第251話 伝えなきゃ(前編)


 翌朝。

 この日も、緑依風の靴箱には隠し撮られたと思われる写真が入れられていた。


 緑依風の身を案じた風麻は、自分がそばに居られない時の対策として、亜梨明と奏音にも、なるべく緑依風が一人にならないようにして欲しいと協力を依頼した。


「任せて!緑依風ちゃんのことは、私達がしっかり守ってあげる!」

 昨日、奏音から話を聞いていた亜梨明は、今まで緑依風に助けてもらった恩返しができると思い、張り切って親友のボディーガードを引き受ける。


 緑依風は、一体誰がどこから自分の写真を撮影しているのか、常に気にしながら背後や辺りを見回すが、周辺にカメラやスマホなどを手に持ってうろついているものは、見当たらなかった。


 *


 授業が終わり、文化祭の準備を三十分程進めると、緑依風は風麻と共に体育館へ向かい、バレー部や他の運動部の邪魔にならぬよう、二階席に置いてる椅子に座って、彼を待つことにした。


 最初は、入部希望者でもないのに、ここにいるのはなんだか変な感じがして、やっぱり別の場所で待っていようかと思ったのだが、梅原先生から嫌がらせについて聞いていた、二年二組担任で、男子バレー部顧問の竹田先生は、「別に構わないし、せっかくだから練習風景を見学してみないか?今からでもマネージャーになりたくなれば、いつでも大歓迎だ!」と、冗談を交えて言ってくれた。


「(そういえば、夏に風麻の試合は見たけど、練習してるとこは知らないな……)」

 緑依風が暇つぶしに読んでいた本を閉じ、階下を覗き込んでみると、ちょうどランニングを終えたばかりらしく、風麻は汗を腕の袖で拭いながら、部員達に円陣を組んでストレッチをするよう、指示を出していた。


「そっか、キャプテンだもんね……ふふっ、なかなかさまになってるじゃない!」

 小学生時代はスポーツクラブに入っていたわけでもなく、こういったチームの代表のようなものは中学に入って初めてのはずの風麻。


 それでも、三兄弟の長男だからか、はたまた元々そういうことに向いてるのか、後輩だけじゃなく同学年のチームメイトもしっかりまとめ上げている。


 その後もサーブ練習、レシーブ練習などを眺め続けた緑依風だが、普段は滅多に見れない風麻の姿や仕草はどれもかっこよくて、もはや本など読んでいられないくらいに釘付けになってしまっていた。


 風麻にときめく度に、トクトクと、高鳴る心臓の音。


 もちろん、友人の爽太や他のバレー部員達だって、いつもと違う姿は新鮮で素敵に見えるが、風麻はその中でも別格だ。


「(あぁ~っ、やっぱり風麻が一番かっこいい……!)」

 こちらを見上げた風麻に気付かれぬよう、熱くなった顔を本で隠しながら心の中で呟く緑依風。


「(こんなこと星華に言ったら、きっとまた笑われるんだろうけど……)」

 女友達の殆どは、緑依風が思う風麻の良さをあまり理解してくれない。


 その方がライバルができずに助かる部分もあるが、気持ちを共有できる仲間がいないことを残念に思う時もある。


「恋は盲目だよね!」と、言われたこともあるし、実際そうなのかもしれない。


 だが、風麻をあの中で一番魅力的に感じる気持ちも、彼に対する感情も、全て嘘偽りは無く、本物だ。


 イヤリングをもらった五歳の誕生日から、十四歳になった今もずっと、ずっと。


 風麻が気持ちに気付かずにいた時も、彼が別の人を好きになったと知った時も、緑依風が風麻を『好き』と思うこの気持ちは、長い月日を経ても減ることは無く、今も増え続けている。


「……あれ?」

 ふと、緑依風はここであることを思い出し、もう一度今までの自分の行いを振り返る。


「(そういえば私……風麻に「好きだよ」って告白してない……??)」

 去年の秋、亜梨明にならって自分もバレンタインに勇気を出そうと決意したのに、その前日に風麻の想いを知り、告白できぬまま失恋した。


 その後は、爽太が風麻に話したせいで、彼に気持ちがバレてしまい、フラれそうになるのを止めこそはしたが、きちんとした伝え方はできていない。


「(……一番大事なこと、忘れてた)」

 欲しい言葉をもらう前の、最も大切な行動を起こしていない。


 それなのに、風麻の答えを待っていたなんて――と、緑依風は顔を押さえて項垂れる。


「(伝えなきゃ。あの日言えずに終わった言葉……今度こそ!)」

 今、自分の身に起こっていることを考えれば、少々不謹慎かもしれない。


 でも、こうしてまた機会を逃せば、自分はいつまで経っても言わずに待ち続けるだけになってしまう。


 コートでボールを追いかける風麻を見つめながら、緑依風は固く決心した。


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