて目を伏せる。ダメだ、生きていたとして結ばれることはない。私は皇子としての人生を歩み始めてしまった。もう戻る事は許されない。

「誰も手がかりを掴んではいないのか?」

胸の内を悟らせない皇子の声色で尋ねる。無論、誰も男の正体までは掴めていなかった。皇子はふぅっと息を吐くと立ち上がり「解散だ」と告げて部屋を後にした。


……


処刑が始まる。罪人は民衆の野次の中で抵抗することもなくただ静かに断頭台へと登った。中央処刑広場は、円形になっており、中央に断頭台、それを取り囲むように柵が並び、受刑者の丁度正面に皇子や忠臣達の席が設けられている。また一般の人々も自由に見ることができるようになっており、月に一、二回の処刑を娯楽として楽しみに来た民衆で柵の外側は埋め尽くされている。

皇子は未だ紺色の男について考えていた。受刑者の男が無抵抗に断頭台の枷に繋がれているときも、皇子の頭を巡るのは紺色の男。

罪状を読み上げる時も、民衆の声が一層大きくなる時も、受刑者の男が静かに涙を流す時も……。皇子の瞳に映る全ての景色が、脳へ伝わる事はない。

その時、黒い影が民衆の間から飛び出し、受刑者の枷を外した。状況が飲み込めず先程までの喧騒が嘘のように静まり返る。ハッとして男を取り押さえようとする衛兵に、皇子の凛とした声が届くのはその腕を切り落とされた時だった。

「やめろ!」

その腕が落ちる前に皇子は立ち上がり、高さが五メートルはあろうかと言う台から男に向かって飛び降りた。

空気を蹴り、腰の剣を抜くと、そのまま現れた男を切りつける。

「お前が噂の“紺色の男”だな?」

「ふっ、お前が冷血皇子か」

望の剣を短剣で弾くと、紺色の男は顔を覆うように巻いた布を取り去り、叫んだ。

「俺の名は神明シンミン、この罪人は俺の手で処刑すべく隣国より参った!いずれはここにいる望皇子の命も頂戴する!」

神明と名乗るその男はそれだけ言うと、逃げようとする受刑者を気絶させ、担ぎ、茫然とする望に視線を向ける事なく去っていった。


神明の左耳の下で翡翠が煌めいていた。


……


夕方、大きな荷物を担ぎ、望は貧民街へと足をのばしていた。

以前この地域を治めていた男は老衰で亡くなり、その息子が継いだものの息子は役立たずどころか国からの支給金に着服し、この辺りに住む人々を困窮させついには一つの活気ある街がスラムへと堕ちてしまった。今日処刑することになった男こそ、件の息子だった。望は罪人を逃してしまった事への謝罪も込め、ここまで来たのである。

街から街へは道でつながっているが、スラムが隣にあるとそこに門を付ける地域は多い。この地域も一月ほど前に門を取り付けられたが、そこに、逃してしまった罪人が無残な姿で打ち付けられていた。息はしていない。亡くなってからかなりの時間が経ったのか、足の先に滴る血液以外は乾いていた。一体誰がこんなことを?

皇子は急いで門の先へ向かう。門をくぐると、微かに人の笑い声が聞こえて来た。その声に近づくほど、それは底抜けに幸せそうなもので、この街に似つかわしくないと感じさせる。

そうして、罪人が元々暮らしていた屋敷の中からその声が聞こえているのだとわかった。皇子が戸を叩くと、幸せそうな顔をした女が服を赤く染めて現れた。

「これは、……一体」

戸惑う皇子に女は言った「神が現れた」と。皇子が屋敷の中に入ると、その歪な光景に皇子は吐き気をもよおす。廊下には何かを引きずったような血管が残り、その先の宴の間には太い釘で血を流す人々が打ち付けられている。顔は潰れているが、その下で酒を酌み交わす人々の話を聞けば、それは罪人の妻や兄弟たちだと言う。

「ふざけるな!」

皇子の悲鳴にも似た声に、部屋は静まり返る。その声が聞こえたのか、他の部屋にいた子供達が皇子を取り囲み、皆血に濡れたまま、自分は誰に何を突き刺したとか、逃げ惑う彼らに何をしたとか、嬉々として語った。

「あのねあのね、僕仇を取ったの!お母さんの足を折って殺した奴の腰の骨をね、この石で沢山叩いたんだ!!」

まだ四歳ほどだろうか。幼い子供が、笑顔で話す姿に、望は膝を折って、少年を抱きしめた。

「すまなかった。すまなかった」

望の言葉の意味など分からず、少年は「泣いてるの?大丈夫?」と背中を優しくトントンと叩く。他の子供達も望の頭や背中を撫でる。

「全て、私の責任だ」

これほどまでに優しい子供達が、人を殺すことを嬉々として語るなどあってはならない。それほどまでに彼らを追い詰めていたのは罪人たちだけではなく、国、そのトップである自分なのだと、望は不甲斐なさに血が滲むほど唇を噛む。

「私から、君達への贈り物として、食べ物や服を持ってきたよ、その汚れを落として、着替えて、向こうの部屋で美味しい食べ物を食べよう」

望が立ち上がると、廊下の先に神明が現れる。望は咄嗟に剣に手を掛け、神明の出方を窺うように殺気を送る。

「話がある。付いて来い」

そう告げると背中を向けて歩き出す。望はその様子から手を離し、子供達に待っているように言うと、神明の後をついていくことにした。

「皇子よ、お前はこの街の出来事、どこまで把握している?」

突然の質問に一瞬黙るも、息子の件について知りうる限りの情報を述べる。神明はある部屋の前で立ち止まると、「その前は?」と尋ねた。

その前?想像もしていなかった返答に戸惑う望を他所に、神明はその扉を開き、下へと続く階段を下っていく。それは、望も知らない秘密の地下通路だった。突き当たりの扉以外にそれらしきものは無く、神明もそこに向かって歩き出す。やがてその扉の前で振り返る。

「この街では、以前から神隠しが問題になっていた」

「神隠し?……問題と言っても、年に数回だろ?この国ではそれほど珍しい話じゃない」

「いいや、半年に数回だ」

「……は?」

報告書にはそんな事書かれてなかった。

「嘘だと思うなら、この部屋を見ればいい」

そう言って開かれた先は目を疑うような残酷な光景が広がっていた。

彼方此方に女子供の遺体が吊るされたり、名前の書かれたラベルが貼られた壺や箱が並んでいる。床に敷かれた絨毯はまるで人間の皮膚のように見える。

しかもそれらは新しいものでは無く、もうずっと、昔の物らしい。

「まさか、そんな……」

答えはただ一つ。罪人の前、つまり老衰で亡くなったあの男もまた、残忍な領主だったのだ。報告書を上げるのは領主。そのため、彼らの不正は暴かれにくい。そのため時折各地を回るものの、全てを完全に把握することは困難であった。しかし、これほどの事件が、何年もの間暴かれずに、被害者を増やし続けていたのだ。どんな釈明も意味を持たない。

「だから、貴方は私を殺すのか?」

望の言葉に神明は短剣を白い喉に当てる。切れ味が鋭いのだろう、その先からは血が細い線の様に流れる。

「いいや、お前はもっと違う罪を犯した」

「違う罪?他にもまだこんな事件が……」

「しらを切るな!……皇女殺しの罪といえば分かるな?」

皇女、その言葉が震えたのを望は聞き逃さなかった。

「なぜ、隣国に住む貴方が、……八年前に姿を消した皇女の話を?」

もし、もしも望の想像が正しければ、今自分に刃を向けている人物は間違いなく……。

「俺は昔この国で、皇女付きの世話係をしていたんだ」

「……星麗シンリー!」

望は神明の言葉を聞き終わる前に、短剣を避け、神明を抱きしめる。やはり、間違っていなかったのだ。死んでなどいなかった。

「会いたかった、星麗」

突然の行動に戸惑う星麗をよそに、望は再会に涙した。

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