第338話 二度目のバレンタイン(後編)
放課後。
六人で靴箱に向かっている時も、話題はバレンタインについてだった。
「日下、今年はバレンタインに他の子からチョコもらうんじゃないよ!」
星華が、厳しい口調で爽太に釘をさすと、爽太は「もちろん全部断るよ」と言った。
「チョコだけじゃなくて、呼び出しされても今年は絶対行かないし、亜梨明以外の人から贈り物は受け取らないよ」
それを聞いた亜梨明は、彼の隣でひっそりと嬉しそうな顔をする。
「でもさ、日下に直接渡せなくても、靴箱や机に入れるものまでは防げないよね」
奏音が、人気者の爽太の靴箱や机が埋まる可能性を予測すると、爽太は「入れられても食べないから大丈夫だよ」と言った。
「それはそれでもったいない気も……」
亜梨明が眉を下げて言えば、「っていうか今更だけど、食べ物を靴と同じとこに入れないで欲しいよね……」と、奏音が古くから続く靴箱・イン・チョコの文化を疑問視した。
「特に手作りだと、日持ちしないものも多いし……。かといって、一度にたくさん食べると血糖値とかカロリーもすごいことになりそう」
緑依風が健康面を考えて言うと、「心配しなくても、去年も亜梨明からのチョコ以外は一つも食べてないよ」と、爽太が言うので、五人は「えっ!?」と声を上げて立ち止まる。
「えっ、一個も?」
「鞄がパンパンになるまでもらってたのに??」
亜梨明と星華の問いかけに、爽太は「うん」と頷く。
「じゃあ、あの量のチョコどうしたの?」
「捨てた?それとも家族に食べてもらったのか?」
緑依風と風麻が聞くと、爽太はバツの悪そうな顔になり、目線を逸らしながら、「全部、捨てちゃった……」と答えた。
いくらなんでも、食べ物を粗末にするのは……という五人からの視線を集めた爽太は、「あっ、違うんだ!食べられなくなっちゃって……!」と、慌てて弁明する。
去年のバレンタイン当日。
爽太は、亜梨明からもらったチョコレートは食べたものの、他の女子にもらったものまでは食べる気になれず、通学鞄から紙袋へ移動させ、クローゼットの中へとしまった。
あとで家族に渡して、食べてもらおう。
そう思っていたのだが、亜梨明を傷付けてしまったことに悩み続けているうちに、チョコの存在をすっかり忘れたまま、季節は夏へ――。
そして猛暑のある日、爽太は部屋の中で漂う甘い香りに異変を感じ、その正体を探すと、クローゼットの奥から、溶けて色も形も変わって食べられなくなったチョコレートがたくさん出てきたという。
爽太から話を聞いた五人は、それぞれ顔や頭を押さえながら、爽太のためにチョコレートを用意した女の子達を哀れんだ。
「普通に捨てられるよりキツイ末路だ……」
風麻に言われると、爽太は「うん……さすがに申し訳なかった」と気まずそうに顔を歪めた。
「爽ちゃん……もし、今年もチョコ入れられてたら、私のことは気にしないでもらってあげてね……」
亜梨明も、自分のせいでチョコレートを食べてもらえなかった人達のことを考えると、ごめんなさいという気持ちになっているようだ。
「はい……」
爽太が反省しながら返事をすると、「……あっ、でも、今年は大丈夫かもよ?」と奏音が何かを思い出したように言った。
「だって、今年の二月十四日って日曜日じゃん」
「そっか、学校休みだね」
緑依風も十四日の曜日を思い出すと、亜梨明が「えっ……」と残念そうに声を上げる。
「それじゃあ……当日には渡せないの?」
亜梨明がしゅんと肩を落とすと、「日下の家に直接持って行けばいいじゃん」と星華が助言する。
「あ、そっか~!」
「今年もくれるの?」
爽太が期待した声で聞くと、「もちろんだよ~っ!」と亜梨明が頷く。
「――って言っても、まだ何を作るか決めてなければ、どんな風に作ればいいのかもわからなくて……。緑依風ちゃん達と、次の部活で話し合いながら決めることになったんだ」
「ふふっ、今年も手作りのくれるんだ?」
「うん!頑張って美味しいの作るから楽しみにしてて!」
幸せそうに笑う亜梨明と爽太の姿を、緑依風は彼らの半歩後ろを歩きながら、嬉しそうに微笑む。
一年前のバレンタインからしばらくの間。
二人の間には大きな溝ができ、もうこんな仲睦まじい様子を見られることはできないかもしれないと思ったが、大きな試練を乗り越え、今では他人が入る隙間も無い程、強い絆で結ばれている。
「あの二人、本当によかったね……」
緑依風が隣を並び歩く風麻に話しかけると、風麻は「そ、そうだな……」と、言葉を詰まらせながら言った。
「…………」
風麻は、緑依風の顔を何度もチラチラと見ては逸らしてを繰り返し、ソワソワと体を動かしている。
「どうしたの?」
靴箱前に到着したところで、緑依風が聞いた。
「あの、さ……おっ、俺も……今年、緑依風にチョコ……もらえるの?」
風麻がたどたどしく聞くと、当然渡すつもりでいた緑依風は「えっ?あげるよ?なんで?」と、不思議そうに首を傾げる。
「だって……去年、『私からは最後ね』って言ってたじゃねぇか」
「あれは、あんたが他の人を好きだったからでしょ……」
緑依風はそう言って、チラリと亜梨明の方へ目配せする。
「それに、私はこうも言ったはずだよ。“来年からは、好きな人にもらって”って」
「…………!」
「……あんたの“好きな人”。今は、私でしょ?」
緑依風がちょっぴり恥ずかしそうに上目遣いで言うと、風麻はかあっと顔を赤く染め、「当たり前だろ……」と呟きながら髪を掻いた。
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