第303話 努力の成果


 二日後、水曜日。


 先週行われた期末テストの答案用紙は、全て生徒に返却された。


 月曜から今日の放課後まで、教室の中は歓喜と阿鼻叫喚の声で溢れ返り、中には間近に迫った冬休みが補習で潰れてしまうと、嘆く生徒もいた。


 毎回赤点を恐れる風麻は、今回もギリギリ回避できたようで、「テスト返しの度に寿命が縮む……」と、テスト当日よりもぐったりしながら机に伏せており、直希は「まぁ、こんなもんだろ!」と、どの教科が返却されても、あまり大きな反応は見せなかった。


 亜梨明は知らなかったのだが、野球部で日焼けした肌とツンツン頭、いかにもスポーツ少年という風貌のせいで、あまり勉強が得意に見えない直希は、意外にも中学校のテストで七十点以下は取ったことないと言い、同じくスポーツ系な風麻は、そんな友人に「裏切り者~っ!」と恨めしそうに唸っていた。


 亜梨明の方はというと、テストはいつも六十点代~七十点前後と、あまり自慢できるような点は取ったことが無い。


 妹の奏音も、ほぼ同じくらいの成績だ。


 かろうじていいのは得意の音楽のみで、他の教科に関しては、母の明日香にも「もうちょっと頑張ろうね……」と、姉妹揃って苦笑いされている。


 しかし、今回の亜梨明はいつもと違った。


 なんと、中学校のテストで初めて数学を八十点取ることができ、その他の教科も今までで一番いい点数が、用紙の右上に記されていた。


 これは、単なるまぐれでも、カンニングをしたわけでもない。


 退院後、亜梨明の元に通っていた爽太が、遅れていた分の勉強を教えるだけでなく、覚えやすいノートの取り方を教えてくれていたのだ。


 中間テストの時には、まだ一学期の授業で遅れた分に追いついておらず、あまり成果が得られなかったが、爽太と同じ高校に行きたい思いも相まって、これまでより集中してテスト勉強に励んだ。


 さすがに夜更かしして発熱したのは、反省しているが、『努力は実を結ぶ』という言葉は本当なんだと、嬉しくて顔が緩んでしまう。


 奏音は少々悔しそうだったが、それで嫉妬するわけでもなく、「今度、ノートの取り方教えて……」と亜梨明にお願いし、自分の勉強方式を見つめ直すつもりのようだ。


 *


 終礼の時間になると、梅原先生が毎回恒例、クラスでの成績上位十名と、学年成績上位十名に与えられる紙を渡し始めた。


 クラスで十位以内なら赤色でその順位の数字を。

 更に、学年十位以内にも入れた者には、赤い文字の横に青色の数字が書かれている。


「名前を呼ばれた人は、前に取りに来てください。――まずは、松山さん!」

「はい」


 この紙は一位の者から担任の先生によって手渡される。


 一年生から、不動の学年トップをキープし続けた緑依風が呼ばれるのはおなじみの光景で、三組の生徒は「また松山か……」「すご……」と、彼女に羨望の眼差しを向ける。


 風麻も、自分の横を通過する緑依風に「さすがだな……」と、小声で呟くが、目立つことが嫌いな緑依風は、困り顔で微笑み、席に着いた。


「(緑依風ちゃん、すごいなぁ……)」

 亜梨明も、尊敬の念を込めて、離れた席に座る緑依風を見つめる。


 すると、彼女は二つ折りにされた紙を開いた瞬間、ハッと息を呑み、目を泳がせた。


「……?」

 いつもと違う緑依風の様子に、亜梨明が頭に疑問符を浮かべている間にも、次々クラスで十位以内に入った生徒達の名前が呼ばれ続ける。


「――三橋くん、滝さん……相楽亜梨明さん」

「……へっ?」

 ぼんやりしていた亜梨明は、自分の名前が呼ばれたことに少し遅れて気付き、教卓にいる梅原先生に視線を移す。


 一瞬聞き間違いではと思い、すぐに立たずにいたが、そんな彼女に梅原先生は、「亜梨明さん、取りに来てくれるかしら?」と微笑みを向けた。


「…………」

 カタン、と椅子を鳴らして立ち上がった亜梨明は、一歩一歩、ゆっくり足を動かしながら、梅原先生の元へと進む。


「……長い間休んでいたのに、頑張ったわね!」

「……っ」

 亜梨明が梅原先生に手渡された紙をその場で開くと、赤いペンで『10』と記されていた。


「~~~~っ!」

 亜梨明が紙を握りめながら梅原先生を見ると、梅原先生は「おめでとう」と言ってくれた。


「やった……!は、はじめて……!クラス十位……っ!」

 亜梨明が信じられない気持ちで声にすると、直希が立ち上がって亜梨明に拍手を送り、それに続いてクラスメイト全員も手を叩き、彼女の健闘をたたえた。


「おめでとう、亜梨明!」

「亜梨明ちゃんすごーい!」

「すげぇじゃん!俺ら休んでないのに十位入れなかったぜ!」


「……っ」

 クラスメイトの拍手喝采に、思わず涙を滲ませる亜梨明。


 学校に通えない間、授業の遅れに焦り、悩んだ日が多々あった。


 半年近く休んだことで、親友以外のクラスメイトが、自分をまだ三組の生徒の一員として受け入れてくれるか、不安に思った日も――。


 それでも今、亜梨明が教室を見渡せば、全員が亜梨明の頑張りを称えてくれている。


「ありがとう……!」

 亜梨明は拍手をくれたクラスメイトにお礼を言いながら席に戻ると、白い紙を大事そうに畳み、筆箱にしまった。


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