第347話 思い出話(4)


 小学校に入学すると、緑依風と風麻はクラスが別々になってしまった。


 幸い、晶子は同じクラスになれたが、この当時人見知りで気弱だった緑依風は、別の幼稚園や保育園から来た子達から、また名前のことをからかわれるのではないか、晶子以外に仲良くなれる子と出会えるのか不安だった。


 中でも、背は小さいがとびっきり元気が良すぎて存在感を放ち続ける女の子がいて、緑依風はきっと自分とは合わないタイプだろうと、その子に苦手意識を持っていた。


 緑依風が、その女子こそが星華だと話せば、爽太は「そういえば、入学式の日も目立ってたね!」と、初日からいきなり大きな声を張り上げて、波多野先生に質問をする彼女を思い出していた。


 しかし、いざ実際に会話を繰り返しているうちに、彼女はただ元気なだけで根はいい子だと知り、そのうち晶子と同じくらい仲の良い同性の友達として、関係を築き上げていった。


 風麻とは、クラスが離れても家が隣同士のため一緒に学校に登校し、下校時も待ち合わせをして帰っていた。


 ただ、今までとは違い、学校に着いてから放課後になるまでは、ほとんど顔を合わせることが無い。


 緑依風と同様、彼も新しい友人に出会い、いろんな影響を受けたのだろう。


 これまで自分を『僕』と呼んでいたのが、気が付けば時々『俺』になり、今まで『緑依風ちゃん』と呼んでいたのが、呼び捨てになることもあった。


 喋り方もなんだか荒っぽくなり、自分が知らない内に別人になったようで、緑依風は違和感を覚える。


 そんなある日のこと。


 風麻のクラスのホームルームが終わるのを待っていると、クラスメイトの女の子がこんなことを聞いた。


「緑依風ちゃんって、二組の坂下くんのこと好きでしょ?」

 緑依風が「何でそう思うの?」と少し慌てながら聞くと、「男子と仲良くしてるとそう思うよ」と答えた。


 幼稚園でも同じようなことはあったが、小学校に入ると前よりこういったことを面白がる視線が増えた気がする。


 小学生になったばかりの子供でも、女は女で、男は男だ。


 異性と仲睦まじい様子を見てからかうだけ輩だけでなく、中には嫉妬の念を向ける者もいる。


 実際、緑依風のクラスにいる他の女子は、入学してたった二か月のうちにその子の友人から「男子の前でかわいこぶってる」なんて言われてしまい、ちょっとしたトラブルになった。


 先生が間に入り、解決はしたものの、『明日は我が身かもしれない』と緑依風は不安になる。


 風麻のことは好きだが、彼女のようなことになるのは避けたいし、かといって風麻と仲良くしないなんて選択は絶対にできない。


 そんな風に悩む日々が続いてしばらく経った頃――。


 廊下で風麻を見かけた緑依風が、放課後うちで一緒に遊ばないかと誘うと、「松山って、本当に風麻が好きだな!」と、風麻の友達の一人が、ニヤニヤしながら緑依風に言った。


 緑依風が何も答えられずに困っていると、風麻は「そういうの、かっこ悪いからやめようぜ」と、緑依風を庇った。


「風麻も実は、松山のこと好きだろ?だって毎日一緒に帰ってるし、休みの日も遊んでるんだろ?ラブラブじゃん~!」

「もういっそ付き合っちゃえよ~!」

 風麻の友人は、ほんのちょっとふざけたいだけだったのだろう。


 それでも、緑依風としてはこの時間がとても苦痛だった。


 風麻はどんな反応をするのか。


 緑依風が緊張しながら様子を伺うと、彼は「はぁ~っ?」と、間の抜けた声を上げた。


「好きなわけねーじゃん!付き合うとかありえないし!」

 そう言って、軽い口調で友達二人に返す風麻。


 この場では、それが正解だったのかもしれない。


 だが、風麻を親友以上の気持ちで慕う緑依風は、そんな彼の態度や言葉がショックで、悲しい気持ちと同時に腹立たしい気持ちも湧いてくる。


「こっ、こっちだって……!私より小さい子なんて好きじゃないっ!!」

 そう発してすぐ、緑依風は後悔する。


 さっきまでヘラヘラとしていた風麻が、とても傷付いた様子で緑依風を見つめた。


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