第22章 聖夜に君へ誓うこと
第300話 フラストレーション
十二月。
期末テストが終わった翌日の土曜日。
この日、緑依風、亜梨明、奏音は、星華の家に集まり、緑依風が作ったクッキーや、チョコバナナマフィンを食べながら、テストの話、星華の推しアイドルの話を中心におしゃべりをしていた。
そして今は、前日に放送されていた、星華の推しアイドルが主演の恋愛ドラマのトークなのだが――。
「でさ~、おかっちのキスシーンからは、まともに見てられなくてさ~!演技だってわかってても、推しが他の女にキスするのは悔しくなっちゃって!」
「…………!」
星華がクッキーを口の中に放り投げて語ると、彼女の隣に座っている亜梨明の顔が急に険しくなる。
「でも星華、結局見たんじゃないの?」
奏音が言うと、「目隠しした指の隙間から、こそ~っと、おかっちの顔だけ見るようにしてね!」と、星華が自分の顔を覆いながら再現した。
「んも~、めっちゃ色っぽい顔しちゃっててさ!相手は自分に置き換えて想像した!おかっちとキスできたら、私いつ天に召されてもかまわないよ~!」
「え~っ、女優さんもすごく可愛かったのに~」
そう言った緑依風が、もったいなさそうな顔で、オレンジジュースを飲み始めた時だった。
「――ねぇ、緑依風ちゃんはもう坂下くんとキスした?」
「…………!?」
亜梨明の唐突な質問に、緑依風は危うく口に含んでいたオレンジジュースを吹き出しそうになる。
「――ど、どどどうしたの亜梨明ちゃん!?」
ジュースをなんとか飲み込んだ緑依風が、口元を押さえ、狼狽えていると、「どうしたのって、そりゃぁ気になるよ~!」と、亜梨明はツンと唇を尖らせた。
「だって、坂下くんと付き合い始めてからもうすぐ二か月でしょ?緑依風ちゃんからの報告してくれるの待ってたけど、ぜーんぜん言ってくれないし!」
「あ……ぅ……」
緑依風が一気に顔や耳元を赤らめ、どう返答しようか困惑していると、その様子から察した亜梨明は、「したんだ……」と、目にくわっと力を入れて、緑依風を凝視する。
「それっていつ?どこで?」
「えっ……!?」
「何時何分何秒?坂下くんから?それとも緑依風ちゃん?キスした場所はどこ?口?それともおでこ?ほっぺ!?」
亜梨明が緑依風の両肩を掴み、お互いの顔同士がくっつきそうな距離まで詰め寄ったところで、奏音が「落ち着きなさい、バカ」と言って、姉の頭にゲンコツを落とした。
「まったくもう、星華じゃないんだからさ……」
奏音が腕組みながらため息をつくと、星華は「失礼だなぁ……」と言いつつ、「でも、聞けてなかったから聞きたい!」と、亜梨明から解放されてホッとしたばかりの緑依風に振り向く。
「え……あの……っ」
「まぁ、私もそこだけは同意……」
亜梨明を諫めた奏音も、どうやら気にはなるようで、二人と同じく興味津々な様子で、緑依風を見つめた。
親友三人の視線が集中すると、緑依風は熱くなった頬を片手で押さえながら、「えっと……っ」と、その当時のことをゆっくりと語り始める。
「好きだって、風麻が言ってくれた日に……秋山の公園で……っ!む、むこうから……くちに……っ!」
「おぉ~っ!」
奏音と星華が小さく歓声を上げると、緑依風は「ああっ、もう!恥ずかしいっ!!」と言って、モコモコの白いカーペットの上で
「意外……初日からだなんて、あの坂下が……!」
「ねっ!あんだけ焦らしておいて、随分手が早いというか、なんというか……!」
奏音と星華が予想外な気持ちで言い合っていると、「一回だけ……?」と、亜梨明が未だ羞恥心で伏せたままの緑依風に詰め寄り、尋問を続ける。
「え……?」
緑依風が額をカーペットから離して顔を上げると、亜梨明の猫のように大きな瞳が、全て答えるまで逃がさないと言わんばかりに、こちらを見つめていた。
「坂下くんがチューしてくれたのは、その時だけ?答えて……?」
「えっ……!?」
「嘘ついちゃダメだよ……?」
亜梨明の目は据わっており、声のトーンからも圧を感じた緑依風は、恐怖でキュッと唇を締め、風麻と交わしたキスの回数を指折り数えた。
「えと……最初のと、風麻の誕生日……学校帰りに家に入る前……亜梨明ちゃんがうちに来た後……あ、その前の日もか……それと……」
緑依風の片手の指が全て折られ、もう片方の指で数え始めた途端、「そ、そんなにっ!?」と、星華も奏音も顔を赤くして驚愕する。
「……っ」
緑依風が全て数え切り、恥ずかしさで斜め下を向きながら両手で数字を表すと、「ヤバ……」「坂下のくせに……」と、奏音と星華が顔を見合わせながら言った。
すると、亜梨明はバタッ――と、ショックに愕然とする悲劇のヒロインのように、斜め座りになって、項垂れながら「いいな……」と、暗く低い声で呟く。
そして――。
「私はまだ!夏休みのおでこにしてもらったやつだけなのに~っ!!」
――と、今度は天井に向かって、腹の底から声を出して悔しさを叫んだ。
そんな亜梨明を、三人はポカンとした顔で見つめる。
「ずるいよ緑依風ちゃん!私達より付き合い始めたの遅いのに、もうそんなに……っ!羨ましすぎる~っ!!しかも、おくち!」
「え、えぇ~っ……」
亜梨明に片腕を掴まれ、揺すられる緑依風が困惑していると、「でも亜梨明、前は日下が気を使って避けたって言ってなかった?」と、奏音が夏休みの時のことを思い出す。
「確かに……あの時は、まだそうだったけど……」
「それに、手術が済んだ後も、風邪とか感染症には気を付けてって、南條先生に言われてるでしょ?この間だって、テスト勉強で徹夜して、次の日熱出してたじゃない……」
「…………」
奏音の言う通り、亜梨明の体はまだまだ不安定な状態だ。
普通の人からすればただの風邪であっても、元々抵抗力が弱く、体力の少ない亜梨明が罹患すれば、重症化して命が危ぶまれる可能性もある。
奏音や二人の両親ですら、その事には今も細心の注意を払い、食事の際には必ずトングや菜箸を使っておかずを取り分け、唾液からの感染を防ごうと努めているのだ。
亜梨明と同じ病歴を持つ爽太が、わざわざ彼女に危険なことをするはずが無い。
「う……、でもそれじゃあ私、爽ちゃんに一生キスしてもらえないよ……」
「一生ってことはないでしょ……。もうすぐ術後半年経つし、日下も亜梨明が大丈夫って安心できるようになったら、そのうち――」
奏音が励まそうとするが、亜梨明は「ヤダーっ!もう待てない~っ!」と、星華の淡い紫色のハート型クッションをギューっと抱き締めた。
「私も、爽ちゃんとおくちでキスしたい~っ!」
「ありゃりゃ、こりゃあだいぶフラストレーション溜まってるね……」
星華がパンパンに膨らんだ亜梨明の頬をツンツンすると、奏音は「肉食系女子……」と、冷ややかな視線を亜梨明に向けた。
「日下からしてくれるの待ってるのが無理なら、亜梨明ちゃんから攻めるのはダメなの?」
星華が亜梨明のほっぺを両手で挟み、プシュッと空気を吐き出させる。
「ん~、それもアリかなとは思う……けど、やっぱり憧れるのは、男の子からのシチュエーションでしょ?」
亜梨明が言うと、「じゃあ、日下にお願いしてみるのは?」と緑依風が提案した。
「それじゃあ、結局私から攻めるのと変わらないよ……。ねぇ、緑依風ちゃんはどうやって坂下くんにキスしてもらったの?」
「えっ?ま、また私のハナシ……っ」
緑依風は再び赤面すると、「どうだったかなぁ……」と、今までのことを思い出す。
「多分……そういう、雰囲気……だったんだと思う。どうやってとかじゃなくて……なんか、『今ならいいな』ってお互いに……。私も風麻も、「する」「してもいい」って言葉では言わなかったけど、でもそれが二人ともわかる……っていう」
「ほわぁ~っ……フンイキ……かぁ」
亜梨明が爽太とそんな空気になったシーンを想像し、目をキラキラさせる。
「……問題は、どうやってその雰囲気に持ってくか、だよね」
星華が言うと、「それ……」と、亜梨明が再び項垂れる。
東京の病院で、爽太から額に口付けを受けた際は、“そういう雰囲気”だった。
だが最近はというと、あの日のような恋人同士らしいやり取りよりも、親友同士だった頃のような、和気あいあいと楽しくおしゃべりするか、テスト勉強の話題ばかりで、甘い空気にならない。
「それなら、やっぱりクリスマスがチャンスじゃない?」
奏音がクッキーを摘みながら言った。
「お二人さん、今年は彼氏とクリスマスデートするんでしょ?」
奏音に聞かれると、緑依風も亜梨明も「さぁ?」と、首を傾げる。
「今年も、みんなでクリスマスパーティーかなって思ってた」
「私も……お母さんにお願いしなきゃって……」
「ちょっとちょっとぉ〜!カップルになったのに友達とクリパなんて、どこのいい子ちゃんだよ!」
星華が呆れた声で言う。
「だって、そういった話まだ出てないし。もしかしたら風麻達も、クリスマスは今年もみんなでって思ってるかもよ?来年は受験生で、そんなこと出来ないかもしれないし」
緑依風が一年後の状況を見据えて言うと、「来年受験生だからこそ、今年は二人ともデートすべき!ねっ、奏音?」と、星華は奏音に振った。
「そうそう……私らに変な気とか使わなくていいから!」
「でも私……奏音と星華ちゃん達とも……」
亜梨明がまだ、爽太と二人きりに踏み切れず、気持ちを揺らがせていると、「その代わり、初詣はみんなで一緒に行こうよ」と、奏音が提案した。
「そんで、クリスマスは星華と私で遊ぶ。どう?」
奏音が言うと、「いいね!そうしよう!」と、星華は手を叩いて賛成した。
「ということで、緑依風は坂下と。亜梨明ちゃんは日下と一緒に、堂々思う存分に、イチャイチャしてきて!」
星華が親指を立てて亜梨明と緑依風に向けると、ようやく二人も星華達の厚意に甘える気になったようだ。
「(クリスマス……爽ちゃんと、デート……!)」
亜梨明は、初めて爽太と二人きりで過ごすクリスマスを想像し、彼と恋人同士らしい雰囲気を作れるよう、意気込むのだった。
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