第312話 ショッピングタイム


 翌日の午後。


 緑依風は母の葉子と、梅原先生との三者面談を終えた後、一旦家に戻って着替えと昼食を済ませ、待ち合わせ場所の夏城駅へと向かった。


 梅原先生は三者面談で、「松山さんは完璧すぎて、何も言うことが無いです」と、緑依風のことを褒めてくれたが、そう思っていない葉子は、あまり感情の籠っていない声で、「あら、そんな……」と言って、愛想笑いをしていた。


 友達と出かけることについては、葉子から特に何も言われなかった。


 葉子が不満をこぼすのは、やはり店の手伝いの時だけだ。


 待ち合わせ時間の一時になると、晶子と奏音が順に改札前にやって来て、三分遅れで星華が到着。


 亜梨明は今日から検査入院なので、今回は不参加だ。


「面談終わった後にさ~、亜梨明が『ずる~い!私も緑依風ちゃんの服選びたいぃぃ~っ!』って地団太踏んでた!」

 電車を待っている間、奏音が数時間前の亜梨明の様子を再現すると、星華が「ちょっ、奏音の亜梨明ちゃんのモノマネ、完コピすぎてヤバい!」と、お腹を抱えて笑い出す。


 緑依風と晶子も、亜梨明には少々申し訳ないと思いつつ、奏音の話につい笑ってしまうのだった。


 *


 冬丘街のショッピングモールに到着すると、まずは片っ端から服屋さんを巡って、その中で予算に見合う服を考えようということになった。


 緑依風は日頃、お小遣いの他にも店の手伝いをした分として、父のポケットマネーから報酬を得ている。


 もちろん、他のアルバイト店員に比べて一時間当たりの金額は少ないし、人手が足りている日は、雇った人材を優先してシフトを組んでいるため、それほど大きなお金にはならない。


 ――が、中学生としてはむしろ充分すぎるくらいだし、緑依風本人も無駄遣いするタイプではないので、プチプラブランドの服を何着か買えるくらいのお金を持って来た。


「まぁ、服は買い過ぎなければ必需品だしね」

 奏音が言うと、「行く場所やシチュエーションによっても、いくつか用意しておけば、いざという時に困らないですし」と晶子も言う。


「んで?緑依風はどんな服がいいとかある?」

 星華が聞くと、「うーん……あまり、イメージ湧かない」と緑依風が答えた。


「ただ、私の顔って派手でしょ……。だから、なるべくシンプルで落ち着いたもの……」

「だーかーら、それだといつも通りじゃんか。今日着てる服も、服だけ見るなら悪くないんだけど、緑依風の体型に合って無いんだよなぁ……」

 星華の言う通り、今日の緑依風の服装は、グレーの細かいチェック柄の冬物ショートパンツと、その下に黒タイツ、上はベージュのパーカーで、服装だけを組み合わせて見れば、別におかしくはない。


「確かに、緑依風は背が高いから……今の格好だとアンバランスなんだよね。それはどちらかっていうと、私とか星華辺りの背丈に合うやつだと思う」

 奏音も緑依風の全身を見て評価すると、「ズボンは短い方が動きやすくて……特に、優菜と出かける時は、急に走り出した優菜を追いかけなきゃいけないこともあるし」と、見た目より機能性を重視していることを説明する。


「だから、スカートってあんまり自分で買わなくて、海生がおさがりでくれたやつばっかりなんだ」

「では、今回はスカートやワンピースを買いませんか?そして、それに合ったトップスや小物を選びましょう」

 晶子が提案すると、「うん、そうする」と緑依風も賛成した。


 *


 一件目、カジュアル系のプチプラブランドの服屋に入った四人は、早速緑依風に似合いそうなスカートやワンピースを探す。


「これはどう?」

 緑依風がグレンチェック柄のプリーツスカートを手に取る。


「うーん、似合わないわけじゃないけどクリスマスデート感は無いなぁ」

 奏音が言うと、「そっか……じゃあ、これ」と、緑依風はその近くのターコイズブルーのペンシルスカートを自分の体に合わせる。


「形はいいけど、その色緑依風には似合わないかも……。まぁ、上に明るい色を選ぶ前提なら、黒だったらいいんじゃない?」

 星華にそう言われると、緑依風は黒のスカートで自分に合ったサイズを選ぼうとする――が、それはすでに品切れのようだ。


 次に向かったのは、奏音と亜梨明がよく着用している服のアパレルショップだ。


 値段は先程の店よりもお高めではあるが、ちょうどセールが行われており、商品によっては半額だという。


「ここのお店、すごく可愛いですね!」

 晶子がレースの付いたブラウスを手に取って言った。


「うちのお母さんと亜梨明がここの服好きなんだ。私もいくつか持ってるけど、最近は二階にあるショップで買ってもらうことの方が多いかも」

「私、いつも同じ店ばかりで服を買うので、こんな可愛いお洋服屋さんがあるの知りませんでした」

「そういえば、晶子っていつもどこで服買うの?……やっぱり、オーダーメイド?」

 奏音が聞くと、「まさか!」と晶子は笑い、「普通に冬丘に買いに来ることもありますよ」と答える。


「いつもはあそこか、あとはネットですね」

 晶子が指差した店は、ここの店と然程価格の差が無いところで、奏音は少しホッとしたような顔で「なぁんだ!」と言った。


「あ、緑依風!このワンピース似合いそう!」

 奏音が、くすんだイエローの生地に、細かい花柄がプリントされたロングワンピースを手に取って、緑依風の前にかざしてみる。


「ちょ、ちょっと私には可愛すぎないかな……?」

 緑依風がやや恥ずかしそうに言うと、「そんなことないよ!ねっ?」と、奏音が晶子と星華の意見も求める。


「はい、似合ってますよ!」

「それに、遠目から見れば花柄ってわかりにくいし、甘すぎないと思う」

 二人がそうコメントすると、「じゃあ、試着してみようかな……」と、緑依風は試着室へと向かう。


 ところが――。


「あれっ、もう着替えちゃったの?」

 緑依風が試着室から出てくると、実際に着てみた姿も見たかった奏音が、残念そうな顔になる。


「あのっ、そのぉ……」

 緑依風は、真っ赤になってモゴモゴした後、「ボタンが……まえ……しまらなくて……」と言って、顔を覆った。


 一同は、「あぁ……」と苦笑いすると、緑依風の手からワンピースをそっと取り、元の場所へと戻すのだった。


 その後も、いくつもの服屋を巡っていく一行。


 ワンピースは、先程のように、胸囲のせいでボタンが閉じられないことを恥ずかしく思う緑依風に却下され、スカートに的を絞って探すことにした。


「うん、これにする!」

 緑依風が選んだのは、カーキー色のフィッシュテールスカート。


 ウエストには大きなリボンが通されていて、前や後ろなどで結ぶことでアクセントになるデザインだ。


 スカートのタイプも、水族館デートに相応しいネーミングで、緑依風はますます気に入ったらしい。


 スカートを定価の半額で購入すると、今度はトップスを探す。


「緑依風ちゃん、これにしましょう!」

 晶子がそう言って持って来た服は、袖などの部分が一部透けている、攻めたデザインの黒いハイネックTシャツだ。


「絶っ対、ヤダ!!」

 緑依風が全力で拒否すると、緑依風の隣に立つ奏音も「それは大胆過ぎると思う……」と、晶子のチョイスに待ったをかけた。


「大丈夫ですよ~。ちゃんと中にキャミソールもついてるんですから」

「いいじゃん!クリスマスデートくらい、セクシーにチャレンジしようよ!」

 星華もノリノリで勧めるが、いきなりこんな格好をすれば、風麻に引かれそうな予感しかしないし、仮に風麻がこういう衣装が好きでも、緑依風の羞恥心が耐えられない。


「……まぁ、却下されるとは思ってましたけどね~。残念……」

 晶子はシャツを元の場所に戻すと、「ではこちらを……」と、今度は胸元が大きく開き過ぎたVネックブラウスだった。


「それもやだ……」

「だから、なんで露出が多いやつなの……寒いって」

 緑依風と奏音が顔を引きつらせていると、晶子はつまらなさそうにその服も戻し、「ではこれを……」と、今度はアイボリーカラーのケーブルニットを選ぶ。


「あ、これならいいかも。まともだ」

「うん、あったかそうだしね」

 緑依風と奏音が、ニットセーターを広げて納得する。


「じゃあ、試着室でさっきのスカートと合わせて着てみてください!」

「うん!」

 緑依風は試着室で、先程のスカートと一緒に着替えると「どうかな?」と、三人にお披露目をする。


「おぉっ!似合ってる似合ってる~!」

「うん、気合い入り過ぎてるわけでもないし、普段着としても使えるし、いいと思う!」

 星華と奏音にそう言われると、緑依風は「じゃあ、服はこれで決まり!」と言って、元の服に着替えてレジへと向かった。


「ねっ、ね!この際だから、メイクデビューもしようよ!プチプラで可愛いコスメたくさんあるし、緑依風に似合うやつ選んであげる!」


 星華の提案で、緑依風は初めて化粧品を購入する。


 これまで、化粧など殆どしたことが無い緑依風だが、去年から遊びに行く時はメイクをするようになった星華が、自宅に招いて伝授してくれた。


「緑依風は目鼻立ちハッキリしてるから、ファンデとリップだけでも全然映えるんだけど~、少しだけシャドウ塗って、マスカラは控えめに……ほっぺにチークも乗せて……うん、可愛い!」

「…………!」

 緑依風が鏡を見ると、普段よりもちょっぴり大人っぽく、でもそれでいて、甘い雰囲気になった自分の顔が映っていた。


「なんか、メイクする前より肌が瑞々しくなってる気がする……」

 緑依風が頬に手を添えて言うと、「ファンデで一旦肌の色を統一して、チークで血色良く見えるようにしたからかもね~!」と星華が言った。


「本当はもっといろんな道具を使って、コスメも揃えたいけど、それは緑依風がもっとお化粧に興味持ってからでもいいと思うし、あまり難しいと、せっかくのデートなのに失敗しちゃうかもだしね~!」

「うん、これくらいなら私でもできそう。デートの日までに、ちょっと練習してみる」

 緑依風が未だ続く感動の余韻に浸りながら、鏡を見続けていると、「そうだ!みんなで写真撮って、亜梨明にも送っちゃお!」と、奏音がスマホのカメラアプリを起動する。


 奏音が写真とメッセージを亜梨明に送信すると、すぐに既読がついて、「わーん!楽しそうでズルイ!」「私も今度メイクしたい!」と、返信が届いた。


 そろそろ外が暗くなってきたので、緑依風は帰る前に洗面所へメイクを落としに行き、リビングにいる三人は、星華が愛読するファッション雑誌を眺めながら、おしゃべりをして待つことにした。


「そういえば晶子、最後に選んだ服は随分おとなしめのデザインだったね」

 捲ったページに、晶子が最初に選んだ服と同じものを見つけた星華が言う。


「今更文句言うみたいで悪いけど、あれと同じくらいの値段で、もっと可愛いニットもあったじゃん。あっちの方がデートっぽくない?」

 星華がケーブルニットのセーターのすぐ横にあった、ふわもこで、細かいラメの入った服のことを言うと、「これでいいんですよ」と、晶子は自信たっぷりな顔で言った。


「デザインこそ控えめですが、このセーター……体のラインにぴったり添うような作りになってるんです!」

「あぁ~、なるほどね……」

 星華が頷く横では、奏音がジト目になって晶子を見つめる。


「緑依風ちゃんは、露出さえ控えめであればなんでも良さそうでしたので。これで、緑依風ちゃんに気付かれることなく、風麻くんをドキッとさせる服選びができたってわけです。最初のは、あくまでまともな服装だと緑依風ちゃんに思わせるためのフリってことですよ!」

「さっすが晶子!かしこ~い!!」

 星華が洗面所にいる緑依風に聞こえぬよう、小さく拍手をすると、奏音は晶子のしたたかな性格に対し、瞼を半分落としたまま「策士か……」とツッコむのだった。


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