第301話 ボーイズトーク


 亜梨明達が星華の家で集まっている一方――。


 爽太の家には、風麻と直希が訪れており、直希が持ってきた週刊漫画二冊を回し読みしていた。


「なーなー、これ見てくれよ。ゆるめのニットに生足だぜ。朝、起きた時彼女がこんな感じで隣にいたらどうするよ?」

 直希がグラビアページを開きながら、風麻と爽太に話を振る。


「さ、さぁ……?」

 風麻が照れながらそっぽを向く横で、爽太は「風邪引くからズボン履いた方がいいって言うかな」と答えた。


「いやいや、正論言うなよ……。そこは、フツー萌えるとか、エロいなとかさ~」

 爽太の味気ない返答に、直希はつまらなさそうな顔をする。


「……よっし!漫画読むのは一旦止めて、テスト明けのストレス発散ということで、腹割ってエロトークでもしようぜ!なっ!?」

 直希が親指を立て、意気盛んな様子で言うと「このドスケベ野郎……」と、風麻が顔を赤らめて言った。


「なんだよぉ~!そういう風麻はムッツリじゃん。純情なフリして、エロいことに興味津々なのバレバレだそ?」

「なっ……!」

「知ってんだからな~、グラビア特集が水着だった時、俺らが見てない隙を狙って、コソコソそのページ何度も読み返してただろ~」

「お、ま……っ!」

 何故バレた!?と、狼狽える風麻をニヤニヤしながら眺める直希。


「だってお前、振り向いた途端に不自然なページの捲り方するじゃん」

「そ、それはっ……!読み逃しが無いかテキトーに捲ってたら、たまたまそこになっちゃっただけで……!」

 風麻が腕を組んで言い訳すると、「嘘ヘタすぎ……」と、直希がツッコむ。


「エロトークって、何を話すの?」

 爽太がもう一冊の週刊誌のバレーボール漫画を読みながら聞いた。


「ん~、例えば……好きなバストサイズとか~、彼女の体のどこが萌えポイントとか……」

「どうせ、おめーは巨乳派だろ……」

 風麻が聞くまでも無いと思って言うと、「ブーッ!違いまーす!」と直希が指でバッテンを作った。


「嘘つけ!」

「正解は、『前までは巨乳派』でした~!今は、手にギリギリ収まるくらいでーす!」

「“前まで”って?」

 爽太が週刊誌を閉じて直希に聞く。


「いや、最近さ……目覚めちゃったわけよ。俺、胸よりお尻派なんだなって……!」

「はぁ……?」

 風麻が顔を歪めると、「立花の尻……すげぇ、形がいいんだぜ!」と、直希はキリッとした顔で言った。


「中学に入ってから、制服でスカートばかりだから気付かなかった……!体育祭の時、立花応援してたら、めっちゃ引き締まっていい形してるんだって知っちゃってさ~!まさに、パーフェクトビューティーヒップ!」

 直希が饒舌になって、立花の萌えポイントについて語ると、「ははっ!なぁんだ、つまり彼女自慢を聞いて欲しかったってことか!」と、爽太が笑った。


「いやもちろん、お前らのトークも聞くぞ。まず、風麻!」

「えっ、俺っ!?」

 風麻が肩をビクつかせると、「みんな語らないとフェアじゃないだろー」と、直希がニヤつく。


「風麻が松山と一緒にいて、ドキドキが止まらなくなる時って、どんな時だ?」

「え……」

 直希がワクワクした顔で聞き、爽太も知りたそうにじーっと風麻を見つめ、答えるのを待っている。


「……ぎゅって、さ……抱き締めた時にさ……」

「ほうほう?」

「あいつ、すげーやわらかいんだ……そのっ、むっ……前……とか、だけじゃなく……ぜんぶが、やわこくて……」

「なるほど、なるほど……」

 直希と爽太が、頷きながらもっと聞きたそうに目線で訴えると、「あと、髪……なのか、服なのか……なんか、甘い香りがして、それで……」と言いかけてる途中で、風麻は「これ何の拷問だ!?」と、羞恥に耐えられずに叫ぶ。


「聞いたか爽太、やわらけーんだってさ」

「ね、いい香りするらしいよ」

「やめろおぉぉぉ~っ!!」

 両手で顔を覆い、床を転がって悶絶する風麻を、直希と爽太は面白そうに笑い声を上げて眺めている。


「この反応見てる限り、風麻は巨乳派だろうな」

「じゃあ、松山さんと付き合えてよかったね」

「うるせーっ!!そっ、爽太こそ……!さっきから涼しい顔して澄ましてるけどどうなんだよ!?」

「僕?」

 自分の番が来ても、キョトンとした顔で小首を傾げる爽太に、「俺と直希はちゃんと言ったんだから、正直に吐けよ……」と風麻が上目遣いで睨んだ。


「あ~……まぁ、女性の胸元に関しては、大きい方が魅力的だなと思う」

 全く躊躇することなく、素直に自分の好みを述べる爽太に、風麻は二重の意味で「意外だ……」と呟く。


「大きい人の方が、体が丈夫で健康的なイメージがあるよね」

「あぁ……そういう観点ね……」

 直希がつまらなさそうに言うと、「相楽姉といてドキドキするのは?」と、風麻がもう一つの話に切り替えた。


「うーん、手を繋ぐ直前、かなぁ……。してもいいかなって、緊張しちゃって……」

 爽太がへらりとしながら答えると、「おいおい、付き合い立てのカップルかよ……」と、直希がしけた顔になる。


「もう半年以上経ってるじゃん。そんなんじゃ、キスとかどうしてんだよ?」

「えっ……?」

「まさか、まだしてないってことは無いよな……?」

 直希の質問に「も、もちろんしてるよ……!」と、爽太が言うと、風麻はようやく焦りを見せ始めた彼に仕返しする気分で、「そこ、詳しく……」と追及した。


「付き合って三か月くらいの時に……おでこに……」

「は?」

「デコ??」

 風麻と直希が、目を点にして固まる。


「いやいや、なんでデコなんだよ……!」

 直希が手をパタパタさせて指摘した。


「あの時の亜梨明、まだ体調が万全じゃなかったから……口同士が触れるのは、衛生的にね……」

 爽太が答えると、「あぁ、去年も風邪引かせちゃマズイって、よく言ってたもんな」と、風麻が亜梨明の事情を思い出して言った。


「じゃあ、いつかしてみたいって気持ちはあるのか?」

「してみたいって?」

「口にだよ、く、ち、に!」

 直希が自分の口元を指差しながら言うと、「そりゃあ、あるよ……」と、爽太は真っ白な頬を紅潮させて、口籠った。


「――でも、亜梨明。この間も熱出たって言ってたし、手術が終わってそろそろ半年経つけど……今はまだ、我慢かなって思う」


 亜梨明と付き合うまで、爽太はキスや抱擁、恋人同士でのスキンシップにさほど興味を持たなかった。


 テレビのドラマや映画を観ていても、その行為に何の感情も湧かなかったし、女の子と“そうしてみたい”と願う友人達の会話を、不思議に思うばかりだった。


 なのに、亜梨明に『愛しい』という感情を持ってから、触れ合う手のひらの温度が心地よいと思うようになり、抱き締めた時は、離れがたい気分になる。


 自分が薄汚れた気がして、嫌悪感を持ったこともあったが、そういう感情を持つことは当然と知ってからは、割り切れるようにもなった。


 だが、それをコントロールするのは、想像よりも苦しい。


「風麻はもう松山とチューできたか?」

「もうってなんだよ……したよ……」

「お、やればできんじゃん!あと三か月くらいかかるかと思ってた!」

「うっせ、バカにすんな!」

「…………」

 二人の会話を聞き、羨ましいと思う爽太。


 風麻も直希も、そして二人の彼女も生まれつき健康体で、唇同士が触れ合うことに、何の心配もいらないのだろう。


 爽太と亜梨明は、その“普通”とは少し違う。


 亜梨明を大切に想うからこそ、彼女が辛い思いをするようなことは避けたいし、もどかしい感情を抑え続けるのはしんどい。


 *


 夕方五時を過ぎると、風麻や直希は帰り支度を始めた。


「ところで、もうすぐクリスマスだけど、お前らデートどうすんの?」

 直希が上着を羽織りながら聞くと、「それな~」と言いながら、風麻がクシャクシャと横髪を掻く。


「っていうか、俺と緑依風……デートらしいことまだしてなくてさ~。どこ行こうか悩んでんだよな~……」

「は?キスしといてデートはまだって……休みの日、何やって過ごしてんだ?」

 直希が不思議そうな顔で聞く。


「ん〜……どっちかの家でケーキ食ったり、漫画見たり、しゃべったり……。一緒に外に出るって言っても、一番下の弟と、緑依風の末っ子を連れて、近所の公園で遊び相手か……」

「それは、デートというより、保護者だね……」

 爽太が苦笑いして言うと、「爽太と亜梨明は?」と、直希が聞いた。


「うん、僕も悩んでて……今、インフルエンザも流行ってるでしょ。予防接種は僕も亜梨明も済ましてるけど、絶対にかからないわけじゃないから……。冬休みだし、少し遠出して遊園地とか行ってみたいけど、人混みの中に連れ出すのはな……って」

 かと言って、せっかくのクリスマスなのにおうちデートは味気無い気がするし、冬丘のショッピングモールや映画館も、クリスマス関係なく行ける場所なので、乗り気になれない。


 もちろん、亜梨明がそれでもいいならいいのだが――。


「だよな……楽しいデートして、亜梨明の体調が崩れちゃ、後味だって悪いだろうし……」

 直希も、爽太や亜梨明が心置きなくクリスマスデートを楽しめる場所を考える。


「――あ、そうだ!ここどうだ?」

 風麻はそう言いながら財布取り出し、その中の少し寄れてしまっている、深い紺色のチケットを二枚、爽太に差し出す。


「プラネタリウムの無料券?」

「あぁ、この間母さんがくじで当てて、緑依風と一緒に行けばってくれたんだけど、俺こういうの絶対眠くなるし、じっと静かにしてなきゃいけないの苦手だしな……」

 爽太がチケットを手に取ると、「確かここ、最近できたやつだよな?」と、直希がスマホで検索を始めた。


「夏城からだと、電車で四十分くらいか……。お、上映ごとにちゃんと手すりや座席の消毒とか、換気もしてるって。宇宙をイメージしたカフェもあるらしいし、いいんじゃね?」

 直希がスマホから顔を上げて言うと、爽太は「……本当にいいの?」と、チケットと風麻を交互に見ながら、遠慮がちに言う。


「いいっていいって!俺と緑依風は他にも楽しめそうな場所、いっぱいあるしな!」

「ありがとう!あとで亜梨明に連絡してみる!」

 風麻に礼を言った爽太は、夜空と星々のイラストが描かれたチケットを見つめる。


「(プラネタリウムか……。これなら、亜梨明も気に入ってくれるかな?)」

 期待と緊張が入り混じった気持ちに、爽太はちょっぴり胸をドキドキさせながら、亜梨明を誘う言葉を考え始めた。


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