第298話 消えた天才
十一月二十六日。
来週から期末テスト期間となるため、今日は部活動は無く、緑依風、風麻、亜梨明、爽太、奏音、星華の六人は、久しぶりに仲の良いメンバーで揃って帰ることにした。
上靴から通学靴に履き替え、校門へと向かうと、何やらヒソヒソと小声で話しながら門の前を見つめる者達がいる。
緑依風達が、皆の視線が集まる方に振り向くと、紺色のダウンジャケットに黒いズボンを着用した、とても背の高い男性が、門の壁にもたれて腕を組みながら立っていた。
「なんじゃありゃ、デッカ……!絶対、2メートルくらいあるでしょっ!?」
背の小さな星華は、男性を目にした途端、驚きのあまり大声で叫ぶ――が、スマホを片手に操作する男性の横顔をジロジロと観察すると、「でも、顔はかなりいい」と、感想を述べた。
「…………?」
相変わらず、顔立ちが整った男を見ると、品定めのようなものを始める星華の後ろでは、爽太も同じく、目の前の男性の顔を怪訝そうに見つめている。
「どしたの、日下?イケメンとしてライバル意識?」
星華が顔だけ仰け反るようにして、背後の爽太に言った。
「あの人……【イースト・ジャベリンズ】の波多野祐介選手じゃない……?」
「えっ……!?」
「まさか……?」
風麻と奏音が驚きの反応を示す傍ら、初めて聞く名を耳にした緑依風と亜梨明は、「誰?」と目を合わせて首を傾げる。
「確かに……似てるような気はするけど、私服だし髪型もテレビで見る時と違うし……あんなすごい選手がこんなとこに来るわけ……ん?」
風麻が何かに気付きかけたところで、「待って……波多野……?」と、奏音も違和感の正体に勘付き、ハッとした時だった。
「はいはい、ちょっとどいてね~!」
――と、校門前で不審がっていた生徒達の間を割って入ってきたのは、現在爽太と星華の担任である、波多野先生だった。
その途端、今までスマホを凝視していた男性が、くるっと緑依風達のいる方に振り返り、にぱっと人懐こそうな笑顔になる。
「――あ、姉ちゃんだ!姉ちゃーん!!」
男性は、波多野先生に向かって大きく手を振り、「仕事終わった~?」と叫ぶ。
「あ、姉ちゃーん!じゃないだろ、祐介……。なんで学校に来ちゃうかなぁ~……。目立つんだから、連絡するまでどっかで時間潰しててって言ったのに……」
波多野先生は男性の前で立ち止まると、額を押さえ、頭の痛そうな顔で言う。
「だってさ~!地元に帰ってきたの久しぶりだし、母校が見たくなってさ!ずいぶん校舎綺麗になったね~!エアコンついてるっていいな~!でもこの辺はまだ面影が残ってて、なんか懐かしい!」
無邪気な笑顔ではしゃぐ男性に対し、波多野先生は「はぁ~~っ……」と、深いため息をついて肩を落とす。
「え……まさか、本当に姉弟?」
「同じ苗字だとは思ってたけど……」
風麻と爽太、奏音はポカンと口を半開きにして二人を交互に見るが、よく見れば確かに波多野先生と男性――祐介は、似た顔立ちをしていて、血の繋がりを感じる。
「ぴょん~!その人ぴょんの弟?超かっこいいじゃん!」
星華が聞くと「そうだよ」と波多野先生は返事をした。
「あ、ああ、あのっ……!ジャベリンズの波多野祐介選手ですよね!?」
風麻が興奮に声をうわずらせて聞くと、「ん?よく知ってるね〜!もしかしてバレーファン?」と、祐介はにこやかに言った。
「僕、波多野選手の大ファンです!テレビで何度も活躍見ましたっ……!リーグ戦も、世界大会も……っ!」
爽太も珍しく高揚した表情で祐介に詰め寄り、手にはノートと油性ペンを携え、サインを頼もうとしているようだ。
祐介が、そんな爽太の手元に気付き、慣れた様子でそれを受け取り、サインをすると、「あ、ずるいぞ爽太!」と、風麻も慌てて「俺もお願いしますっ!」と、ノートとペンを差し出す。
中学生男子達に気前よくファンサービスをする弟を、波多野先生は顔を歪ませ、腕を組みながら眺めている。
「波多野選手って、そんなに有名なの……?」
亜梨明が小声で奏音に聞くと、「バレーやスポーツに詳しい人ならね」と答えた。
「日本代表チームに毎回選ばれるくらい、すごく有名な選手だよ」
奏音もそう言いながらノートを手にし、「私もいいですか……?」と、少し恥ずかしそうにモジモジしながら、祐介にサインを求めた。
「ぴょん、そんなすごい弟がいるって、なんで教えてくれなかったの~?」
星華が波多野先生の腕にしがみ付くと、「話すような場面も無いじゃない」と、波多野先生はあっさりした口調で言った。
「弟が有名選手だろうとなんだろと、学校であんたらと過ごすのに関係無い情報でしょ。自慢しても楽しいわけじゃないし」
波多野先生がそう言って、自分の腕を揺らしている星華から逃れると、「ひどいなぁー」と、奏音にサインを書き終えた祐介が口先を尖らせる。
「うちの学校には、超すごい卒業生がいたんだー!私の弟!……って、堂々生徒達に自慢してくれていいのに~!」
「別に、自慢してもいいことが返って来るわけでもないだろ……」
「……ってことは、姉ちゃん自分が中学時代にユースの代表選手に選ばれた話もしてないの?」
「なっ……!」
『えっ……!?』
生徒達の前で、ずっと隠していたことをあっけなくバラされてしまい、言葉を失う波多野先生に、バレー部の三人がぐるりと振り向く。
「ちょっ……ぴょん先生っ!先生もそんなすごいプレイヤーだったの!?」
奏音が驚きと尊敬の入り混じった顔で、波多野先生に問い質すと、波多野先生は余計なことをと言いたげな目で弟を睨み付け、「他の部員には言わないでよ……」と、肩を落とした。
「選ばれたのは本当だけど、怪我と故障だらけで、そんなに大きな活躍はできてないよ……。だから、バレー選手としては短命だったし……授業や部活でバレーボールを教えて広めることができる、体育教師の道を選んだってわけ」
そう語る波多野先生の顔は、あまり明るくない表情で、奏音も風麻や爽太も、それ以上先生の過去について聞く気になれなかった。
――が、弟の祐介にとっては、当時の姉の姿は眩しく見えたようで、「全盛期の姉ちゃん、めちゃくちゃかっこよかったんだよ~」と、波多野先生の勇姿を後輩達に語りたくてウズウズしている。
「ちなみに、うちの姉ちゃんの彼氏――っ、いでっ!」
祐介が話している途中で、波多野先生がバシンっと弟の背中を思い切り叩いた。
「お、ま、え、は~~っ!!」
肩を
その後ろでは、恋バナ大好きな星華が「えっ、ぴょん彼氏いんの?彼氏いるの!?ねぇ、ねぇっ!!」と、ぴょこぴょこ飛び跳ねて話に食いついていた。
「だーかーらー、あんたに学校に来て欲しくなかったの!口軽くて余計なことしか言わないんだから!友達の前じゃないんだぞ!私の立場考えろっ!!」
波多野先生が強く叱ると、祐介は「ふぁ~い、すみませんでしたー」と謝ったが、叱られることに慣れているのかヘラヘラしていた。
「はぁ……。着替えたらすぐ行くから、先に待ち合わせ場所に行ってて……」
祐介の顔から手を離した波多野先生は、足早に職員室へと戻り、祐介は引っ張られ過ぎた頬を整えるように、マッサージしている。
「――さてと、おっかない姉ちゃんにこれ以上怒られないように、そろそろ行くか。じゃあね、後輩達!」
祐介は白い歯を見せて笑いながら、緑依風達に手を振ると、待ち合わせの場所へと発った。
「……ねぇ、ぴょんの弟追ってみない?」
星華が、面白いおもちゃを発見した子供のような笑みを浮かべて提案する。
「え~っ、やめなよ……。先生にだってプライベートがあるでしょ。生徒の私達が、知らなくていいことだよ……」
緑依風は却下するが、どうやら他の四人も気になるらしく、ついていく気満々のようだ。
「じゃあ、緑依風だけ先帰っていいよ~」
「えっ……!」
波多野先生の私生活まで踏み込みたくはないが、一人だけ参加しないのも、なんだか仲間外れみたいで嫌だった。
「……もう~っ、しょうがないなぁ~!」
自分はあくまでも、“引き止め役”だと言い聞かせることにした緑依風は、渋々みんなと一緒に、祐介の後を追うことにした。
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