第256話 二人で!


 週明けの昼休み。

 梅原先生に職員室に呼び出された緑依風は、嫌がらせをしていた犯人が見つかったと報告を受けた。


 梅原先生は、その犯人は二組の生徒だったと告げつつ、名を伏せ、担任の竹田先生から注意をしてもらったと緑依風に言った。


「もうしないって、反省してくれたみたい。解決してよかったわ。でも、また何か困ったことがあったら、いつでも相談してね!」

「はい……」

 付き添ってくれた友人達と共に職員室を出て、教室に戻ると「な~んか梅ちゃんの方が安心してない?」と、星華が言った。


「まぁ、担任初めてだって言ってたし、梅ちゃん先生も不安だったんでしょ」

 奏音が机の上で肘をついた方の手に顔を乗せ、苦笑いしながら言う。


「でもこれで、もう大丈夫なんだよね?よかったね、緑依風ちゃん!」

「うん……。反省してくれてるなら、もういいんだけど……」

 そうは言いつつ、浮かない顔で下を向く緑依風に、亜梨明は「どうしたの……?」と心配し、理由を尋ねる。


「……風麻に、あまり人にお節介するなって言われてたのに……ついつい手を出しちゃうから、こんなことになって……。須藤くんには勘違いさせて……亜梨明ちゃん達に迷惑かけて……特に風麻には、部活中まで気を遣わせたし――?」

「お前はまだそんなことを気にしてんのか……」

 緑依風が話している途中、通りすがりの風麻が呆れた顔をしながら、未だ気に病む彼女の頭頂部に拳を置き、嗜めるように言った。


「だって、本当のことだし……」

「……まぁ、お節介は今後控えた方がいいとして……今日も、俺の部活終わるの待ってろよ」

「えっ?」

 風麻は緑依風にそれだけ伝えると、直希の元へと去っていった。


 緑依風がポカンとした顔をしながら、先程まで風麻の手が乗せられていた部分を撫でると、二人のやり取りを微笑ましく思った亜梨明がクスッと笑う。


「大事にされてるね~緑依風ちゃん!」

「でも、もう解決したし……一人で帰れるのに……」

「甘えればいいじゃない。坂下がそうしたいって言うんだからさ!」

「そうそう!どーんと甘えちゃえ!!」

「うーん……」

 緑依風は奏音と星華の言葉を聞きながら、窓辺で直希とお喋りする風麻を見る。


「(甘えるのはいいんだけど……)」


 風麻といられるのは嬉しい。

 風麻を待つことも構わない――が、緑依風には他にもそれを懸念する理由があった。


 *


 男子バレー部の部活動が終わり、緑依風が玄関口の手前の壁にもたれながらぼんやりしていると、「お待たせ!」と、まだ荷物をスポーツバッグの中に詰め込みきれていない状態の風麻が、更衣室からバタバタと慌てるように出てきた。


「急がなくてもいいのに……」

 よく見れば、シャツのボタンは掛け間違え、髪も乱れたままの風麻。


 そんな彼に、緑依風はますます急かしてしまうことを申し訳なく思うが、風麻は「ただでさえ待たしてるんだから急ぐよ」と言って、垂れ下がっていたタオルをギュッギュと、鞄の中へと押し込んだ。


 靴を履き替え、並んで歩き出した二人。


 正門まで近付いてくると、風麻は手櫛で髪を整えながら「あれ?スマホどこしまった?」と言って、鞄のファスナーを開け、「あっ、ボタンなんか変じゃね?」と、ようやく自分の服装のおかしさに気付き出す。


「ほらね、毎回大変でしょ?」

 ボタンを掛け直す風麻を見ながら、緑依風は「はぁ……」とため息をつく。


「まぁ、大変っちゃ大変だけど……」

 風麻がそう言ったところで、彼のお腹からぐぅぅ~と空気の音が響き、緑依風は「はい、これあげる」と通学鞄のポケットから、こっそり持ってきたゼリー菓子を取り出した。


「おっ、サンキュ!」

 疲れて甘い物が欲しかった風麻は、すぐさま受け取ったゼリー菓子の袋を開け、ポイっと口の中に放り込む。


「……それに、日下達とお喋りとかしなくていいの?風麻が一緒に帰ってくれるのは嬉しいけど、そのせいで風麻の時間奪っちゃうのは……」

「なんか、さ……引っかかるんだよ……」

 まだ口の中のゼリーを飲み込み切れてない風麻が、モゴモゴした声で言った。


「ゼリーが?ザラメついてるから?」

「そーじゃなくて、須藤のことだよ……」

 風麻はゼリー菓子を全て飲み込むと、難しい顔になって話す。


「……あっさりすぎないか?」

 あまりにあっけなく解決したことを怪しむ風麻に、「竹田先生に注意されて、反省してくれたんでしょ?」と、緑依風が言った。


「今朝も帰りも、靴箱に写真入ってなかったし。バレて怒られて、もうしないって思ってくれたんだよ、きっと……」

「本当にそうならいいけど……でも、なーんか逆に気味が悪いんだよなぁ~……」

 風麻はそう言いながら、須藤に突き飛ばされた時の彼の目、憎しみの込められた「お前さえいなければ!」という声を思い出す。


 須藤は校内でも下校時でも盗撮を繰り返し、緑依風と仲の良い自分にまで何かを企む程、粘着質で嫉妬深い性格の人間だ。


 思い過ごしであればいい。

 根拠はないし、ただの勘だ。


 でももし、すんなり諦めたのではなく、また別の計画を企てていたとしたら……?


 ストーカー被害のニュースは、テレビで何度も目にしていた。


 それでも今までは、自分は男だから関係無いと、気にも留めなかった――が、今回緑依風が被害にあったことで、それは他人事ではないと感じ、風麻自身も怖くなる。


 被害者の中には、命を奪われてしまう者がいた。

 もし、緑依風がそうなってしまったらなんて、想像したくもない。


「――とにかく、俺のことは気にしなくていいから、完全に安心できるようになるまで、まだ帰り道に一人になるのはやめてくれ」

 風麻が真面目な表情で告げると、緑依風も彼の不安な気持ちを汲み取り、「わかった……」と言った。


 *


 文化祭まで、あと二日となった。


 校内では、すでに半分お祭り気分のような者達がいて、自由時間には誰と見て楽しむか、どこから催し物を見るかなどを相談しあう姿も多い。


 三組の教室でも、昼食を食べ終えた星華が遊びにやって来て、文化祭当日のことについて話に来たようだ。


「ねぇねぇ!今年はどうする?決めてないなら私決めてもい~い?」

 ワクワクウキウキしたオーラが全身から溢れ出している星華に、「見張りの時間が被らなかったら、みんなで一緒に回るんじゃないの?」と、奏音が聞いた。


 星華は、そんな奏音に向かって人差し指を立てると、「んも~ぅ、わかってないなぁ~!」と、ダメ出しをするように横に動かし、「文化祭だよ?文化祭といえば、恋人同士の思い出作りに無くてはならないイベントじゃん!」と言った。


「……で?」

 奏音が面倒くさそうに頬杖をつくと、「亜梨明ちゃんと緑依風には~、それぞれ好きな人と回ってもらおうと思って〜!」と星華は楽しそうにくるりとその場で回転し、緑依風と亜梨明に視線を向ける。


「亜梨明ちゃんは日下とクラスも違うし、こういう時じゃないと、学校で日下と思い出作りできないでしょ?」

「う、うん……」

「緑依風も、坂下と距離を縮めるチャンスだよ!」

「でも、それなら星華と奏音はどうするの?」

「私達は二人で!いいでしょ奏音?」

 星華が奏音に抱き付きながら聞くと、奏音は「そうなると思った……」と言って、鬱陶しそうな顔で星華を引き剥がした。


「……まぁ、星華と一緒なら退屈しないし……。見張りの時間も合わせたら一人になることは無いし、いいんじゃない?亜梨明と緑依風は日下と坂下と楽しみなよ!」

 奏音も快く賛成すると、星華は「そうこなくっちゃ!」とわざとらしくウィンクを決め、「ホラホラ、二人とも早く誘いに行って!」と、緑依風と亜梨明に行動を促す。


「まずは緑依風から!はいっ!」

「えっ、ちょっ……!わかったから!」

 星華に椅子から立たされた緑依風は、彼女に背中を押されるがまま、直希とお喋りを楽しむ風麻の元へと向かう。


「ん、どうした?」

 風麻が気配に気付き、声を掛けると、緑依風の心臓が緊張に大きく揺れ動き始めた。


「あ……あのさ、文化祭の自由時間……一緒に回らない?」

「おう、いいぞ!……直希、緑依風も一緒にいいか?」

「あ……」

 どうやら風麻はすでに直希と約束をしてしまったらしく、彼に向き直りながら相談する。


 ……遅かった。


 そう思ったのは一瞬で、この時の緑依風は、すぐに引き下がることができず、高鳴る鼓動の調子の勢いに合わせて、もう一度勇気を振り絞る。


「……二人で!」

「…………!」

 少し大きくなってしまった声に、気恥ずかしくなる緑依風。


 風麻も、ちょっぴり驚いたように目を丸くする。


 そんな緑依風と風麻を交互に見た直希は、ニヒッと笑うと、「……じゃあ、俺は立花誘ってみるから!」と言って、風麻との行動を辞退した。


「えっ、でも……」

 自分から直希を誘っていた風麻は、申し訳ない気持ちで眉を下げるが、彼は「いいから、一緒にいてやれ!」と、むしろ嬉しそうにニカニカとした笑顔で、風麻の背中を景気づけるように叩いた。


「でも俺……爽太のことも誘って……」

 ――と、風麻が言いかけたところで、「風麻、ちょっといい?」と、一組の教室からやって来た爽太が話しかけて来た。


「ごめん、文化祭の自由時間なんだけど……やっぱり、亜梨明と一緒に回りたいんだ。いいかな……?」

「おっ、ちょうどいいじゃん!爽太も亜梨明に誘われたのか?」

 直希がナイスタイミングといった様子で尋ねると、「うん、ついさっき」と彼は頷き、紅潮した頬を緩ませていた。


「実は最初、亜梨明は友達と回るのかなって思ってて、僕もそうしようかと思ってたんだけど……でも、亜梨明が僕と一緒がいいって言ってくれたから、それなら……って」

 爽太が、照れながらも嬉しさを隠し切れない表情で報告すると、大親友のそんな様子を見た直希は、ますますにんまりとした顔になって、「いいじゃん、いいじゃん!」と言った。


「……ってことで、風麻。俺も爽太も彼女と楽しむことになったんで!」

「なったんで!」

 直希と爽太がそう言って、風麻の目をじっと見つめる。


「……んじゃ、俺らも二人で回るか!」

「うん!」

 風麻に誘い返してもらった緑依風が笑顔で頷くと、爽太と直希は目を合わせながらこっそりガッツポーズをし、それを横目で見た風麻は、少しむず痒い気持ちで口元を歪ませるのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る