第308話 プラネタリウム(中編)


 電車を乗り継ぎ、プラネタリウムのある最寄り駅に到着した亜梨明と爽太は、改札を出て、徒歩五分程の距離にある建物を目指す。


 改札を出た後も、爽太はすぐに亜梨明の手を繋ぎ、事前に調べた道を迷うことなく歩いて行く。


「(なんだろ……今日の爽ちゃん、すごく彼氏っぽい……!)」


 もちろん本当に彼氏なのだが、普段の照れが混じった初々しさは無く、亜梨明の彼氏として自信に溢れている気がした。


 付き合う前も、エスコートは上手な方だと思っていたが、あの頃は友人というよりも妹や年下の面倒を見るような接し方で、手の繋ぎ方だって、今みたいにお互いの指を絡め合うなんてものじゃなかった。


 クリスマスイブだから?

 それとも、交際を始めて半年以上も経ち、慣れたからなのだろうか?


 亜梨明の方は、そんな彼とは正反対で、爽太を好きになったばかりの頃のようなときめきが止まらず、ドキドキしっぱなしだった。


 *


 プラネタリウムの施設に着くと、二人は風麻からもらったチケットを受付で提示し、プログラムが上映されるホールに移動しながら、併設されたカフェやお土産コーナーなどを眺めていた。


 今年の春にできたばかりのこのプラネタリウムは、子供よりも若いカップルをターゲットに造られたらしく、亜梨明が知っている科学館のプラネタリウムに比べると、とても洗練された空間だ。


 ロビーではいい香りのするアロマが焚かれているし、照明も落ち着きのある雰囲気を醸し出すため、あえて暗めに設置されており、足元も硬い床ではなく、絨毯になっている。

 

「な、なんか……大人になっちゃった気分……!」

 こんなおしゃれな場所に今まで来たことが無い亜梨明は、ちょっぴり緊張した声で言った。


「嫌だった?」

「ううん、全然!むしろ特別って感じですごくワクワクしてる……!」

 亜梨明がパアッと明るい笑顔になって言うと、爽太はホッとしたように「よかった」と言って微笑んだ。


「上映が終わったら、カフェで何か食べよう。星やお月様をイメージしたスイーツもあるんだって!」

「うん!」


 ホール内に入ると、亜梨明と爽太は指定された番号の座席を探し、そこに腰を掛ける。


 椅子はとてもふかふかで、座り心地が良く、クッション素材が座った人の体を包むようにゆっくりと沈んでいく。


「わぁ……気持ちよくて、眠くなっちゃいそう……」

 薄暗い室内、柔らかい椅子という組み合わせに亜梨明が目をトロンとさせると、爽太がクスッと笑いながら「寝てもいいんだよ?」と言った。


「ダメダメ!せっかく観に来たのにもったいないし、寝ないように頑張る!」

 二人がそんなやりとりをしているうちに、上映開始時間になったようで、ホール内は照明がゆっくりと落とされいく。


「あ、始まるね」

「うん」

 亜梨明と爽太が天井を見上げると、星が一つ、二つ――と、どんどん増え始め、まるで本物の夜空のような光景が、二人の目の前に広がった。


 男性の声でナレーションが始まると、亜梨明も爽太もその語りに耳を傾け、星のきらめきや空の変化を楽しんだ。


 穏やかで心安らぐ音楽、低音で伸びの良い声質のナレーションが、次第に亜梨明の眠気を誘い、彼女はウトウトし始める。


 寝ちゃダメだ!と、亜梨明が軽く首を振り、爽太を見ると、彼は星の位置、星の歴史、星座の名前や由来などを、真剣な表情で聴いていた。


 亜梨明は爽太のどんな表情も好きだが、一番好きなのは、ほわっとした春の陽だまりのような笑顔。


 なのに、まっすぐな瞳で凛々しい表情の爽太もやっぱり素敵で、ついつい彼の横顔から目が離せなくなってしまう。


「……どうしたの?」

 亜梨明の視線に気付いた爽太が、小声で聞いた。


「う、ううん……!なんでもない……!」

 爽太に気付かれてしまった亜梨明は、慌てて彼から視線を逸らし、もう一度天井を見上げた。


 亜梨明が、これ以上爽太に変に思われぬよう、再びプラネタリウムの上映に集中すると、睡魔もまた戻ってきてしまい、そのまま終わるまでぐっすり眠ってしまうのだった。


 *


「あぁ~っ、最悪……」

 プログラムが終了し、爽太に起こされて目覚めた亜梨明は、両手で顔を覆いながらホールの外へ出た。


「まさか、本当に寝ちゃうなんて……」

 ヨダレこそ垂らさなかったが、奏音の言う通りになってしまった。


 せっかくのクリスマスデート、それもプラネタリウムというロマンチックな思い出になるはずが、しっかり眺めていられたのは全体の三分の一程度。


 あとは爆睡だなんて、全然ロマンチックじゃないと、亜梨明は肩を落として項垂れる。


「だから寝ていいんだってば、アナウンスでも言ってただろ?」

 爽太は笑いながら言うが、亜梨明は恥ずかしくて、穴があったら入りたいと思った。


「だって、寝顔見られたの恥ずかしいもん……!」

「それは今更じゃない?だって僕、亜梨明のお見舞いに来て何度も見たよ」

「そうだけど……」

 彼の言う通り、入院中は昼寝をしている最中に爽太が来ていたこともあったし、彼がいる横で眠ったこともあった。


「で、でもぉ~……爽ちゃんはちゃんと解説も聞いてたし、寝てなかったでしょ?」

「うーん、でもまぁ……後半途中でウトウトしてたよ?」

「うぅっ……私も爽ちゃんの寝顔見たかった……」

 亜梨明が残念そうに言うと、爽太は「僕のは見なくていいよ」と恥ずかしそうに言った。


 *


 館内のカフェに移動すると、亜梨明は星型のパンケーキに星型のチョコやアイス、フルーツが乗ったものを。


 爽太は、月をモチーフにした薄いクレープの上に、生クリームやフルーツ、アイスが乗ったものを頼んだ。


「可愛い~!美味しそう~っ!」

 テーブルに注文したものが届けられると、二人は写真を撮り、それからナイフやフォークを使って食べ始める。


「パンケーキしっとりして美味しい〜!可愛いのに美味しいって最高だね!」

 亜梨明が頬を押さえながら言うと、爽太は「ご飯も美味しそうだったよね、もう少し早めに来て、ここでお昼食べてからでも良かったかも」と言いながら、切り分けたクレープ生地でフルーツを包み、それを口に運んだ。


 今回は、昼食を食べてからここに来たが、カフェはどのメニューもとても魅力的で、お月見のようなエッグベネディクト、カラフルな野菜が星型にカットされ、それを夜空色をしたお皿に盛りつけたサラダ、パスタやタコライス、ハンバーガーやガレットなどもあり、ドリンクは青や紫の美しいグラデーションになったサイダーや、雲のように浮かんだ、あったかいマシュマロココアなどもある。


「今日観た作品以外にも、すごく興味深いものも上映されてるみたいだし、季節ごとに内容も変わるようだから、その時は朝から行こうよ!」

 爽太がそう言うと、「今度は寝ない!」と、亜梨明が意気込みを見せる。


「もう……それ、まだ気にしてるの?」

 爽太が眉を下げながら言うと、「だって……」と亜梨明が口を尖らせた。


「爽ちゃんと一緒に、お星さま眺めたかったんだもん……。ちゃんと起きてて、終わった後に「すごかったね」「よかったね」「きれいだった」って言い合いたかった……」


 プラネタリウムという、人工的な星空だったとしても、聖夜に大好きな爽太と共に感動を分かち合い、二人で忘れられない夜空の思い出を共有したかった。


 一度はスイーツで元気を取り戻した亜梨明だったが、眠ってしまった後悔の念に再び苛まれ、しょんぼりしながら、フルーツと一緒に口に運んだフォークをかじかじしている。


「…………」

 爽太はそんな亜梨明を見つめて、なんとか元気付けられないかと考えるが、その視界の端で、窓の外が夕闇に染まりかけていることに気付き、腕時計で時間を確認する。


 午後、四時二十八分――。


 お皿の上にあるものを食べ終える頃には、四十分くらいになっているだろうし、プラネタリウムから駅までの時間、電車の時間も合わせると……。


「(うん、ちょうどいい時間帯かも……)」

 爽太は心の中でそう呟くと、溶けたアイスをパンケーキに染みこませて柔らかくしている亜梨明に、「ねぇ、この後まだ時間ある?」と聞いた。


「うん。遅くなるなら連絡すればいいって言ってたし、まだ大丈夫……」

「それじゃあ、僕が行きたいとこに亜梨明を連れてってもいい?」

「爽ちゃんが行きたいとこ?」

 亜梨明が首を傾げると、「眠くならないプラネタリウム!」と、爽太が言った。


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