第243話 ランチタイム、君を想う(前編)
緑依風が須藤を保健室へ連れて行った後、風麻は不機嫌なまま教室に入り、弁当を残り四分の一まで食べ終えている奏音の元へと向かった。
「あれ?緑依風は?」
「……知らんヤツと保健室」
「知らんヤツと保健室?」
奏音が首を傾げて聞くと、「ボールぶつけられて鼻血出たヤツがいて、そいつを保健室に連れてった!」と言いながら緑依風のカフェオレを机に置き、自分の席へと座る。
「なんだ、また妬いてんのかよ……。モチやくの好きだなぁ~風麻は」
「妬くのはいいけど、八つ当たりはやめてよね」
直希と、風麻の態度に物申しに来た奏音が言うと、「悪かったよ……」と風麻は謝り、弁当箱の蓋を取る。
「……ところで、知らんヤツって何?男子?二年じゃない人?」
奏音が聞くと、「男子で二年だった。赤いネクタイしてたし」と、から揚げを口の中でもぐもぐさせながら風麻が言った。
「……ただ、あんまり見たことないっていうか」
「じゃあ転校生か?」
「そんなの誰からも聞いてないぞ?」
もし転校生が来たのなら、誰かしらそれを話題に持ち出すだろうし、何より風麻達の仲間にはそういった話が大好きな人物、星華がいる。
「もしかして、あんまり学校に来ないタイプの人じゃない?」
奏音が言うと、「サボり?」と風麻が言う。
「サボり……かもしれないけど、事情があって学校にあまり来れない子とか。……病気とか怪我だけじゃなくて、いるでしょ。学校が好きになれない子」
風麻と直希は、奏音が細かく説明せずともそれを察し、その生徒をあまり見かけない理由について、それ以上言うのはやめることにした。
奏音達がそれぞれ席に戻ると、風麻は食事を再開したが、胸のモヤモヤが味の邪魔をして、いつもなら美味しいものも美味しく感じられない。
「(……そりゃ、あの状態のやつをほっとけとは言わんけど、世話好きお人好し過ぎるだろ)」
俺のことが好きなら、せめて俺以外の男子に親切するのは、ちょっと控えて欲しい。
風麻はそう思いながらも、これはワガママだということも理解していた。
同じく異性に人気高い爽太にも、亜梨明と付き合うようになるまで、相手の好意に無関心なことで呆れることは多々あったが、緑依風は彼のそれとはまた少し違う。
彼女の警戒心の無さは、自分に自信が無いからだ。
小学生時代は、学年で一番背の高かった緑依風を大きい物に例えてからかい、彼女のコンプレックスを攻撃する人物はたくさんいた。
そして、その中には風麻自身も。
もちろん、緑依風も負けじと背の低い風麻を小さい物に例えて言い返してきたし、お互い様だと思っているが、繊細な彼女と風麻が負う心の傷は、数も深さも違っただろう。
「私なんて」「私なんかどうせ……」と自分を卑下し、同性の友達に容姿を褒められても、それを信じ切ることができない彼女の性格を作ったのは、きっと自分達のせいだと風麻は過去の言動を後悔する。
それだけではない。
長年ずっとそばに居ながら、緑依風の好意に気付かないどころか、彼女を異性として考える意識が薄かった部分も、緑依風の自己肯定感が低くなってしまった原因だろう。
「(……かと言って、今更褒めまくったらますます嘘っぽいよな。嘘じゃないけど……)」
緑依風に対する意識が変わってきたせいもあるだろうが、ある日ふと思うのだ。
綺麗になった。
見慣れた仕草、笑い方。
それを目にした瞬間、何故か急にドキッと、胸の奥が弾むことが増えた。
無意識のうちに、緑依風を目で追うことが増えたし、女友達数人とお喋りを楽しむ緑依風が、その中で誰よりも魅力的だと思うようになるなんて、去年までの風麻は全く予想しなかっただろう。
風麻が彼女を特別に思う気持ちのパーセンテージは、すでに八割を超えていた。
むしろ、それ以上に――。
それでも決めたくないのは、その言葉を重く感じてしまうのは――。
「あー、クソっ!しんどいなぁ……」
単純に考えることなどできない程の、大きくて複雑な気持ちに小さく文句を言った風麻は、それを米と一緒に腹の中に収めてしまうつもりでゴクンと喉を動かし、飲み込んだ。
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