第267話 お弁当を囲んで


 ロッカーまで戻った一行は、お弁当の他にもおやつの入った袋、ボールやバトミントンのラケットなどが入った袋も取り出し、青々とした芝生が広がるエリアへと向かう。


 行楽日和ということもあり、六人の他にも家族や友人とピクニックを楽しむ者がたくさん見えるが、運良く日よけとなる大きな木の下に空いてる場所を見つけることができ、そこで昼食をとることにした。


「おべんとう〜!」

「わーい!ぼくいちばんのり〜!!」

 木陰の下に風麻と秋麻がレジャーシートを広げはじめると、優菜と冬麻は靴を脱いでシートの上へと飛び乗る。


「おーい、おチビ達……綺麗に広げられないからちょっとどいてくれ……」

 風麻に言われると、二人は靴の上に乗り、レジャーシートが完全に広がるのを待った。


「千草、紙皿と割り箸配ってくれる?お姉ちゃんはウェットティッシュ出すから」

「はいはいっ……と」

 千草は指示された通りに紙皿と割り箸を六人分取り出すと、それぞれの前に並べていった。


 緑依風はウェットティッシュをシートの上に置いた後、トートバッグから三段重ねのお弁当箱と、大きなバスケットを二つ取り出した。


「はやく、はやく~!」

 緑依風が重箱を一段ずつ、全員が取りやすいように考えながら置くそばで、優菜が焦れったそうに体を揺らしながら言う。


「はーい、お待ちどうさま!」

 緑依風が可愛い末っ子の様子にクスクス笑いながら蓋を開けると、五人が一斉に「わぁっ!」と歓喜の声を上げた。


 三段重ねのお弁当箱には、鶏肉の唐揚げがたくさんと、黄色い卵焼き、ブロッコリーとオクラの和え物、肉巻きポテト、プチトマト、ウィンナーとクリームチーズのカボチャサラダなどが四角い箱いっぱいに敷き詰められている。


 そして、白いバスケットには三種類のおにぎり。

 ピンクのバスケットには、たまごとベーコン、ハムとチーズ、イチゴジャムのサンドウィッチが入っていた。


 優菜と冬麻は、緑依風が蓋を開けていくごとに目を輝かせていき、秋麻と千草も、まるで宝箱のような中身を見て、「はわ~っ!」と顔を緩ませた。


「おまっ……ほんっ、とに頑張ったな……!」

 風麻もそのボリュームと彩り豊かな弁当の内容に驚き、言葉を詰まらせている。


「だって、みんなでピクニック自体が久しぶりだったし、それにきょうだいだけで来るなんて初めてでしょ?ついつい張り切り過ぎちゃった!」

「なぁ、食べてもいいか?」

 秋麻が、待ちきれないといった様子で緑依風に聞く。


「うん、食べよっか。いただきます」

 緑依風に続いて、他のみんなも声を揃えて「いただきます!」と言うと、それぞれが食べたいものから箸を伸ばしていった。


「おにぎりの中身、こっちがツナマヨで、この列は梅干し、これはおかかね」

 緑依風が説明すると、千草は「梅干しいらなーい」と言って、おかかを取った。


「ちー姉ちゃん、またすききらいしてる……」

 優菜が千草をしょうがないなと言う目で見ていると、苦手なブロッコリーを目の前にした冬麻は、優菜に嫌われたくない一心であえてブロッコリーを取り、目を閉じて口に運ぶ。


「あむっ……っ?ん~っ!?おいしい!おいしいよ緑依風ちゃん!ぶっころりー!!」

 冬麻がびっくりした顔になりながら緑依風に報告すると、「ブロッコリー、な」と風麻が隣で訂正した。


「冬麻すげぇじゃん!いつもブロッコリー嫌いって、絶対食べなかったのに!」

 風麻が冬麻の頭を撫でながら言うと「これすっごくおいしいの!おうちでたべるブロッコリーとちがうにおいがするよ!」と、冬麻は二個目のブロッコリーを食べ始めた。


「匂い?どれ……あ、なんか初めて食べる味だし、香りが……でも美味い!」

 風麻も実はブロッコリーがそんなに得意では無かったのだが、変わった味付けのブロッコリーの和え物は、いつも家で食べるサラダなどよりとても美味しく感じた。


「ホント?前に本でごま油と塩で味付けすると美味しいって読んで、優菜に食べさせたらブロッコリー嫌い克服してくれたから、これなら風麻達も大丈夫かな?って、試しに入れてみたの!」

 緑依風は優菜のお皿に肉巻きポテトを入れながら説明した。


「そういえば、緑依風前にもキノコを細かくしてオムライスに入れたりしてたし、すごい工夫してるよな」

「へへっ、こういうの楽しいし、好きなんだ。それに、味付けや切り方次第で食べられる物が増えたら、体にも良いし嬉しいじゃない!……まぁ、中にはそれでも食べない子もいるけど……」

 緑依風が、隣でプチトマトを端に避けている千草に視線をやると、彼女はツーンとした顔で玉子焼きを食べた。


「唐揚げも、冷めてるのにすっごく柔らかくて美味い!家で母さんが作ったやつは、すぐ固くなっちゃうのに……これ、どの部分の肉?」

 風麻が不思議そうな顔をして聞くと、「胸肉だよ」と緑依風が答えた。


「えっ……お姉ちゃん、まさか自分のおっぱいを削って入れたの……!じゃあ、その膨らみは詰め物……」

 千草が自分の胸に手を当てながら言うと、緑依風は「バカ……鶏の胸肉に決まってるでしょ!」と、少々顔を赤らめて怒った。


「鶏胸肉ってこんなに柔らかくなるのか?うちでも、安いからって母さんよく使ってるけど、もっとパサパサしてた気がする……」

「下ごしらえ次第で柔らかくなるよ。確かに、もも肉の方がジューシーで美味しいけど、こっちの方が安くてたくさん作れるから!」

「あっ、唐揚げ……。俺の分、もうあと一個か……」

 一人四つずつと言われていた唐揚げを、あまりの美味しさにパクパクと食べていた秋麻は、がっかりとした顔で最後の一つを取る。


「秋麻、私のあげる」

 緑依風はそう言って、自分の唐揚げを取ると、それを秋麻のお皿に乗せてあげた。


「えっ、いいの?」

「うん、また作ればいいから」

「緑依風ちゃんサンキュー!!」

 秋麻は嬉しそうに唐揚げを一口で頬張り、「やっぱりうめ~っ!」と叫んだ。


「悪いな緑依風、作ったのお前なのに……」

「いいよ、秋麻があんなに喜んで食べてくれて嬉しいし」

「…………」

 風麻はツナマヨのおにぎりを食べながら、全員の顔を見回す。


 みんな笑顔で、あったかくて優しい空気に包まれている。


 以前、両親が留守中に食事で困っていた時も、緑依風は自分や兄弟達に美味しい食事を振舞ってくれた。


 あの時と同じように、緑依風や兄弟達と明るく楽しく食事を囲んでいる光景を眺めていると、風麻の心は幸せな気持ちで満たされていく。


「(そうだ……俺、緑依風とこうやってずっと一緒に過ごしたいって、子供の頃から思ってたんだ)」


 幼き日から、一番の親友で家族同然の存在だった緑依風と、大きくなっても、大人になっても離れることは無い――離れたくないと願っていた。


 それは、緑依風のいる日々がどんなものよりも楽しくて、心地良かったから。


 もし、緑依風がずっと共にいてくれたら、自分は死ぬまで一生、こんなに幸せな気持ちをいっぱい感じながら生きていけるのではないかと思った風麻は、愛おしい気持ちで緑依風を見つめる。


 緑依風はその視線に気づくと、はにかみながらも、ふんわりと優しい微笑みを返してくれた。


「(あぁ、好きだな……。大好きだ……!)」

 その気持ちを再確認すると、これまで散々悩んでいた告白のセリフは、全部どこかへと消えていった。


 無理してかっこつけたり、難しい言葉を使うのはやめよう。

 笑われるかもしれないけど、俺が今思う気持ちをそのまま全部伝えたい――。


 そう思った風麻は、静かに緑依風へ想いを告げる決意を固めるのだった。


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