第332話 絶交


「待てよっ、爽太!!」

 爽太の背後から、風麻が緑依風と星華と共に追いかけてくる。


「爽ちゃんっ、あれはダメだよ!戻ろうっ!?」

 亜梨明も爽太に繋がれた手を引っ張り、逢沢の元へ戻ろうとするが、爽太は無言のまま亜梨明を連れてスタスタと歩き続けた。


「爽ちゃん……っ」

「…………」

 学校から、数百メートル程離れた住宅街に入ったところで、爽太はようやく立ち止まり、亜梨明の手を離す。


「ごめん……っ」

 風麻達が追いついたところで、爽太が肩を震わせ、絞り出すような声で亜梨明に謝る。


「亜梨明のこと……っ、巻き込んだ……っ!」

 亜梨明が深く俯く爽太を見れば、彼は今にも泣きだしてしまいそうな顔で、「みんなも……ごめんっ……!」と、涙交じりな声で言った。


「私は大丈夫だよ」

 亜梨明がそう言っても、爽太は下を向いたままだった。


「いやぁ~、でも驚いたわ……。あの子すごいね……」

 重い空気を変えようとした星華が、おどけた口調で言いながら学校の方向を見る。


「……さっきの、この間本屋の前にいた子だよな」

「うん、まさかうちの学校にまで来るなんて……」

「っていうか、この時間って普通、他の学校も終わったばっかじゃね……?」

「…………」

 風麻と緑依風が話している間も、爽太は変わらず俯いた状態で、声の一つ発することもできないくらい、憔悴しきっていた。


 *


 緑依風達と別れた後。


 普段なら、亜梨明を送る側だった爽太だが、今日は亜梨明が家まで彼を送り届けた後、しばらくそばにいてくれることになった。


 道中、亜梨明は落ち込む爽太を元気付けようと、一生懸命話しかけてくれたが、爽太は亜梨明を巻き込んでしまった申し訳なさで、返事どころか、彼女の顔を見ることすら出来ない。


 家に辿り着くと、中には誰もいなかったが、沈んだ姿を家族に見られたくなかった爽太にとっては、好都合だった。


 二階にある爽太の自室に入ると、彼は鞄を床に置き、上着を着たままベッドに座る。


 マフラーとコートを脱いだ亜梨明は、エアコンのリモコンを取り、暖房のスイッチを入れると、爽太の横に腰掛けて、「大丈夫……?」と聞いた。


「……ごめん」

 爽太は下を向いたまま、両手で顔を覆い隠すようにして亜梨明に謝る。


「爽ちゃんは悪くないんだから、もう気にしないで。……そりゃあ、ちょっとはびっくりしたけど、ぶたれたりとか傷付くようなことは何もされてないから!」

「もしぶたれてたら、僕が逢沢さんを殴ってた……」

「さ、さすがに男の子が女の子を殴っちゃダメだよ!!」

 爽太の発言に、亜梨明はギョッとしながら叫ぶと、「それなら、私が直接やり返す……!」と、ボクサーのポーズをとる。


「…………」

「…………」

 ふざけてみても、爽太の反応は無く、亜梨明がどうやって励まそうかと考えている時だった。


 ブブッと、爽太のコートのポケットから、メッセージを知らせるバイブ音が鳴る。


 爽太がうんざりした表情でスマホを取り出すと、通知は十件以上溜まっていて、その中には、放課後にホーム画面の通知で表示された、森田からのメッセージの続きもある。


 ◇◇◇


 まなかから聞いたんだけど


 逢沢が、六時間目の授業が始まる前に、急に帰るって言い出したらしい


 なんか、朝から様子がおかしかったって言ってて…


 もしかしたら、爽太の学校に行ったかもしれない


 ◇◇◇


 森田からのメッセージに目を通した爽太は、もっと早く確認すればよかったと後悔し、深いため息をつく。


 そして、これまで読むのを避け続けていた逢沢のトーク画面を開けば、『それなら、しょうがないよね……』という内容の次に、『今から、爽太くんの学校に行きます』『爽太くんが言えないなら、私が直接相楽さんに別れてって言ってあげる』という文面が綴られていた。


「…………」

 爽太は、その内容だけ読み終えると、画面の右上をタップし、逢沢のアカウントをブロックする。


「あ……」

 隣でその様子を見た亜梨明が短く声を上げると、爽太は「これでいいんだ……」と、静かに言った。


「最初から、こうすればよかったんだ……」

「でも……」

「いいんだ……!」

 爽太は顔を上げ、亜梨明に無理やりな笑みを向ける。


 亜梨明は、ちょっぴり悲しそうな顔で爽太を見つめるが、爽太はこの決断に迷いは無かった。


 初めから、中途半端な情なんて捨てて、はっきりと逢沢との関係を断ち切ればよかった。


 そうすれば、亜梨明を自分達の問題に巻き込むことなく、逢沢に早く諦めてもらえたかもしれない。


 例え、友人だった逢沢を傷付けてしまうことになっても、一番大切な亜梨明に危害を加えられそうになるくらいなら、非情だと思われようとも、そうするべきだった。


 逢沢にはもう、二度と会いたくないし、今後一切関わるつもりも無い。


 これでいい、これで――。


「爽ちゃん……」

「…………」

 後悔は無い。逢沢に対する友情も無い。


 それなのに、楽しかったはずの小学校時代の思い出までも、この終わり方と同じくらい残念なものになってしまう気がして、爽太は心の裏側で痛む感情を抑え込むように、スマホを強く握り締めた。


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