第248話 久しぶりの学校(後編)
奏音に追いつき、再び妹と並んで歩く亜梨明。
住宅街の中をこだまするセミの声を聴きながら空を見上げると、太陽はまだまだ夏と変わらぬくらい強く眩しく、亜梨明の白い肌をジワジワと焼いていくようだ。
「……大丈夫?辛かったらゆっくり歩くよ?」
奏音が心配して声を掛けると、「ううん、平気」と亜梨明は返事をした。
「靴も新しくしたばっかだし……かかと痛くない?」
休学中、以前より背が伸びて足のサイズも大きくなった亜梨明は、先日新しい通学用のローファーを買ってもらったばかりで、まだ硬い靴は彼女のつま先やかかと部分に負担を掛ける。
「うーん……ちょっぴり痛いけど、でも大丈夫だよ。絆創膏持ってるし、それすらワクワクしちゃうくらい浮かれてるから!」
太陽の光や温度、車の行き交う音、鳥や虫の鳴き声。
当たり前のはずの感覚が、今の亜梨明には全てが愛おしく感じてしまう。
そう思いながら坂道を下っていると、下り切った先の交差点の前に立つ少年の姿に、亜梨明は大きく息を呑む。
「あれ……?日下……?」
奏音の声に気付いた爽太が、「おはよう」と挨拶をした。
「おはよう爽ちゃん!」
亜梨明が駆け寄りながら挨拶を返すと、その後ろで奏音も「おはよ、日下」と挨拶をする。
「亜梨明、復学おめでとう」
「うん、ありがとう……」
「……日下、今日いつもより早くない?日下って、私達よりもう少し遅めに学校来てるよね?」
「えっ……!」
奏音にそう言われた途端、爽太はギクッと肩を揺らし、二人からそーっと視線を逸らすと、「あ、その……」と首横に手を当てて理由を語る。
「いつもより……早く目が覚めちゃって……」
爽太が誤魔化すように笑いながら言うと、「もしかして、亜梨明が今日から学校行くから、早起きして待ってた?」と奏音が聞いた。
「あ、えっと……っ!」
本心を突かれた爽太は、一瞬あわあわと狼狽えたものの、すぐに観念して認めると、「うん……」と恥ずかしそうな様子で頷いた。
「え、そうだったの……?それなら連絡くれたら待ち合わせしたのに……」
「だって、二人の時間変更させたりするの悪いと思ったから……」
「……日下、それだけじゃないでしょ?」
「え?」
亜梨明が首を傾げると、奏音はにんまりとしながら人差し指を立て、「最初っから、一緒に学校行こうって誘ったら、私が二人に気遣って、一人で登校するって思ったんじゃない?」と言った。
「ははっ、そこまでバレちゃってたか……」
奏音の推理は当たったようで、爽太は参った顔で肩をすくめる。
「も〜……そんなの気にしないで!なんなら、明日からは二人で学校行きなよ!彼氏と彼女になったんだし、仲良く手でも繋いでさ~!」
奏音が手をヒラヒラとさせて、明るく言うと「ダメだよ!」と、亜梨明がやや強めの声で反論した。
「そりゃ……クラス違うから爽ちゃんと学校行けるの楽しみだけど……。でも私、奏音にもそばにいて欲しいよ……」
亜梨明がしょんぼりと肩を落とし、寂しそうにすると、奏音は爽太と目を合わせ、クスッと笑う。
「じゃあ、これから朝は三人で一緒に行こうよ!いいよね日下?」
「もちろん!」
奏音の提案に爽太が頷くと、亜梨明はパアッと表情を輝かせ、「やった~!」と叫びながら二人に飛びついて、抱き締めた。
*
学校に到着し、亜梨明が奏音と共に三組の靴箱前へ赴くと、上履きに履き替えている最中の緑依風と風麻に遭遇した。
「あ、亜梨明ちゃん!」
二人に気付いた緑依風が、夏休みのお見舞いぶりに会った友の姿を見て声を掛けると、風麻も「おぉっ!」と嬉しそうに言いながら、近寄って来る。
「緑依風ちゃん、坂下くんおはよう!」
亜梨明が二人に挨拶をすると、緑依風と風麻は亜梨明の復学を祝う言葉を述べた。
「坂下くん、本当に久しぶりだね!転院の日以来だもん!」
「ごめんな、お見舞い……休み中に行かなくて……」
結局、風麻は夏休み最終日まで宿題に追われて、亜梨明のお見舞いに行けなかったのだが、亜梨明は「気にしないで」と明るく言った。
「それにしても相楽姉、転院前に比べてめっちゃ顔色良くなったな!なんかこう……エネルギーがバンバン伝わる感じがする!」
「うん!だって私、今どこも悪くないんだもん!すっごく元気!!」
亜梨明が堂々と胸を張りながら自慢げに言うと、「元気になったからって、調子に乗り過ぎないでよ」と、横から奏音が突っ込んだ。
「まだまだ体力は人並み以下。今まで通り風邪引き、感染症には注意。特に術後一年間は、気を付けなきゃいけないことがたくさんあるんだから」
奏音が釘を刺すように渋い顔つきで指摘すると、亜梨明はむぅっとして、「あ~あ、これじゃあ今までと変わんないや……」とつまらなさそうにした。
一組の靴箱からやって来た爽太も揃うと、二年生の教室がある校舎へと歩く五人。
階段を上ったところで、「じゃあ、僕はこっちだから……」と、爽太は三組所属の四人に軽く手を振り、一組の教室へと向かおうとする――が、途端にさっきまでニコニコしていた亜梨明がしゅんとしてしまい、短くため息をつく。
「どうしたの?」
爽太が聞くと、亜梨明は「だって……」と教室と爽太を交互に見た後、「爽ちゃんともうお別れなんだな~って思っちゃって」と落ち込む理由を説明した。
「そっか。相楽姉、今週は昼までの授業で帰っちゃうんだよな?」
「うん……休み時間に会いに行けばいいけど、緑依風ちゃん達ともお喋りしたいし、それに……休み時間の度に彼氏のとこに行くのって、一組の人からちょっとウザがられちゃうんじゃないかな~って……」
亜梨明の話を聞いて、緑依風と奏音が「あ~……」と爽太と星華以外の一組の生徒の立場になって思うと、「じゃあ、僕が会いに行けばいいでしょ?」と爽太がなんてことないような口調で言った。
「え……?」
亜梨明が顔を上げると、爽太は「空上さんも誘って、休み時間になったら僕の方から三組に行く」と、付け加えた。
「文化祭準備期間中は放課後も亜梨明の家に行くの難しそうだし、どうしようかなって、僕もずっと考えてたから。これならみんなでいられるでしょ?移動教室がある時は無理だし、会える時間は短いけど……僕だって、なるべく亜梨明と一緒にいたいから……」
最後の方は、ちょっぴり照れくさそうに白い肌を赤らめる爽太の姿に、緑依風と奏音と風麻は「わぁ」と。
亜梨明は、爽太以上に真っ赤になりながら感動した様子で両頬を包み込み、「うん!」と力強く頷いた。
「うれしい、嬉しいっ!私もう……っ、朝から嬉しいこといっぱいだよ~っ!!」
亜梨明が爽太の両手を取り、ぴょんぴょん飛び跳ねると、爽太は「ははっ」と軽く笑いながら彼女の動きに合わせて手を上下させた。
そんな二人のやり取りを、緑依風が風麻達と共に微笑ましい気持ちで眺めている時だった。
カシャッ――。
「……ん?」
人の声に混ざって聞こえた無機質な音。
「どうしたの?」
奏音が聞いた。
「今、なんか変な音がした気がして……」
そう話す緑依風の背後には、学校に登校して来た生徒達の声や足音などが溢れている。
「まぁ、こんだけうるさかったらね……」
奏音に言われると、緑依風は「そうだね」と再び正面を向いた。
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