第257話 文化祭(前編)
九月、最後の土曜日。
夏城中学校では文化祭が開催される。
土曜日は本来なら休みなのだが、二学期は毎年、文化祭と体育祭のみ土曜日も登校日となり、代わりに月曜日が休みとなる。
開会式。
体育館に集められた全校生徒は、校長先生の挨拶を聞き、次に生徒会長から文化祭を楽しむ上での注意事項などを聞く。
それらが終わると、今度は先生達による余興が行われた。
教員達による今年の催し物は、新しくやって来た転校生と仲良くなる物語の寸劇で、最後は腕を組み、みんなで仲良く歌ってハッピーエンドという形で締めくくられた。
夏城中学校の生徒役になった先生達は、それぞれ男子の制服、女子の制服を身に纏っており、女子生徒役の一人で、この学校の卒業生でもある波多野先生は、十年以上前に自分が着ていた本物の制服をわざわざ引っ張り出してきたらしい。
星華は、「ぴょん~っ!セーラー服が泣いてるぞ~!」と、肩や胸囲がパツパツ状態になっている波多野先生にヤジを飛ばしたが、緑依風は、男勝りでかっこいい大人の女性の波多野先生も、十三年前までは自分達と同じ中学生だったんだと思えて、なんだか少し身近に感じられた。
*
余興が終われば、一年生は合唱、二年生は展示、三年生は午前中は自由時間で、午後から演劇となる。
二年生の展示も交代制なので、教室での見張り担当以外の生徒は自由時間だ。
三組では緑依風と風麻、亜梨明は他の生徒と共に最初の見張り番となり、奏音と直希は二番目の見張り役となったので、先にそれぞれのパートナーと一緒に一年の合唱を聴きに行くらしい。
一時間後。
交代時間になると、緑依風は風麻と。
亜梨明は爽太と一緒に文化祭を見て回るため、それぞれ別行動となった。
「ねぇねぇ、爽ちゃん!PTAの人達のとこでご飯食べよ!フライドポテトあるんだって!!」
「うん、いいよ!……じゃ、風麻達も楽しんで!」
「お~、いってら~!」
風麻達に軽く手を振った爽太は、そのまま自然に亜梨明と手を繋ぎ、生徒や訪れた保護者が行き交う廊下を彼女と仲良く歩いて行く。
「(いいなぁ……)」
友人二人の後姿を見た緑依風は、声に出しそうになった言葉をグッと飲み込む。
夏休みに病院でデートをしていたとは聞いていたし、亜梨明が学校に来られるようになってからも、爽太が彼女に対して、これまでとは違う様子なのは見ていたが、目の前で恋人らしい光景を目にすると、両想いになれた二人が羨ましくて憧れる。
「さて、俺らも行こうぜ!」
「あ、うん……!」
周りから見た自分達は、どう見えるんだろう?
恋人同士に見られたらいいな。
そしていつか、本当の恋人同士になれたらいいな……。
そんな風に思いながら、緑依風は風麻と共に、四組の展示から見に行くことにした。
*
四組の展示物のテーマは、お化け屋敷と並んで毎年恒例の『水族館』だった。
ただし、去年海生達が造り上げた世界観とは異なり、吊るされた魚のオブジェなどは無く、パーテーションに貼られた青い布に魚の絵が貼り付けられていた。
そして、出口には綺麗な人魚姫のイラストが大きく描かれていて、前方にいる女子生徒はそこで記念撮影を楽しんでいた。
続いて、星華や爽太が所属する、一組の展示を見に訪れた緑依風と風麻は、教室に入った瞬間、「うわ……」と声を上げた。
教室内は、ほぼ全て甘くて可愛いピンク色。
他のクラス程、パーテーションを使ってスペースを仕切られていないが、五つのフォトジェニックスポットが作られていて、流行りのラブソングもBGMとして流されている。
緑依風と風麻が室内を見渡すと、黒板にカラフルな風船がたくさんくっついていて、その風船の紐に掴まるポーズをする生徒。
中央に立てば背中に羽が生えたように見える場所で、「やば~っ、かわいい~♡」と喜ぶ生徒。
ピンク色の壁に大きく描かれたハートマークの前で、お互いの手を使ってハートを作り、見張り役の生徒に写真を撮ってもらうカップルなどなど、まさに星華のこだわりが詰まった空間となっている。
「どう?すごいでしょ?」
そう聞いて二人に近付いてきたのは、波多野先生だ。
「すごいっスね……ホントに」
「まぁ、ちょっと派手過ぎる気はしたけど、実際可愛いしウケてはいるからね!展示コンテストの優勝も狙ってるし!」
合唱、展示、演劇では、生徒や教師陣からどのクラスが一番素敵だったかアンケートを取り、投票数の多かったクラスが優勝となるのだが、どうやら波多野先生は、最初から勝ちに行くつもりで星華の提案を受け入れたらしい。
「男子は反対しなかったのか……?」
「まぁ、全員とまではいかないだろうけど、意外と男子勢もみんな乗り気だったよ?日下なんて、羽の角度とかバランスにめちゃくちゃこだわってて、空上の方が先に参ってたもん!……さ、あんたらも写真撮っておいで!」
波多野先生は緑依風と風麻の肩をポンッと叩いて前に送り出すと、四人組の生徒に頼まれてスマホを受け取り、撮影を始めた。
「……俺、こういうの苦手」
「うん、知ってる。見るだけにしようか……」
本当は風麻と一緒に可愛いモチーフを背景に撮りたかった緑依風だが、この空間にいるだけでも恥ずかしそうな風麻の気持ちを優先し、風麻とツーショットではなく、それぞれのアートだけを撮って、退散することにした。
*
「はぁ~っ、あの世界にいるだけで全身がキュッってなるぜ……」
一組の教室を出た後、風麻がまだムズムズする腕を擦りながら言った。
「あはは、前にあんな感じの雑貨が売ってるお店に行った時も、風麻の顔、注射を我慢する子供みたいになってたもんね!」
「一瞬で終わる注射の方がマシだ!……あっ!」
二組の教室から、爽太と亜梨明が大笑いしながら出てきたのを発見し、緑依風達が近付くと、「あ、二人ともこれから?」と、亜梨明が扉の前の看板に指を差した。
【2-2 恐怖のお化け屋敷】と書かれた看板を見て、緑依風が表情を渋らせる。
「二組のお化け屋敷すっごく楽しかったよ!ねっ、爽ちゃん!」
「うん!メイクも設定もこだわってたし、二人も行ってきなよ!」
「日下はいかにも平気そうだけど、亜梨明ちゃんもこういうの大丈夫なんだ……?」
緑依風が意外に思いながら言うと、「だって、作り物だってわかっちゃってるから!」と、亜梨明はケロっとした顔で言った。
亜梨明と爽太が、次に一組の展示で一緒に写真を撮るのだと言って去ると、緑依風達は二組の入り口前にできている列に並んで、順番を待つ。
暗幕に閉ざされた教室内からは、「キャーッ!」と誰かの悲鳴が廊下まで響き、その次に入った男子生徒も、外に出てくると「最後マジ無理、夢に出そう」と、青ざめた顔になっていた。
「大丈夫か?」
緊張でカチカチに強張っている緑依風の顔を、風麻がそっと覗き込む。
「緑依風はオバケとか驚かされるの嫌いだろ?俺ん時も遠慮してくれたし、ここはやめて他行く?」
「ううん、行く……晶子も、見に来て欲しいって言ってたし」
二組は晶子のいるクラスで、彼女はちょうどこの時間中にオバケ役になっているらしい。
苦手でも、親友の頑張る姿は是非とも見に行きたい。
いよいよ緑依風と風麻の順番がやって来た。
「それでは~途中にあるお札を取って、出口に向かってください~」
入り口で、雪女の格好をする女子生徒に案内され、中へと進む緑依風と風麻。
時刻はそろそろお昼時だというのに、黒いカーテンで遮光された教室は夜のように真っ暗で、ヒュ~ドロドロ……と、お化け屋敷に欠かせない効果音も流され、一気に不気味さが演出されている。
「わ、足元……」
敷物の下に何か柔らかい物でも詰めたのか、いつもの固い床ではなく、デコボコとした道になっている。
「躓かないように気を付けろ……」
「うん……」
風麻に注意を促され、緑依風が返事をした途端、「ワァ!」と顔に白いお面をつけた男が横から出てきた。
「きゃあ!」と、緑依風が短く悲鳴を上げると、風麻は「いやいや、こんなんで……」と、早速驚いてしまう緑依風を笑っている。
「いかにもそこから出てきそうだったじゃん」
「そ、そうだけど……ッヒ!?」
斜め前方に、白目を剥いて血まみれの、子供の生首が落ちている。
「ワ、ワタ……シノ、アカ、チャン……シリ、マセンカァ~?」
誰かが肩を叩いてきたと思い、緑依風が振り返ると、今度は同じく顔から血を流す、白い着物を着た女がニタリと笑いながら話しかけて来た。
「…………ッ」
緑依風が短く喉を鳴らして、固まると、女は「アッ、ミツケタァ~」と、生首を拾って、「カワイイデショォ~?」と言いながら、去っていった。
その後も、緑依風は上から釣り糸に揺られて首筋に当たった、こんにゃくならぬ冷たい濡れタオルに叫び、風麻が道中で入手せねばならないお札を取った瞬間に出てきたオバケに足首を掴まれて叫び、まだ出口まで三分の一も道のりが残っているというのに、すでに半泣き状態になっていた。
「ちょっ、大丈夫か……?」
緑依風が元々臆病だということは知っていた風麻も、流石にここまで怖がりだったとは思わなかったようで、最初はちょっとしたことでびっくりする彼女を笑っていたが、段々可哀想な気持ちになってきたようだ。
「お疲れ様でした」
やっと出口前まで辿り着き、椅子に座った、お坊さんの格好をした男子生徒が丁寧にお辞儀をして、声を掛ける。
「それでは、最後に除霊を行います。こちらのライトを当てますね」
カチッと、取り出した懐中電灯のスイッチを押して、緑依風と風麻に光を当て始めるお坊さん。
何故、懐中電灯?と、疑問に思う二人だが、お坊さんはササッとライトで全身を照らすと、「では、今度は背中の方も祓いますので……」と、後ろを向くように指示を出す。
二人がお坊さんに言われた通り、後ろを向いた時だった。
いつの間にか、長い髪を前に垂らし、赤いワンピースを着た女がそこに立っていて、お坊さんの当てたライトに照らされている。
女が項垂れた頭をゆっくりと上げていくと、髪の隙間から白塗りの顔、耳元まで広がる剥き出しの白い歯と真っ赤な唇が現れる。
「ワタシッテ……キ、レ、イ……?」
二組の教室から、二人分のけたたましい叫び声が、廊下いっぱいに響き渡った。
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