第316話 水族館(中編)
電車を乗り継ぎ、水族館へ到着した風麻と緑依風は、チケット売り場へと向かう。
中学生は学生証を提示すれば、大人料金よりも割引してもらえるので、見せなきゃ大損だ。
購入したチケットを受付に渡し、歩き進んでいくと、大きな水槽に青い世界。
そして、黄色、赤と白、銀色など、様々な種類の魚達が悠々と泳いでいる光景が、風麻と緑依風の目に映る。
「おぉ~っ!」
「わぁ……すごく綺麗」
色鮮やかな魚が目の前を通過すると、緑依風は水槽の中を覗き込み、「あ、これクマノミだよね!可愛い~!」と言いながら、風麻に振り向く。
「みたいだな……おっ、このおちょぼ口のは……へぇ、キイロハギっていうのか」
「こっちのは何ていうんだろう?」
緑依風は水槽横のパネルを見ながら、この水槽で泳いでいる魚の名前を照らし合わせる。
次のエリアに向かおうとすると、そこは通路が水槽のトンネルになっていた。
空からの日差しが降り注ぎ、キラキラと青く透明な光景が広がる水の中の様子に、緑依風は「わ、すごい!海の中にいるみたい!」と、珍しく子供っぽい表情を浮かべ、はしゃぐような声を上げた。
薄暗い、寒い海に住む生き物が展示されている場所に行くと、緑依風は珍しい生き物ひとつひとつをじっくり観察し、真正面を向いている魚を見つめ、「キミ、よく見ると結構愛嬌ある顔してるね~」と、話しかけている。
風麻が、そんな彼女の横顔をスマホの画面越しに眺めていると、「ねぇねぇ、あっちにクリオネがいるみたい!」と、緑依風が振り向くので、彼は「あぁ……」と、慌ててスマホを隠し、緑依風の後ろを追いかけた。
三番目のエリアでは、ペンギンが展示されていた。
緑依風は、ペンギンの赤ちゃんを見つけた途端、「可愛い~っ!毛がホワホワモフモフ~っ!」と、両頬を押さえて見悶えする。
風麻は、緑依風の横に並んでペンギンを眺めつつ、時々横目で緑依風が楽しむ姿を見ていた。
その後も、クラゲ、深海の生き物、川の生き物、水辺の動物などのエリアを巡り、館内の半分程を見終えたところで、二人はベンチに座り、少し休憩することにした。
「あと十五分くらいしたら、あっちでイルカショーやるんだってよ」
「そっか。じゃあ、今のうちにトイレ行っておこうかな。風麻は?」
「俺は喉乾いたから、ジュースでも買ってここに座ってるよ」
「わかった」
緑依風は立ち上がるとトイレへと向かい、風麻はベンチ横の自販機で、小さなペットボトル入りのりんごジュースを買う。
暖房で乾いた喉を潤すと、ダウンジャケットのポケットからスマホを取り出し、緑依風が生き物に夢中になっている間にこっそり撮影した、写真を確認する。
「……よかった、あいつちゃんと笑ってる」
こっそり撮るのは良くないとわかっていつつも、緑依風の笑顔を記録しておきたかった。
最近の彼女は、全く笑わないわけではないが、期末テストが返却された日以降、時折思い詰めたような顔でぼんやりしている。
毎日、こんな風に笑って過ごせたらいいのに。
家族のこと、成績のこと――。
難しいことを全て忘れて、何も我慢せず、緑依風が緑依風らしくいられる日が続けばいいのに。
風麻がそう思っていると、「ねぇねぇ、高校どこ?この辺の子?」「一人?それとも友達と一緒?」と、右方面で若い男の声が聞こえた。
「……あっ!」
風麻がその声の方へ振り向けば、緑依風が高校生くらいの男に道を阻まれている。
「や……わたし……まだ中学生で……」
「えっ、そうなの?まぁ、いいや!俺さっき彼女と別れてさ、せっかくのクリスマスイブなのに寂しいんだよね~。よかったらID交換しない?あとでなんか奢ってあげるから、俺も友達のとこ案内して一緒にまわ……」
「おいっ――!」
慌てて駆け付けた風麻が男の腕を掴もうとすると、「私っ!彼氏いるんで!!」と、緑依風が右手を前に出し、ペアリングを見せつける。
「今もっ、彼氏とデート中なので……!!」
「あ、そう……じゃあいいや」
緑依風に男がいるとわかった途端、急に冷めた顔で立ち去る男は、また別の同年代の女性に声を掛けに行き、軽くあしらわれていた。
「大丈夫か……?」
風麻が緑依風のそばに寄ると、緑依風は少し動揺しながらも、「うん……!平気!」と答えた。
「風麻がくれた指輪のおかげで、自分で追っ払えたよ」
「なんか、嫌なこと言われたりは……」
「連絡先聞かれただけで、特には……」
緑依風が答えていくと、風麻は「そっか……なら、よかった」と安心し、ホッとため息をつく。
「……ったく、中学生相手にナンパなんて、ロリコンかよ」
風麻が男が去った方向を睨みながら言うと、「高校生だと思ったみたい……」と、緑依風が言った。
「高校?」
「うん、どこの高校って聞かれたから、多分……」
元々背丈のある緑依風は、以前からも実年齢より年上に間違われていたし、今日は化粧もしている。
彼女を知らない人から見れば、尚更そう思われてしまうだろう。
「…………」
「……ごめん。変に気合い入れ過ぎたせいで、心配かけたね……」
緑依風もそれは自覚があったようで、紛らわしい格好をしてしまったことを、後悔するように謝る。
「あっ、いや!お前が悪いわけじゃないから、謝らなくていいんだけどさ……!」
「でも……」
緑依風がしょぼんと肩を落としたままでいると、風麻は恥ずかしい気持ちを押し込みながら、「俺は、今日の緑依風……すごくいいと思う」と言った。
「えっ?」
「そのっ、おしゃれ……さ、今日のために新しい服買って、化粧も空上に教えてもらったのって、要するに“俺のために”ってことだよな?」
「……うん」
「朝、緊張してるって言ったのは……初デートってだけじゃなくて、そのぉ……今日の緑依風が……か、かわっ……可愛いって、思ったからで……!俺とのデートのために頑張ってくれたってのも含めて、こう……キュンとしちゃって……!」
「え……?」
緑依風が驚いて顔を上げると、「あぁ~っ、だからさ!」と風麻はいっぱいいっぱいな表情になりながら、残りの言葉を繋げる。
「浮かれ過ぎたとか、気合い入れ過ぎたって謝んのナシ!!もちろん、普段の緑依風もいいと思うし、一番見慣れてて安心するけど!こうやって、デートのためにおしゃれを頑張る緑依風もめっちゃいい!!すごくいい!!」
風麻が懸命に力説すると、緑依風は頬に塗ったチークよりも真っ赤な顔になり、固まってしまっていた――が。
「ふふっ……」
数秒経って、彼女は表情を和らげ、微笑むと、「あはははっ!」と声を上げて笑い出し、目尻に滲んだ涙を拭く。
「風麻も今、すごく頑張ってくれてる!」
「……っ、別に……!」
「ありがと!」
緑依風がそう言って、嬉しそうに笑顔を咲かせると、風麻の照れくささは消え、温かい気持ちへと変化した。
「おう……!」
風麻も緑依風に微笑み返すと、「あ、そろそろイルカショー始まっちゃう!」と、緑依風がスマホで時間を確認する。
「んじゃ、行くか」
「うん!」
風麻が緑依風の手を繋ごうとすると、緑依風の方が先に風麻の手を握り、指同士を組ませる。
「…………!」
風麻がちょっぴり驚いて緑依風を見ると、緑依風は「たまには私から……」と言って、更にしっかりと繋ぎ直すのだった。
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