第302話 デートプラン


 爽太の家から帰宅した風麻は、早速緑依風とのクリスマスデートのプランを練る。


「あ~っ、どーすっかなぁ……俺」

 爽太にプラネタリウムのチケットを渡した後、参考として直希にも立花とのデートの予定を聞いてみたところ、彼はスポーツアミューズメントでボウリングとバッティングで遊んだ帰りに、イルミネーションを見に行く予定だと答えた。


「夜は……今年も緑依風の妹達と一緒に、うちでメシ食べるしなぁ……」

 毎年十二月二十四日は、ケーキ屋を営む松山家の子供達を坂下家に招待し、皆でご馳走を食べるのが恒例行事だ。


 木の葉の大きなクリスマスケーキとチキンは食べたいし、家族や緑依風達と共にするクリスマスパーティーは、風麻にとって楽しみなイベントの一つでもある。


 かといって、二十三日と二十五日は午前中部活の予定があるし、汗臭い状態で、練習着も入った大きな鞄を肩に下げながらデートはしたくない。


「遊園地……は、予算がなぁ……。と、なると……」

 遊園地よりもコスパが良く、ゆっくり楽しめそうな場所は――。


「水族館、だな……」

 スマホで県内の水族館を検索すると、中学生は学割もあるし、館内にお手頃な価格のカフェもある。


 山に近い夏城から海辺の街は少し遠いが、せっかくの初デートでクリスマスなのだ。


 ちょっとくらい遠出の方が、特別感があっていい。


 緑依風と二人でお出かけなんて、付き合う前にもあったのに、今までには無いワクワクが風麻の全身を駆け巡っていた。


 *


 夜八時。


 夕食を終えて、部屋で電子ピアノを弾いていた亜梨明だったが、クリスマスデートのことで頭がいっぱいいっぱいになっているせいか、今日はやたらと弾き間違いを繰り返し、イライラしている。


「……うぅ~っ、んも~っ!全っ然集中できない~っ!!」

 上手く弾けない苛立ちを叫んだ亜梨明が、鍵盤の上に突っ伏すと、バーンと大きな不協和音が部屋の外まで鳴り響く。


「ちょっと、うるさいよ~……。何やってんの……?」

 隣の部屋にいた奏音が、ドアを開けて注意しに来た。


「ごめーん……」

 亜梨明が謝ると、「なぁに、日下のことでピリピリしてんの?」と、奏音は亜梨明のベッドに座り、腕と足を組む。


「うーん……。ねぇ、奏音……クリスマスって、どういうとこでデートしたらいいと思う?」

 亜梨明も奏音の隣に座り、アイディアを聞き出そうとする。


「さぁ?彼氏のいない私に聞かれてもね~」

 奏音が両手のひらを天井に向けると、亜梨明はむぅ……と片頬を膨らませ、両腕を組んで考え始めた。


 ただのデートではない。クリスマスのデートなのだ。


「ん~……映画館は?冬丘のモールの」

 奏音が言うと、「今、面白そうなのやってない」と、亜梨明が却下した。


「じゃあ、木の葉!クリスマスの限定パンケーキやるって、緑依風言ってた!」

「木の葉はこの間行ったし……。せっかくだから普段なかなか行けない場所がいい」

「ワガママめ……」

 奏音はそう言って、ジト目で亜梨明を睨むが、一年に一度しかないクリスマス。


 近場の木の葉や、冬丘のショッピングモールなどではなく、特別な日に適した場所がいい。


 そして、できればクリスマスらしくロマンチックで、爽太がキスしたいと思ってくれるような、そんな気分になれる場所――。


「無いかなぁ~……近すぎなくて遠すぎない、カップルにぴったりのとこ……」

 自分が求めるシーンに合う場所が浮かばず、亜梨明ががっくりと項垂れた時だった。


 机に置いていた亜梨明のスマホから、電話の着信音が鳴る。


「爽ちゃんだ!」

 亜梨明が画面をタップし、「もしもし?」と言うと「あ、こんばんは」と、爽太の柔らかな声が亜梨明の耳に響く。


「今、平気?」

「うん、大丈夫!どうしたの?」

「あのさ、二十四日……予定空いてる?風麻から、プラネタリウムのチケットをもらって――」

「プラネタリウムっ!?」

 亜梨明の大きな声に、電話口の爽太はちょっぴり驚いて、スマホから耳を離す。


「う、うん……。イブの日にそこに二人でデートできたらなって……」

「…………!」

 亜梨明がパアッと笑顔になって奏音に振り向くと、嬉しそうな姉の姿を見た彼女も、優しく微笑みを返した。


「行くっ!行きたいプラネタリウム!」

「ははっ、よかった!これ、風麻のお母さんが、くじで当てたやつみたいで、時間が決まってて……昼過ぎのプログラムになるみたいなんだけど、それでも大丈夫かな?」

「うん!全然大丈夫!誘ってくれてありがとう爽ちゃん!」

「ううん、じゃ……詳しくは月曜に学校で話すね!おやすみ……」


 通話を終えた亜梨明は、目を星のようにキラキラと輝かせながら奏音に駆け寄り、「プラネタリウムに行ってくる!!」と、報告した。


「よかったね~。上映中、居眠りでヨダレ垂らさないように気を付けなね……」

 奏音がニヤニヤと、からかうような口調で言うと、亜梨明はプイッと顔を斜め上に逸らせ、「失礼な!寝ないもん!」と拗ねるのだった。


 *


 二日後――月曜日。


 キンと空気が冷える空の下、風麻はいつもより少し早めに家の外に出て、隣の家の緑依風を待っていた。


 ガチャ――と、ドアが開く音がすれば、コートを羽織り、マフラーを巻いた緑依風が姿を現す。


「はよーっす」

「おはよ。寒いね~……」

 緑依風はそう言いながら、コートのポケットから取り出した手袋を装着する。


「なぁ、二十四日……さ」

 風麻が緊張によって、少しぶっきらぼうな声になりながら話を切り出した。


「二十四日?」

「そのっ……店の手伝いとか……もう、決まったか……?」


 木の葉が一年で最も忙しい日が続く、クリスマスシーズン。


 普段は、二十三日から二十五日の三日間だけ店の外でもケーキを販売するが、今年は二十六日が土曜日ということもあり、一日長い四日間。


 人手が不足しているのなら、緑依風も手伝いに駆り出されるかもしれないと思う風麻は、恐る恐る予定を尋ねる。


「あ~、今年は臨時バイトをたくさん雇ったらしくて、手伝いいらないってさ。でもまぁ、みんなでワイワイやる雰囲気が好きだから、二十三日に少しだけ外販売やるけど……二十四日、どっか一緒に行ってくれるの?」

 緑依風が期待した眼差しで風麻を見ると、「水族館……」と彼は言った。


「……クリスマス限定イベントもあるみたいだし、館内のカフェ、メシもデザートも可愛くて美味いってレビューに書いてあったし……」

 風麻が心臓をバクバクと高鳴らせて、緑依風の反応を伺うと、彼女は嬉しそうに顔をほころばせて、「うん、いいね!水族館!」と言った。


 緑依風の喜ぶ様子に、風麻もようやく緊張が解け、表情を和らげる。


「少し距離あるし、電車の乗り換えも多いけど平気か……?」

「うん、全然大丈夫!」

「そっか!あ、そっ、その……初デート、だな」

「あっ……!」

「…………」

 風麻にそう言われた途端、緑依風の頬がぽわっと熱を帯び、言った本人も後悔するように、緑依風と反対の方向に顔を逸らした。


「うん……」

 緑依風がほんのり染まった顔で頷くと、風麻はゆっくりと緑依風に向き直り、「あー、ガッコ……行くか」と話を切り替え、歩き出した。


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