第331話 怒り


 二日後。


 昼休みに、爽太がスマホの画面を見ると、逢沢から送られてくる文面がいつもと少し違っていた。


「……?」

 既読を付けたくないため、逢沢とのトーク画面は開かず、通知欄からのみの確認しかできないが、爽太の気持ちが亜梨明に向いたままのことを嘆く内容、そして、『もう爽太くんには、私の声は届かないんだね……』という、悲観した文面が見えた。


 ◇◇◇


 それなら、しょうがないよね……


 ◇◇◇


 逢沢の諦めたような言葉に、爽太がちょっと期待した気持ちになった時だった。


「日下!」

「――――っ!?」

 教室のドアの外から、竹田先生の声が聞こえて、爽太は慌てて机にスマホを隠す。


 夏城中学校は、登下校時の防犯のために携帯電話の持ち込みを許可されているが、校内での使用は厳禁のため、見つかれば放課後まで没収されてしまう。


 爽太が教室の外で手招きする竹田先生の元へ行くと、土曜日に他校との練習試合が決まったので、放課後に風麻を連れて職員室に来て欲しいという内容だった。


 *


 放課後。


 今日は、奏音以外の部活が無いメンバーで帰る予定だが、昼休みに竹田先生から呼び出しがかかった爽太と風麻は、亜梨明達に校門を出た所で待っててもらい、あとで合流することにした。


 爽太は教室を出る前に、逢沢から何か通知が入っているかチェックしようと思い、スマホのホーム画面を見る。


「あれ、森田……?」

 森田からの通知には、『まなかから聞いたんだけど』という文が見えたが、彼とのトーク画面を開こうとしたところで、「爽太、竹ちゃんのとこ早く行こうぜ」と、風麻が呼ぶ声が聞こえた。


「あ、うん……!」

 続きが気になるところだが、風麻や亜梨明達を待たせてしまっているため、爽太はコートの中にスマホをしまい、職員室へ向かった。


 その頃。


 亜梨明は緑依風や星華と校門前でおしゃべりをしながら、爽太と風麻を待っていた。


「土曜日の練習試合って、見に行ってもいいのかな?」

 亜梨明が緑依風に聞いた。


「どうだろう?うちの学校でやるんなら、竹田先生見せてくれそうだけどね」

 緑依風がマフラーの歪みを直しながら答えると、「ん?」と星華が前方を見つめながら、目を細める。


 亜梨明が星華と同じ方向へ振り向けば、夏城中とは違う制服を着た女の子が、こちらに向かって走って来る。


「逢沢さん……?」

 その少女は逢沢で、彼女は亜梨明の姿に気付くと、懸命に腕を振りながら亜梨明の元へと駆けて来た。


「逢沢さん、どうしたの!?」

「さ、がら……さんっ……!」

 亜梨明の前で立ち止まった逢沢は、はぁはぁと大きく息を切らしていたが、バッと勢いよく頭を下げ、「お願いします!爽太くんを私に譲ってっ!!」と、大きな声で言った。


「はっ?」

「えっ……?」

「お願いっ――!!」

 ポカンと、口を半開きにする星華、緑依風に目もくれず、逢沢は亜梨明の両肩を掴み、もう一度懇願する。


「そっ、それは無理だよ……!」

「お願いっ……お願いします……っ!爽太くんを、私に……っ!!」

 逢沢はそう言って、必死な顔で亜梨明に訴えかけるが、亜梨明が「とりあえず、一回落ち着いて……」と言えば、グッと喉を動かして、彼女の肩から手を離した。


「あのね、逢沢さん……私も、爽ちゃんが大好きなの。だから、そのお願いは聞けないよ……」

「…………」

 興奮気味の逢沢に、亜梨明は静かな声で諭そうとする。


「逢沢さんが爽ちゃんを好きなのは充分伝わったよ。だけど……」

「――相楽さんには……他にもっとお似合いの人がいるよ……」

 逢沢が唇を震わせながら言った。


「えっ?」

「でも、私には爽太くん以外を考えられないの……」

 逢沢はキュッと胸の前で手を組み、笑顔にも泣き顔にも似た、不安定な面持ちで亜梨明を見据える。


「私は爽太くんじゃなきゃダメなの……爽太くんじゃなきゃイヤ……っ」

「そんなのっ、私だって――!!」

「わたしはっ――!!!!」

 負けじと言い返そうとする亜梨明に、逢沢が腹の底から声を上げ、亜梨明の言葉を遮る。


「わたしはっ……!小学生の頃からずっと、爽太くんが好きだった!爽太くんが学校に来れなくなった時も、毎日毎日、助けて欲しいって神様にお祈りした……!爽太くんが元気になって……恥ずかしくて怖かったけど、勇気を振り絞って告白して……っ、ふ、ふられてからだって……ずっと、ずっと……っ、爽太くんのことが、好きでっ、大好きで……っ、忘れられた日なんて無かったっ……!!」


 逢沢は赤く充血した瞳から次々と涙をこぼし、爽太を想う気持ちの強さを語ると、「でも……っ、あなたは違う……!」と、低く憎い感情を込めた声で言い、亜梨明を睨んだ。


「あなたは……中学生になってからの爽太くんしか知らない……。好きになった時間も、私より全然短い……。――なのに、なんで選ばれたのは相楽さんなのか、私……納得できないっ……!!」

「…………!」

 逢沢の両手が、再び亜梨明の肩を掴む。


「私の方が爽太くんのこと、あなたよりずっと好きっ!!別れてっ……爽太くんと別れてよっ!!」

 逢沢は、亜梨明の肩を揺さぶりながら泣き叫び、何度も何度も爽太を自分に譲るよう求める。


「ちょっ、あんたねぇ……っ!」

「亜梨明ちゃんを離し――っ!」

 星華と緑依風が逢沢を止めようとするが、逢沢はがっちりと肩を掴んだまま、「爽太くんを返してっ!別れてよぉっ……!!」と、亜梨明を揺すり続けた。


「あとからのくせにっ……!私より知らないくせにっ……!」

「……っ」

 亜梨明が逢沢からの強い揺すりから逃れようと、身じろぎながら彼女の手を退かそうとした時だった。


「――いい加減にしろっ!!」

 駆けつけた爽太の叫びが響くのと同時に、逢沢が亜梨明の体から引き離される。


「あ……」

 爽太に荒っぽく亜梨明から剥がされた逢沢は、足元を軽くよろめかせたが、愛しい人に会えた喜びを顔に浮かべ、「爽太くん……っ」と、手を伸ばす。


 ――だが、爽太はそんな彼女に嫌悪の感情を露わにし、顔は激しい怒りで真っ赤に染まり切っていた。


「……っ」

 爽太は、逢沢が自分に触れようとしていることに気付くと、その手を振り叩き、亜梨明を守るように抱き寄せ、冷たい目で睨む。


「そ……」

「帰ってくれ」

「えっ……?」

「今すぐ僕の前から消えて」

 逢沢は、何故彼がそんなことを言うのかわからないといった様子だが、爽太は容赦無く軽蔑の眼差しを向け、冷淡な言葉を述べる。


「ど、どうして……っ?」

「それから、もう二度と会いたくない……。今から君はもう、友人でもなんでもない……赤の他人だ」

「そんな……っ」

「連絡もしないで……亜梨明の前にも、僕の友達の前にも現れないで……!大っ嫌いだ……!!」

「――――!」

 逢沢はカッと目を開き、「あっ……ぁ……っ」と、小さく声を漏らし、カタカタと震えだすが、爽太は「行こう……」と、亜梨明の手を引っ張り、その場を後にする。


「えっ、日下……!」

「爽太っ!」

 緑依風や風麻達も、逢沢を置いたまま、足早に立ち去る爽太と亜梨明を追いかけた。


 取り残された逢沢は、硬いアスファルトの上で蹲り、夏城中の生徒達に注目されたまま、わぁわぁと泣き声を上げ始めた。


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