第352話 料理の先生


 あれから、一週間が過ぎた。


 緑依風はまだ、葉子に自分の気持ちを伝えずにいる。


 というのも、今月は松山家にとっておめでたい行事が多すぎるのだ。


 まずは従姉の海生の卒業式。


 イタリアンレストランを営む青木姉妹の父、春生はるおが娘の高校受験合格祝い、卒業入学祝いとして、親戚である松山家の家族五人を店に招待し、食事会を開いてくれた。


 そして来週には松山家の次女、千草の卒業式と三女の優菜の卒園式が控えており、妹達の門出が済むまでは、自分と母がピリピリするような空気は作りたくないと、タイミングをずらすことにしたのだ。


 自分の進路の話に、妹達は関係ない。

 母と自分の確執に、二人を巻き込みたくない。


 そう思っていた。


 *


 放課後――。


 今日は料理サークル、春休み前最後の調理実習日だった。


「あ~あ、料理サークルも運動部みたいに休み中も活動あればいいのに~」

 部活が楽しい亜梨明は、先日梅原先生に長期休暇中の活動を直談判しに行ったのだが、やんわりと断られてしまったらしい。


「亜梨明ちゃんって、本当にアクティブだよね……。私もみんなと喋ったり遊ぶのは好きだけどぉ~、学校に行くのがめんどくさーい!」

 星華はそう言いながらタマネギをみじん切りし、ずびっと鼻をすすった。


 ちなみに今作っているのはオムライスで、チキンライスに入れる野菜をみじん切りにしている。


「松山さん、ニンジン切り終わったけど……」

「オッケー!光月さん、みじん切りするのだいぶ早くなったね~!」

 最初の頃は、包丁を持ち慣れていないせいもあり、食材を切り終わるまで時間がかかり、大きさや形が不揃いになってしまいがちだった楓だが、今は手際よく綺麗にカットできるようになった。


「松山さんが教えてくれたおかげ。最近は、家でも教えてもらったコツを意識して、おばあちゃんと一緒に料理するようになったの」

「この間は確か、ニンジンとゴボウのきんぴら作ったんだよね?」

 亜梨明が言うと、楓は「うん」と頷き、優しい表情でその時のことを語る。


「実は私、本当はニンジン苦手で……」

「えっ!?ごめん、うちじゃチキンライスにニンジンいれるから……」

 レシピを用意した緑依風は、楓の苦手な食材を使ってしまったことを謝るが、楓はニンジンの甘味が隠れれば問題無いようだ。


「そう、それでね……細く切って、甘辛くしたきんぴらなら食べられるからって、昔はお母さんが作ってくれて、夏城ここに来てからはおばあちゃんが作ってくれて……。今までは、食べるだけだったけど、料理サークルに入って、色々覚えていくうちに、二人の料理を私も引き継いでいけたらって思うようになって……」

「そっか……」


 日頃、自らを語ることはあまり無い楓。


 そんな彼女が、珍しく自分の話をしてくれることを緑依風が嬉しく感じていると、「緑依風ちゃんは、料理だけでなく教え方も上手ですからね!」と、ピーマンを切り終えた晶子が言った。


「わかる~!失敗しても怒らないし、レシピに作り方書いてくれるだけじゃなくて、お手本も見せてくれるから、すっごくわかりやすいよね~!」

 亜梨明もこれまでの実習を振り返り、うんうんと首を縦に振る。


「緑依風ちゃんはパティシエール志望だけど、お料理の先生も向いてそう!」

「えっ?」

 亜梨明の言葉に緑依風が目を丸くすると、楓も同じ意見のようで、「確かに」と言った。


「…………」

「ちょっとぉ~!四人で楽しそうにお喋りしてるのずるい~っ!!こちとら、涙と鼻水で大変なことになってんのにぃ~っ!」

 ようやくタマネギ二分の一のみじん切りを終えた星華が、キッチンペーパーでぐしゅぐしゅになった顔を拭きながら叫ぶ。


「ジャンケンで負けた人がタマネギ担当って言い出したのは、空上さんだったと思うけど……」

 楓が冷静な声でツッコむと、「あ~んっ!光月さんつめたーい!」と、星華が嘆く。


「言い出しっぺですからね~。最後まで頑張ってください♪」

「晶子まで~っ!」

 星華は手を洗い、再びタマネギを切り出す。


「さっ、星華ちゃんがみじん切りやってる間に、ホワイトソース用のバターと小麦粉計らなきゃ!……緑依風ちゃん?」

「へっ?あ、あぁ……そうだね!私は二人が使った包丁とまな板洗うから、そっち任せるね!」

 我に返った緑依風は、楓達が使い終わった器具を洗浄しながら、先程の亜梨明の言葉を振り返る。


「(料理の先生か……)」


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