第24章 母と娘~その願いは誰のもの~

第349話 マリオネット(前編)


 二年生最後の期末テストが始まった。


 試験終了のチャイムが鳴ると、この時間の試験官を務める竹田先生が「はい、ペンを置いて前に集めて~」と指示を出し、後ろの座席に座る生徒が解答用紙を回収していく。


「(今回はちゃんと、最後まで書き切れた……)」


 今の時間に行っていたのは、社会のテスト。


 前回の期末テストで、緑依風は解答欄のずれに気付くのが遅れ、急いで書き直していたのだが、終了時間までに間に合わなかった。


 それだけが原因というわけでは無いが、一年の頃からずっと学年一位を維持し続けていた彼女は、初めて二位へ陥落した。


 母親の葉子はそれを知り、娘に厳しい言葉を掛けた。


 最初の約束では、平均点八十点以下をとった場合は、将来父の店を継ぐ修行として始めた手伝いを禁止にすると言われた。


 それが、初めての中間テストで学年一位を取ったことで条件が変わり、学年十位以内をキープすることが新たな約束となってしまった。


 そんなことがあったのだ。


 もし次も一位を逃せば、今度は叱責どころではなく、パティシエの修行に関わること全てを禁止されるかもしれない。


 最近は、自宅でお菓子作りの練習をしている時も、小言を言われる回数が増えてきた。


「(好きなことを続けるには、我慢しかないよね……)」


 今はまだ。

 でもいつかきっと、この願いを現実にしたい――。


 *


 テスト二日目が終わり、緑依風が「ただいま~」と言いながらドアを開けると、「おかえり」と、廊下の掃除をしていた葉子が出迎えた。


「今日はどうだったの?」

「うん、まぁ……」

「なぁに、その答え方……。まさか、またつまらないミスでもしたんじゃ――」

「だっ、大丈夫!前みたいなことは無い……し、一応全部わかったから、この間より自信あるよ……!」

「そう……」

 緑依風は靴を揃え終わると、母のそばから逃げたいと思い、足早に葉子の目の前を過ぎ去り、自分の部屋へと戻る。


 ドアを閉め、無意識のうちに止めていた呼吸を再開させると、昼食の用意をするから早く着替えるようにと叫ぶ葉子の声が響き、緑依風はまたヒュッと息を呑み、緊張に身を縮こませる。


 怖い。お母さんのことが怖い……。

 私はいつまで、お母さんの言いなりを続けるんだろう……。


 手のかからないいい子。


 親の言うことを素直に聞いて実行できることを、周囲の大人はもちろん褒めてくれたし、葉子も謙遜しつつ、誇らしげに笑っていた。


 緑依風は、母が喜ぶ顔が見たくて『いい子』を続けた。


「(いい子って……ただ、“自分”が無いだけじゃん……)」


 親の思い通りにしか動けないの空っぽの人形。

 自分の本心を言えない臆病者。

 親の愛を求め続ける甘えん坊。


 周りの人は、普段の立ち振る舞いや、同年代の子よりも体の成長が早い緑依風を大人だと言ってくれるが、十四歳にもなって、親の顔色を伺ってばかりで動けない自分は、誰よりも幼く子供のままだと、緑依風は思う。


 制服を脱ぎ、部屋着に着替えようとすると、机の上に葉子が置いたと思われる、四月から通える進学塾のチラシや、通信教育の案内の封筒、そして春ヶ﨑高校のパンフレットが並べられていた。


「…………」

 緑依風は、母からの無言の圧力にキュッと下唇を噛み締めると、机の端にそれをまとめ、一階へと下りた。


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