第19章 今も昔も、これからも…

第263話 行楽日和


 須藤との騒動から約一週間が過ぎた。


 晶子によると、水曜日の朝礼で、竹田先生から彼が急遽転校することになったと告げられたらしい。


 詳細は明かされなかったが、夏城町から遠い場所――とだけ、竹田先生は説明した。


 須藤が暮らしていた家も、近々売却する話が進められているそうで、晶子曰く、世間体を何よりも気にする須藤夫婦は、息子が大問題を起こしたことを、近所の住人に知られる前に逃げてしまおうという魂胆だろうと語っていた。


 *


 日曜日。


 前日の土曜日に体育祭を終え、今日と明日は休み。

 世間も明日の月曜日は祝日のため、三連休となる人も多いようだ。


 午後三時過ぎになると、緑依風は末っ子の優菜とおやつを食べながら、テレビの天気予報を眺めていた。


「明日は一日中晴れる見込みで、まさに行楽日和といった天気になるでしょう!」

 お天気キャスターがそう説明すると、緑依風の手作りマフィンにかぶりついた優菜は、「お姉ちゃん、こーらくびよりって、なに?」と、口の中をもぐもぐさせながら聞いた。


「ん?えーっと、ピクニックするのにとってもいい日……ってことかな?」

「ピクニック!?」

 緑依風から説明を聞いた途端、優菜がソファーから立ち上がり、パァッと表情を輝かせる。


「お姉ちゃん!ピクニック!ピクニックいきたい!!あしたいこうよ〜!」

 マフィンを持ったままソファーの上で飛び跳ね、おねだりする優菜。


「ちょっ、優菜!おやつ食べながら暴れちゃダメ!……それに、明日もお父さんとお母さんお仕事だよ?」


 祝日のお店は繁忙日。

 優菜がピクニックに行きたい気持ちはわかるが、そんな日に店長と副店長の両親が家族サービスのために急に休むのは、他の従業員に示しがつかない。


「じゃあ、お姉ちゃんたちといきたい〜!おねがいつれてってぇ〜!!」

 優菜はどうしても行きたいようで、緑依風の服にしがみつきながら懇願する。


 緑依風は「うーん……」と悩んだが、可愛い妹のお願いの仕方に負けたように笑うと、「わかった」と言って、優菜の要望を聞き入れることにした。


「それじゃ、お弁当はお姉ちゃん作るから、千草と三人で行こうか?」

 緑依風が三姉妹だけでピクニックに行くことを提案すると、「冬麻くんも!」と優菜が言った。


「えっ、冬麻も?」

「あと、秋麻くんと、風麻くんもさそって、みんなでいこうよ!」

「……みんなで、か」

「こーらくびよりなんだよ?冬麻くんたちもいたら、きっともっとたのしいよ!」

「ん~……そうだね!誘ってみようか!」

 緑依風が賛成すると、優菜は「やった、やった~!!」とまた飛び跳ねて喜び、緑依風は食べ終わった物の後片付けをした後、風麻に電話して聞いてみることにした。


 *


 その頃。


 風麻は真剣な顔つきで部屋の壁を見つめ、深く呼吸をしながら頭の中に浮かべた言葉を述べようとしていた。


「――好きだ!付き合ってくれ!!……うーん、なんか固いしありきたりだな……」

 腕を組み、首を捻って呟いた後、彼はまた集中力を高め、思いついたままのセリフを口にする。


「……緑依風、俺の女にならないか!?……いやいや、待て待て。こんな上からな物言いじゃ、「は?」って顔されるよな。う~ん……」

 冴えないセリフにしかめっ面になりながら、もう一度頭の中で言葉を組み立て直す。


「おっ、おれは、お前のことが好きになった!何故かというと……いうとぉ~……」


 二秒、三秒――。


 そのまま続きの言葉が出ずに行き詰った風麻は、「だぁぁぁ~っ!!!!」と大声を上げ、髪をクシャクシャにした。


「ダメだ~……考えれば考える程わからなくなる〜っ!!!!」

 風麻は頭を抱えたまま、カレンダーがある方向へと視線を移す。


 爽太から緑依風の気持ちを聞いて、すでに五か月が経過している……。

 緑依風の告白をきちんと受けてからも、もうすぐひと月が過ぎようとしていた。


 緑依風のことが好きだと認め、須藤の一件でこの先も彼女のそばにいたいと感じ、返事を返す決心もしたが、肝心の言葉があれから一週間半経っても決まらない。


「体育祭までに言おうと思ってた……体育祭には絶対言うぞって思ってた……のに」

 風麻はスマホを手にし、自分の検索履歴を見る。


『好きな子 返事 セリフ』『告白 男 タイミング』『男 告白 セリフ』などなど、ネットに何かいいアドバイスが載っていないかと調べ続けたが、キザすぎたり、自分のキャラじゃないセリフや、緑依風の気持ちがむしろ冷めてしまいそうな言葉ばかりで、何にも参考になりゃしないといった結果だった。


「はぁ~……。爽太と直希に聞いても、あの辺はあいつらあんまり詳しく教えてくれねぇし……だからといって、中途半端でテキトーな告白なんてしたくもねぇし……」

 ベッドにうつ伏せになりながら寝転がり、もう一度緑依風への愛の言葉を考え始めた時だった。


 手に持っていたスマホが鳴り、画面には今、ちょうど思い浮かべている最中の緑依風の名前が表示されている。


「む……?ぉわっ、このタイミングでかよ!?」

 風麻は、ちょっぴり焦った気持ちを落ち着かせるため、拳で胸元を軽くトントンと叩くと、普段通りを装いながら通話ボタンを押し、「おう、どうした?」と言った。


「うん、あのね……明日ヒマ?」

「明日?まぁ、部活も何もないけど……?」

「実は、優菜がみんなでピクニックに行きたいって言ってて、予定無かったら、一緒にどうかなって?」

「ピクニック!?行く行く!!多分、秋麻も冬麻も行きたがると思うぞ!」

 風麻が乗り気な声で賛成すると、電話口の緑依風は「よかった」と言った。


「場所は、遊ぶ所がいっぱいあって、原っぱも広いから、秋山公園に行こうと思ってるんだけど、お弁当は私がみんなの分も用意するから、風麻達は飲み物だけ自分達の分用意してくれる?」

「え……俺らの分もお前が作るのか?大変だろ、母さんに頼むよ……」

 緑依風がどんなお弁当を作るのかは不明だが、三姉妹と三兄弟。


 それも育ち盛りの年頃の分を六人前となると、かなりの量となると思った風麻は、緑依風にそう申し出るが、彼女は「ううん、誘ったのはこっちだし!」と、用意する気満々のようだ。


「悪いな……じゃあ、作ってもらう代わりに、おやつのお菓子とかはうちで買う!弁当よろしくな」

「うん、任せて!六人分とか作り甲斐があって楽しみだよ!」

 その言葉通り、ワクワクしたような声色で言う緑依風は、集合時間を告げ、レジャーシートも持ってきて欲しいと風麻に頼むと、「じゃ、また明日ね」と言って、電話を切った。


 風麻もすぐ、一階にいる母の伊織にピクニックのことを説明し、おやつと飲み物代をもらうと、もう一度二階に戻って、弟の秋麻と冬麻がいる部屋へと向かった。


「おーい、明日緑依風達とピクニック行くことになったから、今からおやつ買いに行くぞ~」

 風麻がドアを開けて声を掛けると、冬麻は「ピクニック!?いく~っ!!」と大喜びするが、普段こういったものが好きなはずの秋麻は、風麻を見るなり目を逸らし、「あ~、うん……」と、気の無い返事をした。


「……どうした?ピクニック行きたくねぇのか?」

「いや……ピクニックは楽しみだし行きたいけどさ……」

 風麻が近寄ると、秋麻は恥ずかしそうな、気まずそうな表情で風麻と目を合わせ、冬麻はキョトンと丸っこい目で兄二人の様子を眺めている。


「聞くつもりは無かったけど、聞こえちゃったから言わせてもらうな……。兄ちゃんが緑依風ちゃんに告白する練習、俺らの部屋に筒抜けだから、気を付けて」

「――――!!」

 秋麻にそう言われた途端、風麻の全身はカッと、一気に赤く染まり、羞恥心に耐えられず、床へと崩れ落ちる。


「……あと、あのセリフはやめた方がいいよ。びっくりするぐらいダサかったし」

 更に追い打ちのような言葉が、風麻の心にグサグサと突き刺さる。


「……さてと。俺、靴下探してこよ~っと」

「ぼくトイレ!」

「~~~~っ」

 弟二人が部屋から出ていった後も、風麻はしばらくその場でうずくまり、顔を押さえて見悶えるのだった。


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