第271話 副キャプテンの警告(前編)
翌日の放課後。
緑依風が、「部活前にトイレに行きたい」と言った風麻を待っていると、「緑依風ちゃん、今日も坂下くん待つの?」と、亜梨明が聞いた。
「うん、そのつもり……なんだけど……」
「どうしたの?あんまり嬉しくなさそうだね?」
亜梨明が、困り顔の緑依風を不思議がって尋ねると、緑依風は「いやぁ~……嬉しくないわけじゃないんだけど……」と言って、理由を説明する。
「待ってる間、時間を持て余しちゃうからマネージャーやりたいって言ったら、風麻にダメって言われちゃってさ……。本を読む以外に、何か時間を有効活用できないかと考えてて……」
体育館の二階席には、パイプ椅子しかなく、勉強する環境に向いているとは言えない。
本も、自宅から学校に持ってこれるものは全て読み尽くしたし、図書室で気になって借りた本も、毎回当たりというわけではなく、内容が面白くないと読んでいてもしんどい。
かと言って、そこから移動して一人になるのは先日のこともあって未だに怖いし、風麻に心配もかけたくない。
風麻の練習風景を眺めているのはかっこいいしときめくが、たまに不調で竹田先生に厳しい言葉を掛けられている時は、なんだか自分まで心が痛くて辛くなってしまうこともある。
「――とまぁ、こんな感じでね。一人で時間を潰すのも、そろそろレパートリーが無くなっちゃって……」
「ん〜……。ねぇ奏音、今日は私達も一緒に男バレ見学しない?おしゃべりしてたら、楽しいしあっという間だよ!」
亜梨明が奏音に提案すると、奏音は「私、今日はバイオリンのレッスンだから、早く帰らなきゃ……」と言った。
「あ、そっか……。じゃあ……」
このまま奏音と共に帰ると言うのかと思った緑依風だが、亜梨明は何か迷っているような面持ちで、緑依風と奏音を交互に見る。
奏音は、そんな双子の姉が何に迷っているのかわかるようで、クスッと笑うと、「亜梨明も日下を待ちたいんでしょ」と言った。
「えっ!?そっ、そ、そんなこと……あるけどでも、それだけじゃなくて!!」
亜梨明が慌てて否定すると、奏音は「あっはっは!」と声を上げ始める。
「だって、亜梨明前に言ってたもんね。「いいなぁ~緑依風ちゃん……。私も爽ちゃんと毎日帰りたいなぁ〜」って!」
奏音が亜梨明の声や仕草を完璧に真似ながら言うと、亜梨明はたちまち真っ赤になり、「奏音のバカー!」と妹の背中をポカポカ叩いて怒った。
「私、そんなふざけた言い方してないもん!」
「いやいや、いつもこんな感じじゃん!」
「似てないーっ!!馬鹿にしてるーっ!!」
亜梨明はご不満のようだが、緑依風は奏音のあまりにハイクオリティなモノマネに感動し、思わず拍手を送りたい気持ちだった。
「私とは家でも一緒にいられるんだから、緑依風と一緒に日下を待ってあげなよ……ねっ、日下?」
奏音が教室の外に向かって話しかけると、風麻を迎えに来ていた爽太が、ドアの陰から少し照れた様子で姿を現し、教室内に入って来る。
「そ……爽ちゃん……聞いてたの?」
亜梨明が恥ずかしそうに爽太の顔を見た。
「えっと……僕は待っててくれたら、それは嬉しいけど……でも、亜梨明まだ疲れやすいし、無理して欲しくないから……」
爽太も、風麻が緑依風と毎日帰宅できることを密かに羨ましく思っていたが、まだ復学して間もない亜梨明は、疲労が溜まればすぐに発熱したり、体がしんどくなってしまうこともあるため、なるべく早く家に帰して休ませたいと思っていたのだ。
「でも、前よりかなり体力はついて来たし、元気な時は……その……待っててもいい?」
亜梨明が遠慮がちに爽太を見上げながら聞くと、爽太は「絶対無理しないって約束してくれるならね……」と言った。
「する!ちゃんとする!!しんどい時はちゃんと先に帰るし、嘘つかない!」
「うん、それなら!」
「やった~っ!!」
爽太から許可が下りると、亜梨明はパアッと表情を輝かせて喜び、緑依風と爽太はそんな彼女の笑顔につられてにっこりと。
奏音は、微笑みの中に少し寂しそうなものを含めて、今にも飛び跳ねだしそうな姉を見ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます