第244話 ランチタイム、君を想う(後編)
それから数分後。
緑依風が教室に戻ると、奏音はすでに昼食を終えており、人助けをした緑依風に「おかえり!お疲れ!」とカラッとした声で労ってくれた。
「緑依風、あれ見てみ?」
「あれ……?」
奏音がちょいちょいと、風麻の方へ指差すと、彼はぶすっとした顔になって、パンを食べている。
「あ、風麻。奏音に伝言とカフェオレ運んでくれてありがとね!」
緑依風がお礼を言うと、風麻は「お~……」と気だるげな返事をして、またパンを嚙みちぎりながら食べる。
「なんか怒ってる?」
「別に怒ってねぇよ……」
「怒ってるでしょ……。ごめん……自分の荷物くらい自分で持ってればよかったね」
使いっ走りにされて不機嫌なのかと思った緑依風は、しょんぼりとして謝る。
「いや、だから怒ってるんじゃなくてだなぁ~……」
「?」
怒っていないのに表情も声も曇り続ける風麻がわからず、緑依風が疑問に思うと、風麻の斜め後ろから「松山、松山」と、奏音と並び立つ直希が、口の動きだけで緑依風を呼び出し、手招きしていた。
「なぁに、三橋?」
風麻の死角となる、教室の角際の方へ移動した直希の元へ緑依風が赴くと、直希は困り笑いをしながら、「あのさ、あんまり風麻にヤキモチ妬かさないでくれよ」と、小声で言った。
「え?」
「あいつ、松山が他の男子といたことが面白くねぇんだ」
「えっ?でも……」
「わかってるよ、今回のはしょうがない。怪我人の場合はな……」
直希はそう言いながら片手を腰に当て、後ろ姿の風麻を見る。
「常日頃っていうか……もちろん松山は、男とか女とか関係無く助けてるつもりだと思うけど、風麻はそれが極端に見えちゃうんだろうなぁ……。松山が他のヤツに心変わりしないかとか、色々不安になるんだよ」
「不安に……」
「そのくらい、今の風麻は……松山のことを特別に感じてるんだろ。“幼馴染で親友”とか“きょうだい”じゃなく、もっと大事な方でさ!」
「…………!」
直希の表現に緑依風が顔を赤らめ、照れるように俯くと、奏音が右横から寄り添うように肩をくっつけ、うんうんと頷いた。
「松山の世話好きな性格とか、自分の損得を考えずに誰にでも優しくできるとこは、すごくいいことだと思う。でも、風麻の気持ちも少し考えてやって欲しいんだ。……例えば、風麻が他の女子にすげー親切にしてたら、松山だって悶々としちゃうだろ!」
「あ……」
身に覚えのある例え話をされた緑依風は、その当時の自分の心境を思い出し、「確かに……」と、反省する。
「――ま、そういうわけだからさ!他の男子との距離感とか、松山以外でもなんとかなる頼まれごととかは、ちょっと一旦冷静に考えてくれ」
「わかった」
緑依風が承諾すると、直希は「さて、そろそろ風麻も気になってチラチラ振り返り始めたし、解散すっか!」と言って、慌てて正面を向く風麻に視線を移した。
「奏音もありがとな!」
「うん」
「?」
直希が何に対して奏音にお礼を言ったのか、緑依風が不思議に思うと、「緑依風と二人っきりで話すと、坂下がまた妬くからついててくれって頼まれたの」と、奏音は説明し、緑依風は二人に気を遣わせていることに苦笑いしながら、「ホントにごめんね……」と謝った。
「(“大事に”か……)」
緑依風は自分の席に戻ると、サンドウィッチを食べながら直希の言葉を思い出し、風麻の気持ちを考える。
先月の誕生日プレゼントを渡してくれた日も、彼は緑依風のことを“一番大事”だと言ってくれた。
『好き』に満たなくとも『大事』だと。
風麻本人の口からそれを聞いた時も嬉しかったが、たった今直希からもそう言ってもらえたことが、周りからも、風麻が自分を大切にしているように見えるのだと感じられて、ますます嬉しくなった。
これまでは、風麻とのやりとりや関係を、『口うるさい姉と弟』という風に表現されることが多く、緑依風がいくら風麻を想ったって、それはいつも一方通行。
緑依風が欲しい感情をもらえることは無かった。
それが、今は違う。
全部じゃないけど、緑依風が求めていた風麻の想いが伝わって来る。
今までだって、彼は彼なりに、自分を親友として大事にしてくれていると思っていたが、その『大事』の種類も、前よりもっと優しい色で、心地よい温度に変わった。
「(風麻が私を、こんなに想ってくれるようになってくれたんだもん……。風麻の返事を待つだけじゃなくて、私もあの子が不安にならないようにしなきゃ……)」
もしかしたら、そうすれば彼の中の答えは決まるだろうか?
そしてそれが、一番欲しい言葉となって、伝えてくれるだろうか?
緑依風が風麻のいる方を振り向いてみると、彼もこちら側を気にしていたのか、バチっと目が合う。
一瞬、気恥ずかしくて逸らそうかと思った緑依風だが、思い切って笑いかけてみる。
風麻は照れくさい気持ちに負けてしまったようで、ビクッと肩を震わせてそっぽを向いたが、もう一回ゆっくり緑依風のいる方向に首を回すと、やや視線を斜め下にしつつも、手のひらをこちら側に向け、小さな動きで振りながら、緑依風の笑みに返事をしてくれた。
こんな些細なやり取りですらすごく嬉しい。
そんな幸せな気持ちに包まれながら、緑依風は最後の一口となったサンドウィッチを口の中に収めた。
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