第354話 亀裂(前編)
二週間後――。
この日、緑依風は朝からとても緊張していた。
いよいよ今夜、母に自分の進路――そして、その後のことについて正直な気持ちを伝える。
本当は、卒園式が終わった翌日にでも打ち明けたかったのだが、春休みシーズンで葉子は副店長としての仕事が忙しく、おまけに優菜が風邪でダウンと、またまた言うタイミングが先延ばしになってしまい、気が付けば決心してから半月以上も経過していた。
「(まぁ、ちょうどよかったかも。明後日からは春休みだし)」
更に幸運なことに、今日は父の北斗もいつもより早く家に帰れるらしい。
葉子と一対一で話すより、いつも自分の味方でいてくれる父もいた方が、緑依風としても心強い。
「……今日の夜ね、お母さんに言おうと思うの。私もお父さんと同じパティシエになりたいって」
帰り道、風麻に伝えると、彼は「そっか」と頷き、「頑張れよ!」と言って緑依風の肩を叩き、勇気をくれた。
この数週間、緑依風は何度も自分の心と対話を繰り返し、葉子に納得してもらえるように、より具体的なライフプランを考えた。
将来は父と同じ、洋菓子職人になる。
高校受験が終われば、まずは今までの『お手伝い』ではなく、正式にアルバイトとして木の葉で雇ってもらい、ホールだけでなく厨房の仕事も覚えながら、菓子作りに関わりたい。
そしてその先の進路は、大学には進まず製菓系の専門学校へ進学したい。
高校は、四年制大学に進むための所ではなく、学業と修行の両立ができる学校に通いたい。
母の意向とは全て真逆。
だが、これが緑依風の望み。緑依風が歩みたいと思う未来だ。
*
夜の九時。
「はぁ……。やっぱり緊張する……」
時間が経てば経つほど、胸の真ん中が落ち着かない。
優菜は、眠たそうに目をショボショボさせて寝室へと向かい、まだもう少し遊んでいたい千草は、タブレットをこっそり寝床に持ち込んで、遊びながら寝落ちするのだろう。
北斗は先程帰って来たばかりで、今は一人テーブルで夕食を取り、それが終わればすぐお風呂に入って寝てしまう。
「(お父さんがお風呂から上がったら、二人に声を掛けよう)」
北斗がリビングに戻るタイミングを見計らい、緑依風は両親が揃う場所へと向かう。
「お父さん、お母さん。大事な話があるの!」
濡れた髪を拭く北斗と、ぼんやりとテレビを眺めていた葉子が、一斉に緑依風の方へと振り向く。
「…………っ」
緑依風は、じんわりと汗が滲む手をグッと握り締め、力強い瞳で見つめ返した。
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