第337話 二度目のバレンタイン(前編)
二月。
今年もまた、バレンタインの季節がやってきた。
街を歩けばどこもかしこも、ハートのバルーンやパネルが飾られており、スーパーではラッピングされたチョコレートが売られたり、製菓材料のコーナーが普段よりも広く設けられている。
緑依風の父が営む木の葉でも、バレンタイン用のチョコレート菓子が販売されており、すでに何件か予約が入っているようだ。
「やぁって~くるぞ~バレンタイ~ンッ!!」
高らかに歌うような声で叫んだ星華が、三組の教室のドアを勢いよく開け、驚いた生徒達の視線が一斉に彼女へ集中する。
「あんたねぇ〜……自分のクラスじゃないんだから、もう少し静かに入ってきなさいよ」
奏音がため息を交ぜながら星華に注意した。
「だって、来週はいよいよバレンタインだよ!?緑依風と亜梨明ちゃんにとっては、リベンジの機会がやってきたってことじゃない!」
去年のバレンタイン直前から当日の出来事は、この場にいる全員よく覚えている。
亜梨明は爽太に想いを伝えると決意し、初めて好きな人のためにチョコレートを作った。
緑依風も、長年の想いを打ち明ける決心をして、風麻への贈り物を準備した。
そして、緑依風はバレンタイン前日に失恋し、亜梨明も翌日玉砕。
あれからもう一年経つのかと、全員複雑な笑顔を浮かべながら、またこうして仲良く過ごせていることに喜びを感じる。
「私は今年もあげる人いないけど、二人はまた渡せるでしょ?何作るの?」
星華が緑依風と亜梨明に聞くと、緑依風はバタークリームのチョコレートケーキの予定と答え、亜梨明はまだ決めかねているようだ。
「去年はチョコレートを溶かして固めただけだったから……今年はもう少し、いいものあげたいな」
亜梨明が言うと、星華は「これ、部活でバレンタインのお菓子作ればいいんじゃない?」と緑依風に提案する。
「ん〜……でも、私が作るやつ結構時間かかるから、部活中に作るのは難しいかな」
「そこをなんとか〜!緑依風ちゃん先生〜!!」
亜梨明が緑依風にしがみつきながら懇願する。
「じゃあ、部活で作るのは簡単で、あまり時間がかからないやつにしよっか!お菓子作りに慣れてなくても、それなりに見栄えよく見えるレシピ考えとく!」
緑依風が提案すると、亜梨明は「ありがとう〜!」と彼女に抱き付いて喜んだ。
そこから数メートル程離れた場所では、風麻が緑依風達のやり取りを眺め、ソワソワと落ち着きのない様子で聞き耳を立てている。
「ここからじゃ、何言ってるかよくわかんねぇなぁ……」
「どうした風麻?松山がバレンタインに何作ってくれるか気になるのか?」
直希がニカニカとしながら風麻に聞く。
「何を作ってどころか……俺、今年はバレンタインもらえないかもしれない……」
風麻はそう言って肩を落とし、重いため息をつく。
「なんで?松山とケンカでもしてるのか?」
「去年、緑依風に『バレンタインは今年で最後』って言われたんだよ……」
「は?」
忘れもしない、去年の二月十三日。
風麻が緑依風の元を訪れ、亜梨明のことが好きだと打ち明けた日だ。
緑依風は風麻の相談に笑顔で「頑張りなよ」とエールを送り、風麻がリクエストしたフォンダンショコラを渡しながら、「私からのバレンタインはこれで最後ね」と言ったのだ。
あの頃は気付きもしなかったが、緑依風が自分を好きでいながら、どんな気持ちで亜梨明への恋心を応援してくれたのかと考えると、未だに罪悪感で胃の辺りがきゅうっと縮こまりそうになる。
直希は、風麻からその説明を聞くと「バッカだなぁ~!」と笑い飛ばした。
「それは、お前と亜梨明が付き合うの前提で松山が言った言葉で、今お前の彼女は松山だろ?くれないわけないじゃんか!」
「でもさぁ~……俺、去年あんな悪いタイミングで緑依風のこと傷付けて……。もしかしたら、その時のことまだ怒ってる可能性だってあるじゃん……」
風麻が情けない表情で不安を語ると、直希は「まぁ、思い出したら腹立ってくるってこともあるわな……」と、頬杖をついた。
「そんなに心配なら、松山本人に聞けよ……もし怒ってたなら、ちゃんと謝れよ」
「はぁぁ~っ、去年の俺にアホって言いたい……」
風麻は両手で頭を抱えながら机に突っ伏すと、今すぐタイムスリップして、一年前の自分の口を塞ぎに行きたいと願うのだった。
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