第274話 堂々宣言
話は少し戻って、料理サークル結成前のこと。
昼休み、晶子に指示されてやって来た利久と、亜梨明に会いに来た爽太、成り行きで巻き込まれた直希に引っ張られ、教室から離れた場所に連行された風麻は、校舎の端っこで、不貞腐れた顔をしていた。
「なんだよ~っ!なんで俺が教室にいちゃいけないんだよ~っ!晶子と緑依風の話聞かなきゃいいだけだろ~っ!?」
三人がかりで無理やり緑依風から引き離された風麻が、晶子に言われるがままに自分をここまで連れてきた友人達に文句を言う。
「晶子に聞いたぞ風麻。お前、緑依風のトイレを監視して困らせてるらしいな」
「はっ!?」
『えっ!?』
利久の誤解を招く言い方に、風麻だけでなく、爽太と直希も驚愕して声を上げる。
「ばっかやろ!色々言葉を
風麻が真っ赤になって叫ぶと、「同じようなことだろ……」と、利久はメガネの中心を指でクイッとさせる。
「……で、実際は?」
爽太が恐る恐る尋ねると、「別に、変なことはしてないぞ!緑依風がトイレに行ってる間に、他の
「……それ、フツーに松山だって嫌に決まってんだろ……」
直希は、一瞬友人が変な性癖を目覚めさせたのではないかと思ったが、そうではないことに安心しながら、彼の行き過ぎた行動に苦言する。
「他には?」
利久が更に問い詰めるように風麻に聞くと、「あとは別に、なんにも……」と、彼は言うが、「ただ……その気にさせるかもしれないから、信頼できる男以外と目を合わせるなよってくらいだ……」と、付け足すと、三人はそれぞれ複雑な面持ちで風麻を見つめた。
「……風麻、お前とは九年一緒にいるけど、僕は初めてお前を“ヤバいやつ”だと思った」
「は?」
「逆の立場で考えろよ~……。お前、松山に「私以外の女の子と目を合わせちゃダメ!」なんて言われたら、すごく無理ゲーだし、窮屈だし、束縛されてるって思わねぇ?」
「…………」
直希にそう言われると、風麻も「た、たしかに……」と、顔をしかめる。
「それに、トイレだってさ~……いや、トイレ以外にも、風麻が何かする度に松山がそばでじっと見てて、ほんのちょっと、どうしても必要な会話があるから声を掛けただけなのに、女子が話しかけるたびに「うちの風麻と話さないで!」って来てみろ。それが松山なりの優しさだったとしても、実際そうなったらうんざりするぞ……」
「…………!!」
立場を置き換えてみればみるほど、直希の言う通り、これは厳しくて窮屈だ……と、風麻は頭を抱えて背を丸めた。
「そ、そんなつもりじゃなかったけど……いや、でもな~っ……!」
風麻が緑依風を守りたい気持ちと、緑依風を縛りたいわけじゃないという気持ちの狭間で揺れていると、「……風麻が松山さんを心配してるっていうのは、僕らもわかってるよ」と、爽太が言った。
「それに、松山さんも多分……風麻が自分を大切にしてくれてるが故のことだっていうのも、きっとわかってくれてるよ」
「……っ」
爽太に穏やかな声で言われるたび、風麻は緑依風を守りたい気持ちが強すぎて、危うく彼女を傷付けていくところだった自分の行いを悔いる。
「風麻の『松山さんを守りたい』気持ちが強いのも、この間のことがあるし、僕達だって理解はできる。完全解決したから今後はもう大丈夫だなんて、言い切れないしね。でも、線引きは必要じゃないかな?どこまでが松山さんのためで、どこからが松山さんを束縛してることになるか。僕が思うに、風麻が嫌なことは松山さんも嫌で、風麻が嬉しいことは、松山さんも嬉しいよ」
「…………」
風麻は頭を抱えていた手で、今度は顔を覆い、はぁ~っと深く息を吐くと、のろのろと丸めた背を真っ直ぐに戻して、爽太を見た。
「――うん。そうだな……俺もそう思う」
爽太の言葉で、自分の良かれと思っていた行動が、全て独り善がりだったことに気付けた風麻は、これからはもっと彼女の心に寄り添いながら、守り続けていくことにしようと、考えを改めた。
*
昼休み終了五分前になり、風麻が爽太達と教室に戻ると、緑依風の周りには相楽姉妹、星華、晶子、そして何故かあまり接点が無いはずの光月楓がいて、何やら楽しそうな雰囲気に包まれている。
「あ、おかえり風麻!」
緑依風が椅子から立ち上がり、風麻のそばまでやって来た。
「お、おう……ただいま」
昼休み前より表情が明るくなっている緑依風に、風麻が先程までのことについて謝ろうとすると、「なんだ~、そのやり取り!付き合ってるみたいじゃん!」と、風麻の右方向から、クラスメイトの矢井田が、仲間達とニヤニヤと下品な笑みを浮かべながらからかってきた。
風麻は、この間自分が牽制した時の仕返しのつもりで矢井田が冷やかしてきたのだと察し、無視しておこうとした――が。
「“付き合ってるみたい”じゃなくて、付き合ってるのっ!」
緑依風が一歩前に踏み出し、腰に手を当てながら堂々と宣言すると、矢井田は「えっ……」と声を漏らし、頬杖をついていた手をガクンとさせる。
普段の緑依風なら、こういったことを自分から口にするのは苦手なはずなのにと、風麻が思っていると緑依風が「あ、そうだ風麻!」と、振り返る。
「私ね、亜梨明ちゃん達と料理サークル作ることにしたの。だから、帰る前に職員室に行って、梅原先生に顧問お願いしなきゃだから待っててくれる?」
「あぁ……」
風麻が返事をすると、緑依風はそろそろ自分の教室に戻ろうとしている星華達に「じゃあ、あとでね」と言って席に着き、次の授業の準備を始めた。
*
帰り道。
爽太や他の友人達と別れ、緑依風と二人で歩く風麻は、昼休みのことについて聞いてみることにした。
「なぁ……」
「ん?」
「さっき、矢井田に俺らが付き合ってるって言ってたけど、いいのか?」
「なんで?」
「だって、最初はあんまり人に知られたくなさそうだったじゃん……」
先日は、手を繋いでるのを知り合いに見られたくなさそうだった緑依風。
恥ずかしがりで、目立つことを嫌う彼女が、何故他のクラスメイトも見ている中で、ハッキリとそう言ったのか気になった。
「あぁ、奏音にね……私と風麻が付き合ってるってことがもう少し広まったら、風麻の心配も減らせるんじゃないかって言われてさ」
思い出した途端、やっぱり恥ずかしくなったのか、緑依風が眉を下げながら言った。
「……ごめんな。俺、ちょっと暴走し過ぎてた」
「ううん、いいよ。……確かに、無茶苦茶言うな~とは思ってたけど、でも風麻がそれだけ私のこと守ってくれようとしてるのとか、ヤキモチ妬いてくれるのは嬉しかったし」
「そ、そうか……」
緑依風に笑いかけられると、風麻の胸の奥がキュッと喜びに締め付けられ、それを悟られぬよう、彼女と反対方向を向いて顔を隠す。
「…………」
「…………!」
突然、何の前置きも無く、緑依風の手が風麻の手と重なり、指同士が絡み合う。
「……いい?」
照れながら、上目遣いで手を繋ぐことを求める緑依風に、風麻は「あぁ……」とぎこちない声で返事をして、よりしっかりと彼女の手を握る。
「まだ、周りに学校のやついるけど?」
「うん……。見たけりゃ見ればって思うことにしたから」
「そうか……」
「あ、でも今度は家の前で離していい?まだ、うちの家族とか風麻んちの家族に見られるのは恥ずかしい……」
「あ、あぁ……確かにな……」
「うん、もう少し内緒にして……」
「…………」
風麻は、自分の指と指の間に挟まる、彼女の指の細さを測るように意識を集中させる。
そして、それをしっかりと感覚で覚えると、帰宅してすぐにスマホを取り出し、ある人物に相談するのだった。
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