第21章 先を生きる人達と

第289話 好きの理由(前編)


 日曜日。

 今日から十一月となり、秋がより一層深まった空気の中。


 亜梨明は爽太と共に、緑依風の父親が経営するケーキカフェ【木の葉】にデートしに向かっていた。


「わ……思ったより人多い」

 店の前まで来た途端、亜梨明がびっくりした様子で言った。


 現在時刻は十時過ぎ。


 木の葉は十時から開店なので、開店してすぐならそんなに並ばないのではと思っていた二人だが、すでに列は店の角を曲がった所までできており、近隣の他の店舗や住民の迷惑にならぬよう、木の葉のスタッフが列の整備をしている。


「こんなことなら、緑依風ちゃんに情報聞いておけばよかったかも」

「とりあえず、並ぼうか」

 爽太に言われ、彼と最後列に並んだ亜梨明は、夏休みの出来事を思い出していた。


 爽太とのデートは今日が二回目。


 一回目は、亜梨明が入院していた病院内でのデートとなり、院内のレストランで食事をしたり、庭の花を見たり、コンビニでお気に入りのプリンを一緒に食べた。


 そして、実は爽太と幼い頃一度出会っていたということも知り、他にも嬉しいことがいっぱいの、忘れられないデートだった。


 その時に、彼は「夏城に帰ったら、木の葉に行こう」と言ってくれていた。


 夏城に帰ってきた後も、まだ亜梨明の不安定な体調を考慮して、しばらくは外出を控え、彼女の家で勉強をし、二人だけの時間を過ごしていたが、夏休みの約束を覚えていた爽太は、授業の遅れを取り戻した記念に、こうして連れ出してくれたのだ。


 久しぶりの、外でのデート。


 いや、三か月入院していた病院も、ある意味亜梨明の第二の家みたいなものだったので、久しぶりというよりも、初めての外出デートのような気分だ。


 ずっと憧れていた、普通の人がするようなデートを、ようやく楽しむことができる。


 亜梨明は、その事が嬉しくてついつい頬が緩んでしまう。


 列が少し進み、亜梨明と爽太は日陰の位置で立つことになった。


 今日は晴れているし、それほど気温が低いわけでもないが、やはり影のある場所は日向よりもひんやりしている。


「……大丈夫?寒くない?」

 爽太が亜梨明の体が冷えすぎないか心配するが、亜梨明は少し得意げな顔で手を前に出し、「触ってみて!」と言った。


「あ……」

 亜梨明の手と自分の手のひらを合わせた爽太は、伝わった彼女の温度に思わず笑顔になる。


「ね、冷たくないでしょ?」

「うん!」

 手術前までは、血の巡りが悪いせいで、この時期いつも手が冷たかった亜梨明だが、今の彼女の手はほんのりと温かだった。


「……でも、まだ僕の方があったかいや」

「も~っ、それはそうだけど……」

 少し勝気な様子で言う爽太に、亜梨明が頬をぷぅっと膨らませると、彼はそのまま亜梨明の指と自分の指を絡ませ、繋ぐようにして下ろした。


「じっとしてたら、寒くなるでしょ?」

 爽太はちょっぴり照れた声で言いながらキュっと、亜梨明と繋ぐ手に力を込め、亜梨明もそんな彼氏の姿に幸せを噛み締め、じーんとしながら目を閉じた。


 亜梨明が目を開くと、ちょうどお店のガラスに自分達の姿が映っている。


 今日の爽太は、青いボーダーのシャツと、黒のダウンベスト、水色のデニムとスニーカーを履き、紺色のニット帽を被ったコーデ。


 亜梨明はTシャツの上に薄いコートと、赤いコーデュロイのタイトスカートにタイツとスニーカー、ショルダーバックを斜めにかけた姿だ。


 細身ですらっとしたスタイルに、中性的な顔立ちの爽太は、制服姿はもちろんだが私服姿もとてもかっこいい。


 亜梨明が、そんな彼にポワポワした気分になっていると、「ねぇねぇ、前にいる男の子、すごく可愛い顔してるよ」と、後ろの方から女の人の声が聞こえてきた。


「ホントだ~!足長いし顔ちっちゃい!何等身?」

「モデルみたいだよね!……っていうか肌もめっちゃキレイだ、うらやま!」

 そんな話し声を耳にすると、亜梨明は誇らしい気持ちと同じくらい、なんだか惨めな気分になる。


「そういえば、爽ちゃんってモテる人だったよね……」

「えっ!?」

 どうやら爽太には後列の女性の声は聞こえていなかったようで、亜梨明が急に言い出した言葉にびっくりしている。


「どうしたの……?」

「別にぃ~……。ただ、誰が見てもかっこよくて人気者の爽ちゃんが、私みたいなのが彼女でよかったのかな……って」

「…………」

 ムスッと拗ねた顔――というより、これは落ち込んでいるなと、やっと周囲の声を聞いて察した爽太は、「そんなこと……」と困り顔になって背を丸め、亜梨明と目線を合わせる。


「それに、亜梨明も結構人気者だと僕は思うよ?」

 爽太はフォローのつもりで言うが、亜梨明の表情は戻らず、「女の子で人気者って言ったら緑依風ちゃんでしょ?」と、お世辞はいいよといった風に返した。


「はぁ~っ、いいなぁ〜緑依風ちゃんは。美人で大人っぽくて、スタイルもいいもんね……」

 亜梨明は溜息をつきながら、まだ凹凸の少ない自分の体型を悔やむ。


「……あまり言わない方がいいかと思ったんだけど……僕、亜梨明のことが好きだった男子、結構知ってるよ」

「えっ?」

 そっぽを向いていた亜梨明が、驚いて爽太の顔を見る。


「中でもそのうちの一人は、本当に亜梨明のことを想ってて、僕は身を引こうかと思ったけど……その人から励まされて、ちゃんと自分の気持ちを伝えようって決めたんだ……」

「そうだったんだ……」

 初めて聞いた情報に、亜梨明が意外な面持ちで言うと、爽太はコホンと軽く咳払いをし、「だから、その……」と、眉を八の字にして微かな笑みを作る。


「『私みたいなのが』なんて言わないでよ……。僕は……亜梨明のことが大好きなんだからさ……!」

「……うん!もう言わないね!!」

 亜梨明が頬を染めながら嬉しそうに頷くと、爽太もホッと安心した。



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