第335話 お疲れ様(前編)


 日曜日の午後。

 爽太は待ち合わせ場所となった、冬丘のファストフード店に向かった。


 すでに来ていた逢沢、森田、水瀬のテーブルを見つけると、爽太は森田の隣の椅子に座り、逢沢と向かい合わせになるようにする。


「う……っ、爽太くん……来てくれたんだね……嬉しい……っ」

 爽太の姿を見た途端、逢沢が顔を押さえてぐずぐずと泣き出す。


「ほら、日下にちゃんと言わないと……」

「うん……」

 水瀬が逢沢の背中をポンポンと叩くと、逢沢は真っ赤な目を服の袖で拭きながら頷いた。


「あの……この間はごめんなさいっ……。私、爽太くんの学校にまで行くなんて、しつこ過ぎたよね……。相楽さんにも失礼なことして……本当に、ごめんなさい……っ」

「…………」

 逢沢は頭を深く下げ、反省の色を見せるが、爽太は逢沢の言葉に返事をしなかった。


「――あっ、あのね……!私、爽太くんのことは諦めるから……!」

 逢沢が頭を上げながら、彼の顔色を伺う。


「連絡も控えるし、相楽さんにも迷惑かけない……!……けど、その……っ、時々でいいから……これからも友達として、たまには私と会ってくれないかな……?」

「えっ……?」

 水瀬が表情を凍り付かせ、逢沢に振り向く。


「とっ、友達となら……会って遊ぶのは普通だよね……!爽太くんの彼女になれなくてもいいから……っ、友達のままでいいから……二人で会って、お話して……どこか遊びに行ったり、お互いのおうちに行ったりとかして……!」

「ちょっと舞っ!それ諦めきれてないし、話が違っ――!」

 水瀬が、事前に話し合った内容と違ったことを言い出す逢沢に注意すると、逢沢もハッと我に返り、青ざめた顔で正面にいる爽太を見る。


「…………」

 爽太は、こうなることを予想していた。


 だからこそ取り乱さず、冷静でいられることができた。


「あ、あの……っ、ごめんなさっ――」

 逢沢が声を震わせて謝ろうとすると、「本当はね……」と、爽太が口を開き、予め考えていた言葉を述べ始めた。


「僕は今日、ここに来るつもりは無かった……。この間言った通り、逢沢さんにはもう二度と会いたくないって思ってたし、森田からの誘いも一回断ったんだ」

「えっ……?」

「だけど今、ここにいるのは……亜梨明が、逢沢さんに会ってあげてって言ってくれたのと……僕自身がはっきりと、逢沢さんに自分の気持ちを伝えなきゃいけないって思ったから」

「爽太くんの、気持ち……?」

「うん……」

 爽太はテーブルの上で手を組むと、ひと呼吸おいてまた話を続ける。


「僕ね、亜梨明と出会って、いろんなことに気付くことができたんだ。その一つが、“恋をすること”だった」

 逢沢が軽く息を呑み、森田と水瀬も彼がこれから言わんとしていることに、耳を傾ける。


「僕にはもう、特別な人がいる。逢沢さんがいくら僕を好いてくれようとも、僕には愛したい人がいて……それは逢沢さんじゃない」

「…………」

「僕が好きな人は亜梨明で……どこが好きなのかって聞かれると、たくさんあるし、全部話せば長くなるけども……亜梨明は人の心を思いやることができる、強さと優しさを持っている。逢沢さんみたいに、自分だけが幸せになろうとか、そのために他人から奪い取ろうなんてことはしない」

「…………!」

 爽太がはっきりとした口調で言うと、逢沢はカッと顔を赤くし、悔しさに肩を震わせて下を向く。


「逢沢さんの謝罪は受け入れるよ。でも、逢沢さんがしてきたことをすぐには許せる気になれないし、友達にはもう戻れない」

「えっ……!?」

「さっき口走っちゃったようだけど、友達に戻れば……君はそれを理由にして、また僕に会うつもりだったでしょ?」

「そっ、それはその……っ」

 爽太に指摘され、逢沢はなんとか誤魔化そうとするが、上手く言い訳が出来ず、しどろもどろになる。


「――だから、もう中途半端なことはできないように、元の関係には戻らない。逢沢さんと会うのも、今日が最後にして欲しい……。会えばきっと、逢沢さんは今後も僕を、諦めてくれないだろうから……。亜梨明を不安にさせることは全部、無くしたいんだ……」

「そ、んな……っ」

「これが、僕の気持ちです。小学生の時、一緒に遊んでくれてありがとう。でも、僕を好きでいるのはもう終わりにしてね」

 爽太はそう言い終えると、椅子から立ち上がり、「森田、水瀬さん……これでいいかな?」と、二人に声を掛けた。


「うん、舞のフォローは任せて!」

「来てくれてありがとな!」

「ま、待って……!まだ私は――!」

 逢沢が呼び止めると、「そうだ、言い忘れてた」と爽太が立ち止まり、逢沢に振り向く。


「逢沢さん、僕ね……亜梨明とは、おじいちゃんおばあちゃんになっても一緒にいるって、約束してるんだ」

『えっ?』

 逢沢だけでなく、森田と水瀬も驚いたように目を丸くした。


「つまり、そういうことだから!じゃ、さよなら……」

 爽太はそう言って、森田と水瀬に後を頼むように目線を送り、店を出て夏城に帰って行った。


 森田と水瀬は、ポカンと間の抜けた表情で爽太を見送った後、顔を見合わせ、彼の言葉の意味を考える。


「そ、そういうことって……マジで?」

「あの、日下が……?ちょっと気が早くない?」

 森田と水瀬は、小学生時代の恋に鈍感な爽太からは想像できないと、苦笑いするが、彼の亜梨明に対する愛の大きさを思い知らされた逢沢は、グッとした唇を噛み締め、「うっ、うぅ~っ……」と、喉奥から声を鳴らして、泣き始めた。


「あぁもう、舞ったら……」

 水瀬が逢沢に寄り添い、そっと抱き締めながら頭を撫でる。


「まなかちゃん……っ、わたしこれから……っ、どうしたらいいの……?」

 逢沢も水瀬に抱き付き、声を詰まらせながら聞く。


「どうしたらって……そんなの、決まってるでしょ……。舞のことを、日下が彼女を想うのと同じくらい好きになってくれる人を探せばいいんだよ!」

 水瀬は笑って、逢沢の肩を叩きながら励ます。


「今回はちょっと……いや、かなり暴走しちゃったけどさ!舞、本当はいい子だし、すっごく可愛いし、日下が選ばなくったって、舞を大好きだって思ってくれる人は必ずいるよ!」

「でも……私は!」

「日下のことが好きなら、日下の幸せを応援してあげなよ!」

 水瀬にそう言われると、逢沢の心に爽太から言われた言葉が蘇った。


「そうだな。そんだけ長い間爽太のことを好きでいられたんだ。なら、あいつの幸せを願って、味方になってあげることもできるだろ?」

「味方に……」

 逢沢は、一瞬だけ辛そうな顔になって悩んだが、爽太と一緒に冬丘小で過ごした日々――その時の彼の笑顔を思い出すと、「うん……」と静かに頷いた。


「私、爽太くんの味方になりたい……」


 大好きな人と会えないのは悲しい。


 けど、離れた場所で幸せを願い、思いを馳せながら少しずつ、この恋の終わりを、いつかは良き思い出として振り返られるように――。


 逢沢はそんなことを思い、森田と水瀬は、彼女の表情を見て“今度こそ大丈夫”と確信し、目線を合わせて表情を和ませるのだった。


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