第280話 謎は深まる(前編)
鈍い音と共に、体のあちこちに衝撃が伝わる――。
一瞬、死ぬのでは……?と思った奏音だったが、転がり落ちた体が床の上で動きを止めたところで、生きている――と、はっきりした意識と痛みで実感した。
「奏音っ!!」
立花が悲鳴のような声で叫びながら、彼女が横たわっている場所まで階段を駆け下りる。
「あ、ぁ……っ!すみません、すみません――っ!!」
立花と同時に下りてきた、奏音にぶつかった男子生徒は、呻き声を上げて蹲る奏音に必死に謝っている。
「おいっ!大丈夫か……!?」
さすがの加藤も、この緊急事態に奏音を置いて立ち去る程、非情ではなかったらしい。
「……っ、ぅ……だ、だいじょぶ、大丈夫……っ」
奏音は打ち付けた頭を押さえながら、ゆっくりと体を起こし、安心させようと笑いかけるが、頭以上に足首、そしてすねの辺りに痛みを感じた。
「……ぅっ、いたっ……!」
立ち上がろうとすると、左足全体に激痛が走り、力が入らない。
奏音が気になって、靴下を捲ると、すね全体が青紫色。
足首も、真っ赤に腫れ上がってしまっている。
「奏音、脚が……!」
立花は奏音の脚を目にし、彼女の痛みが伝わったような表情で声を上げ、男子生徒も、先輩に怪我をさせてしまったと、パニックになりながら、「すみませっ、おれ……っ、おれっ、ふざけてた、せいで……!」と、涙目になりながら謝り続けていた。
「大丈夫大丈夫!多分折れてはいないと思うし!でもちょっと保健室に行かないと……立花、悪いけど肩貸してくれる?」
奏音は、とうとう泣き出してしまう程反省した後輩が、これ以上気にしないように笑顔を作ると、立花に手を伸ばし、立つのを手伝って欲しいと頼む――すると。
「……乗れ」
奏音の斜め後ろにいたはずの加藤が前に出て、彼女に背を向けて言った。
「えっ、やだ……」
奏音は敵の情けは受けないという顔で、加藤の協力を拒む。
「あんた、私のこと嫌いなんでしょ。そんなやつの手なんか借りなくったって、別にこのぐらい――!」
「いいから乗れ。……乗らないってなら、米みたいに担ぐぞ」
「……ぐっ」
加藤に少し威圧的な声でそう言われると、奏音は恥ずかしい格好で無理やり運ばれるかもしれないという可能性から、これ以上断れないと、屈辱的な気分で下唇を噛み、渋々彼の肩に掴まる。
「青木は、“相楽さん”の方にこのこと伝えてくれる?俺はこいつを保健室に連れてくから」
「わ……わかった」
立花に伝言を頼んだ加藤は、奏音を落とさぬようしっかり支えてから立ち上がり、保健室へと向かい始めた。
*
加藤に背負われ、渡り廊下までやって来た奏音は、もう周囲にあまり生徒の姿が見えないことから、昼休みの残り時間が僅かだと悟る。
「(目立たなくてよかった……)」
いくら緊急事態といえど、男子におんぶされてるのを見られるのは恥ずかしい。
それに、黙ったままというのも、今の状況を余計意識してしまうので、奏音は無視されるのを承知で、加藤に話しかけてみることにした。
「……さっき気付いたんだけど、加藤の私達の呼び分け。私は“相楽”で、亜梨明は“相楽さん”なんだ?」
「…………」
予想通り加藤は、何も言わない。
「……っていうか~、亜梨明には挨拶したり、優しくしてるのに、なんで私にはそんな態度なの?」
「…………」
「やっぱり前に何かあったんでしょ……?思い出せなくて申し訳ないけど、正直にいって――」
奏音がこの際しつこく思われても問い詰めてみようとすると、「あのさ……」と、加藤が鬱陶しそうに口を開く。
「黙っててくれない……?運びはするって言ったけど、話したくないから」
加藤が冷淡な声でそう言うと、奏音はチッと舌打ちし、「はいはい、わかりました~」と言って、プイッと顔を横に逸らす。
廊下の壁に付けられた鏡に映る加藤の顔は、とても青白く、冷や汗が流れている。
目の前で同級生が転落したことにまだ動揺しているのか、それとも、嫌悪感を隠そうともしない程、苦手な自分を背負うことがそれほど嫌なのか、奏音にはわからない。
「(それでも、助けてくれるんだ……)」
奏音にとっても、加藤が『感じ悪いやつ』という評価は変わらないが、やっぱり心根がいい人だということだけは、理解できたのだった。
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