第264話 次男と次女の密談
緑依風に告白する練習を弟達に聞かれていたダメージから、なんとか立ち直ることができた風麻は、二人を連れて駅前のスーパーを訪れていた。
風麻がカゴを持ち、兄弟三人でお菓子売り場へと向かうと、秋麻が好きなアニメの絵がプリントされた、カードやシール入りの菓子を「これと、これと……」と、ポイポイカゴの中へ投げ入れていく。
「おい、秋麻……食玩系はダメ。みんなで食えるやつにしろ」
風麻がカゴの中に入った物を棚に戻しながら言うと、秋麻はちぇっ、と口を鳴らし、「ケチ兄貴」と悪態をついて、別のお菓子売り場へと移動した。
「えーっと、ポテチとマーブルチョコ、冬麻の好きなラムネと……あとは~」
「お兄ちゃん、これもいい~?」
冬麻が、鮮やかな赤色の箱を掲げながら、風麻に問う。
「いいぞ。ラズベリー味のチョコビスケットか……初めて見るけど、冬麻これ好きなのか?」
「ううん、緑依風ちゃんがすきなんだって!」
「緑依風が?」
風麻が尋ねると、冬麻は「うん!」と頷いた。
「優菜ちゃんにおしえてもらったの。お姉ちゃんがこれおいしいっていってたって!だからたべてみたい!」
「へぇ~?……そういや、緑依風ってラズベリーのアイスとかお菓子よく食べてた気がするな……」
緑依風は元々好き嫌いが少ない子だったので、特にこれといった好物はあまり気にしたことが無かったが、よくよく思えば、彼女はラズベリー味のものを選ぶことが多かったなと風麻は気付く。
風麻が他にもラズベリー系のお菓子が無いかと棚を眺め始めると、「あっ、冬麻くんみーつけた!」という声と同時に優菜が現れた。
「わっ、優菜ちゃんだ~!」
小さな星型せんべいをカゴに入れていた冬麻の背に、優菜が抱きつくと、彼は少し驚きながらも嬉しそうにはしゃぎ声を上げている。
「あれ、優菜がいるってことは……?」
風麻がもしやと思って後ろを振り返ると、「優菜~っ、お店の中走っちゃ危ないでしょ!」と、彼と同じように買い物カゴを下げた緑依風がやってきた。
「あ、風麻」
「おう、お前も買い物か?」
「うん。千草と優菜と一緒に、お弁当の食材買いに来たんだ。そっちもお菓子買いに来たの?」
「ああ……適当に選んでるから、似たようなのばっかになって来たけど」
ポテチとスティックタイプのポテト菓子。
チョコレート菓子が三つと、星型塩せんべいに揚げせんべい。
ラムネとグミが乱雑に入ったカゴの中身を覗きながら風麻が言うと、風麻と一緒にカゴを覗き込んだ緑依風が、「あ、これ好き」と言って、ラズベリーのチョコビスケットを手に取った。
「このお菓子、期間限定品なんだけど、甘酸っぱくて美味しいんだ!」
緑依風はそう言って、微笑みながらお気に入りのお菓子のパッケージを見つめる。
「緑依風、ラズベリー好きだもんな」
「うん、フルーツの中で一番好き!……って、あれ?私、風麻にラズベリーが好きなんて、話したことあったっけ?」
彼に好物の話なんて言ったことも聞かれたことも無かったと思った緑依風は、首を傾げながら聞く。
「いや……でも、見てたらわかるよ」
風麻がふっと、柔らかく笑いながらそう言うと、緑依風も「ふふっ」と、嬉しそうに顔を綻ばせて、「そっか……」と言った。
二人の間に和やかな空気流れ、風麻が幸せな気分に浸っていると、斜め下からそんな自分達を生温かい目で眺めている人物がいる。
いつの間にか戻って来ていた秋麻が、ニヤニヤと面白い物を見るような顔をして立っていた。
風麻がハッとその視線に気付いた途端、秋麻ははわざとらしく余裕のある動きで顔を逸らし、「さーて、俺千草探して、駄菓子でも見てこよっと!」と言って、再び姿を消した。
「アイツ……兄貴をからかいやがって~……」
風麻が悔しそうに口の動きだけで言いながら、緑依風の買い物かごを見ると、彼女のカゴには鶏肉、玉子、野菜やハム、パンなどたくさんの食材が詰め込まれている。
「なんか、色々多くないか……?作ってくれるのは嬉しいけど、大変だろうし、おにぎりだけとかでも全然いいからな?」
作る手間暇だけでなく、費用面でも申し訳なく思う風麻が言うと、緑依風はニコニコした顔で、「せっかくのピクニックだもん」とカゴの中に視線を落とした。
「それに、これ妹達が食べたいって言ったおかずと、私が食べたい物ばかりだから!」
「まぁ、それならいいけど……」
「……さてと。私、他の売り場も見に行きたいから。バイバイ!」
緑依風がそう言って手を振り、立ち去ろうとすると、風麻も「おぅ、また明日……」と手を振り返した。
「…………」
緑依風の姿が見えなくなると、風麻はラズベリーのチョコビスケットをもう一つカゴの中へと入れる。
明日みんなで食べる前に、緑依風の好きな味を知っておきたいと思ったからだった。
*
その隣の陳列棚――駄菓子や知育菓子の売り場の前では、秋麻が千草と共に小さく座り込みながら、通りがかった兄達に聞こえぬよう、コソコソととある話を伝えていた。
「えっ……それ、ホント?」
千草は、一歳からの幼馴染である秋麻の話を、疑心暗鬼な気持ちで聞き返す。
「ホントも何も……。ここに来る前、隣の部屋から兄ちゃんが緑依風ちゃんに告白する練習してるの、ずっと丸聞こえだったんだよ」
秋麻は、参ったと言わんばかりに両手のひらを上に向け、兄の様子を語った。
「俺らの部屋がある壁に向かって、「緑依風、俺の女になれ」とか「好きだ、付き合ってくれ」とか、他にもなんかクソダサな言葉で練習してた……」
げんなりとした顔の秋麻に対し、千草は「ブフォッ……!なにそれヤバ……っ、想像するだけで腹筋死にそう……っ!」と、笑いを堪えている。
「……でもさぁ~!風麻くんがお姉ちゃんのことそう思えるようになったのは嬉しいかな。うちのお姉ちゃん、呆れるくらい風麻くんのこと好きすぎるのに、風麻くんは全くそんな気感じなかったから」
千草が、笑いを我慢し過ぎて滲み出た涙を拭きながら言うと、秋麻は「我が兄貴ながら情けねぇ……」と、ため息をついた。
「んじゃ、早速お姉ちゃんに報告してこよ――……」
「バッ……ちょっ、待て待て待て!!!!」
緑依風にその件を伝えるため、立ち上がろうとする千草の耳を、秋麻が咄嗟に摘まんで引き留める。
「いったいなっ!引っ張ることないでしょっ!!」
千草が耳を押さえながら怒ると、「お前こそバカかー!!」と、秋麻も言い返す。
「何が?」
「俺の兄ちゃんのプライドも考えろよ……。緑依風ちゃんになんて伝えようか一生懸命考えて練習してるのに、それ全部パァにする気か?」
秋麻が声のボリュームに気を付けながら千草に注意すると、彼女はむぅっと口を尖らせ、「だって……これ以上グズグズされるなら、こっちから教えてあげた方が早いじゃん」と言った。
「うちのお姉ちゃんだって、何年待たされてると思ってんの……?」
「それもわかってるよ……」
「じゃあ……!」
「だ、か、ら……!もう、待たせない……!」
「?」
「決戦は、明日だ……!」
「明日?」
秋麻はコクっと頷くと、真面目な顔で、声も低く潜めるようにして、千草の目を見る。
「……明日のピクニックで、兄ちゃんが緑依風ちゃんに告白しやすい空気を、俺らで作ってやろうぜ」
「私らで~?どうやって……?おチビ二人もいるのに?作戦とかあんの?」
「そこは……まぁ、その状況によりけりで、考えるけど……」
「なぁんだ……ノープランってことじゃん……」
千草が、無計画な彼の言葉にしけた顔になると、秋麻は「と、とにかくだ!」と千草の両肩を掴む。
「……いいか、明日は俺達の兄ちゃんと姉ちゃんがくっつくチャンスだ!だから、お前も協力しろよ」
「…………」
秋麻に真剣な眼差しで訴えられると、千草もちょっぴりやる気が出てきたようだ。
「……マシュマロパイ一個で手を打つわ」
そう言って、千草が交換条件を示しながら手のひらを差し出すと、秋麻は「よし乗った!」と威勢のいい声を出し、がっちり握手を交わした。
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