第265話 ピクニック
次の日の朝。
十時半に家の前で待ち合わせをした、松山家の三姉妹と坂下家の三兄弟は、時間通りに家を出て「おはよう」と挨拶を交わし合った。
この日の緑依風の服装は、白いシャツの上にベージュのジップパーカー、下は水色デニムのショートパンツで、シンプルかつ動きやすいもの。
風麻はグレーのロゴ入りパーカーと、ボトムスは八分丈のデニムパンツ、くるぶし丈の靴下とスニーカーで、こちらも公園で思い切り遊べるファッションとなっていた。
風麻は、右手にお菓子が入ったスーパーの袋を。
左手にある大きな鞄には、バレーボールやバドミントンのラケットなどを入れており、「よっ……」と掛け声を上げてそれを肩に掛けた。
緑依風も、大きめのトートバッグに、はち切れんばかりのお弁当や荷物を詰めており、段差を下りる時、少しよろめいていた。
「おい、それ貸せ。重いだろ?」
風麻は緑依風に手を差し出した。
「大丈夫大丈夫!それに、風麻だって大荷物じゃない」
緑依風が空いてる手で風麻の荷物に指差すと、風麻は「秋麻、ボールの袋持ってくれ」と言って、肩に下げていた鞄を秋麻に渡した。
「お前はこっち頼む……それより軽いから」
「でも……」
緑依風が遠慮していると、風麻は緑依風のトートバッグに手を掛け、それを担いだ。
「あ……ありがと」
緑依風が風麻からお菓子の袋を受け取り、お礼を言う斜め後ろでは、千草と秋麻が口元に手先をかざしながらニヤリと笑っていた。
*
秋山公園へは直通のバスがあるので、みんなで徒歩十分程のバス停まで二列になりながら歩いて行く。
先頭には千草と秋麻、真ん中に優菜と冬麻がニコニコ楽しそうに手を繋いでおり、緑依風と風麻は最後尾で、弟妹達がふざけて車道にはみ出さないように見守りながら歩いている。
「……で、何か作戦思いついた?」
千草が後ろの姉達に聞こえぬよう、小声で秋麻に問う。
「……と、とりあえず、なるべく二人きりにしてやろうかと」
結局名案が浮かばなかった秋麻が、千草の顔を見ずに答えると、「それ、結局いつもと同じじゃん!」と、彼女は呆れ返りながら言った。
「お姉ちゃんは風麻くんと、優菜は冬麻と、私はあんたとって、決めたわけじゃないのに昔から自然にこうなってるし、今もそうだし」
「こっ、今回は違うぞ!兄ちゃん達に甘ったれのチビ達を引き離すんだ!」
「え~っ、それって私が優菜のお守りするってことじゃん~……」
「お、ま、え、な~っ……!」
コソコソと、前方で小さな言い合いを始めた千草と秋麻の様子を、後方にいる緑依風と風麻は、不思議な気分で眺めている。
「なんか、いつもよりおとなしくケンカしてるね」
内容は聞こえずとも、二人が何か揉めてることを察した緑依風が、風麻に話しかけた。
「まぁ、コイツらももうすぐ中学生になるわけだし、いつまでもギャーギャー騒いだり追いかけっこなんてしないよな」
風麻が普段の次男次女の行動を振り返りながら言うと、緑依風は「あっはは」と笑う。
「確かに。でも……私達も小六の頃までは、そんな感じだったよね。それが、半年後には中三。受験生か……」
「これから楽しいピクニックなのに、暗い話すんなよ……」
ため息交じりに言う緑依風に、風麻がヒクっと顔を引きつらせて言った。
*
バスが定刻通りに到着すると、六人は順に乗車していく。
「だれもいなーい!!」
「わたし、うしろのとこいくー!!」
貸切状態のバスにはしゃいだ冬麻と優菜が、一番奥の席に向かって走る。
「ちょっと!窓側譲ってよ!」
「反対側行けばいいだろ!」
「秋山に行く時は、こっちからの景色が好きなの!!」
後ろから二番目の座席では、千草と秋麻はまたいつも通りの様子でケンカを始め、お互いになかなか譲り合おうとしない。
緑依風は、妹と弟分の姿を見るなり、「優菜、冬麻、椅子の上に乗るなら靴脱いでからね。千草達は少し静かに……誰もいなくてもみっともないよ」と、母親のような口調で
「私、一番後ろのこっち側座ろうっと」
緑依風が最後列の優菜達とは反対側の窓際の席に腰掛けると、「じゃ、俺も……」と、風麻が緑依風の隣に座る。
「あ……」
風麻と肩が触れ合い、緑依風の頬がぽわっと色付く。
「ん?どした……?」
「ううん、なんでも……」
「そ、そっか……」
平然を装いながらも、風麻も彼女の反応を意識するようにまごついているところで、バスが次の目的地に向かって動き始めた。
バスが走り出して速度が一定に保たれると、風麻が「ふぃ~っ」と息をつきながらトートバッグを担いでいた肩をほぐす。
「ごめんね……鞄重かったでしょ?」
緑依風が荷物を代わりに持ってくれた風麻に謝ると、「お前どんだけ作ったんだ?大変だっただろ?」と、彼はトートバッグの紐が肩の皮膚にめり込みそうなくらい、中身が詰まった弁当の量を想像する。
前日スーパーで買い物カゴの中を見た時にも、やたら食材が多いなとは思っていたが、彼女はその後も「買い足す」と言っていた。
こちらが気を使わないように振る舞うのが常である緑依風の性格からすると、彼女や妹達が食べたい物だけなんてきっと嘘で、偏食の多い三兄弟が食べれる物だって追加で準備しているに違いない。
「お姉ちゃん、朝五時半から作ってたんだって。私らが起きて来たら、もうお弁当詰め終わってたんだもん」
千草が前の席から頭を覗かせ、今朝の緑依風の頑張りを伝える。
緑依風と妹達の分だけなら、そんなに早起きせずともよかったはずだと思った風麻は、「すまん、やっぱり母さんに頼めばよかったな……」と、申し訳なさそうに肩を落とすが、緑依風は「謝らないでよ~!私が好きでしたんだからさ!」と、明るい声で言った。
「昨日も言ったけど、作り甲斐あって楽しかったし……っ、ふあぁ~っ」
そう話してる途中で、緑依風が両手で顔を隠しながらあくびする。
「眠いだろ。公園までかなりあるし、着く前に起こすから寝てていいぞ」
「ん~……」
目元を手で軽くこすりながら返事をした緑依風は、「そうだね……じゃ、少しだけ寝るよ……」と言って、窓辺にもたれながら目を閉じた。
早起きと軽い疲労感、そしてバスの程よい揺れ心地によって余程眠かったのか、彼女はすぐに寝落ちし、静かになった。
優菜と冬麻も、反対側の席で寄り添うようにして眠っている。
「あ~あ、乗ってる間ヒマだなぁ~。しりとりでもする?」
「ヤダね。お前いつもおんなじ文字で終わるやつばっかで攻めてくるじゃん。続ける気ねーだろ」
「お前ら、もう少し静かな声で話せよ。緑依風達起きちゃ――」
風麻が弟達に注意してる最中、バスがくぼんだ道の上を通過し、ガタンと音を立てて大きく揺れる。
「…………!」
その揺れの弾みによって、窓に寄りかかって眠っていた緑依風の体が、トンッと風麻の方へと倒れてきた。
深い眠りに入った緑依風は、起きずに風麻に身を任せたまま眠り続けている。
眠っている表情は普段よりあどけないのに、開いたパーカーの間から見える、鎖骨辺りの白い肌や形のいい唇がとても色っぽくて、風麻は思わず目を逸らす。
「……無防備すぎだろ」
恥ずかしいやら、愛おしいやら、むず痒い気持ちで手が汗ばんでくると、正面の席にいる秋麻が、兄の様子を座席から半分だけ顔を出して眺めている。
「兄ちゃん、顔赤いよ」
秋麻に指摘されると、風麻は「うるせぇ……」と言って、情けない顔をそっと片手で隠すのだった。
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